「複雑ながらも己がため」
クロトを【先輩】と呼ぶイロハ。
彼は魔女の命によりエリーの監視及び同行を与えられ、クロトは「いらない」と魔女からの言葉を告げる。
エリーを賭けて二人の魔銃使いはその銃口を向け合う。
クロトが騒動を終え最初に拠点として選んだのは【神隠しの家】だった。
最初に家の中を探索しておりある程度の生活用品は揃っていることは把握済み。エリーの体力を回復させるにはそれなりの時間も必要であり、壊れた箇所も多々あるが使えると判断する。
未だに眠り続けるエリーを一階のソファーに寝かせる。窓はあの襲撃のせいで壊され風通しがよすぎ、まだ冷えるような風が入ってくる。
戻ってきたのは昼の三時。時間が過ぎれば日も暮れより冷えることだろう。
まずは窓を焦げ気味の絨緞を広げ塞ぎ当て固定し、暖炉には火もおこし……。
「……」
ここで今更だが、クロトは一つ心で自身に問いかける。
――なぜ俺は今こんなに熱心にコイツの世話をしているんだ!?
唐突な自問自答に衝撃がはしる。
薪を暖炉にへと投げつけクロトは頭を抱えながらその回答を自分に言い聞かせる。
――違う! これはアイツが死なないようにするための処置! けして情がわいたとか、そんなんじゃない! そうこれは自分のためだ!
……。
心のどこかで誤解が解けた気がする。そうとわかれば、クロトは更に薪を暖炉にへと放った。
しばらくは火が保つほど入れ終わるとクロトは一息入れて立ち上がると、暖炉の上に置かれていた写真立てがふと目に入ってしまう。
四人の家族写真。親と子供……。
そのウチの一人は見覚えがあった。
あの生命結晶から這い出てきた骸だ。
そういえば、と、クロトはこの写真をエリーが見ていたことを思い出す。
いったいどんな気持ちでこれを眺めていたというのか。
親の顔も思い出せないまま……。
「……くだらない、な」
クロトは写真立てを見えないように倒す。
「親なんて……それでも、他人だろうが」
ある程度部屋がまともになればクロトは上着をエリーにかけ、そのままにし部屋から退出した。
二階にへと上がり、天井に設置されていた天窓から屋根の上にへと上がる。
高い位置に立つとより風を強く感じ髪を煽ってくる。
「……ここなら繋がりやすいな。まさか、これをすぐに使うはめになるとはな」
前もってクロトは上着からある物を取り出しておりそれを此処で使用しようとする。
それは黒く手に収まる、四角く薄い板状のもの。一カ所の角には青白とした発光結晶が組み込まれた、以前ネアが持っていた魔道具の一種、通信機と同じ物だ。
形状も色合いも全く同じである。
クロトはそれを操作し耳にへと当てた。
しばらくの間はコールが続き……。
「……あっ。俺なんだが――」
繋がったのかクロトは落ち着きながら会話を開始しようとする。
『――いきなりなによッ!? なんかヤバいことあったとか、そんなんじゃないわよねぇ!? 悲報なんて聞きたくないんだからぁ!!!!』
と、耳を潰すような勢いで叫ばれた。
危うくそうなるところであったクロトは瞬時に機器を耳から離し回避。しばらく目を見開き呆気にとられるもすぐに不快と顔をしかめお返しと噛みつくように声を荒げる。
「お前こそいきなりなんだ! 連絡あったらよこせつったのはお前だろうがクソ女!!」
通話の先にいる相手。それはあの情報屋のネアだ。
しかし、ただ連絡を繋げただけでなにか悪いことでもあったのだと思われている。
『連絡は確かにほしいって言ったけど、悲報の連絡ならお断りなんだから! 嫌よ!? 自滅コース進んだようなこと言うつもりじゃないでしょうね!?』
「……ぅっ」
ギクリ。と、クロトは図星を突かれる。
心当たりがありクロトはそのまま間を開けてしまった。
『ちょっとぉ!! アンタ、マジでそんなことエリーちゃんにしたんじゃないでしょうね!? エリーちゃん無事なんでしょうね!!? ……もし大事だったら』
殺気だ。通信越しに不死でも余裕で殺しに行きますといわんばかりの殺気が伝わってくる。さすがのクロトもそれには冷や汗を滲ませ命の危機を悟った。死にはしないが酷い屈辱を強いられるのは確実。急いでエリーの安否を口走る。
「無事だっ! というかなんでもかんでも俺のせいにするな!!」
『あーっ! するに決まってるじゃないの! だってアンタってそういう奴だもの! だからエリーちゃんをアンタから離したかったのにぃ!!』
「……OK、とりあえず話を進ませろ」
ネアの言葉の数々をクロトは否定などはしない。ここは区切りを付けるため余計な反論はしないことにした。
向こうもエリーの安否を聞いて少しは落ち着きを取り戻し話の内容も気になるらしく一度口を止める。ネアの声が聞こえなくなって数秒待ってからクロトは内容を語ることとした。
「とりあえず一応アイツは無事だ。……ただ、お前の言っていた場所だが、妙な宗教団体の研究者たちが仕掛けたトラップだった」
『げっ、マジで? まあ、魔女の情報がそれしか入ってなかったからあった分を伝えただけだったんだけど……』
「そうとうキモい実験をしてたらしいぞ。……生命結晶ってもんだが、知ってるか?」
『うーん、知らないわね。未公開の研究なんていくらでもあると思うけど、情報としてはそういうのって入ってこないし』
「生きた人間の生気を吸い出し結晶としてマナ結晶同等のエネルギー源にするって奴だ。……それにアイツがされそうになった。おかげでアイツは今体力をかなり失っている。ずっと寝たきりだ」
『なっ、なによそれ!?』
動揺するネア。どうやら責任を感じでもしているのかそわそわと小言を漏らしている。
それに気付くなりクロトはネアの心情に針を刺す。
「お前のことだ。どうせ守れなかった俺のせいだとでも言うんだろ? 認めといてやるよ。俺も不死だが万能じゃない。だがお前にもそんな情報をよこした非があるとは思わないか?」
『う……っ』
「俺も自分の欠点を認めてやったんだ。お前もそれを認めることくらい、できるだろ?」
『……っ、なにがお望みなのかしら?』
ネアも今回の件に負い目を感じ、いつもの強気な態度が今は弱々しくあった。
渋々、クロトの要求を呑もうとする。
「俺はしばらくお前の言っていた家でアイツの回復を待つつもりだ。そこで、お前に……、その……」
そこからクロトは小言でネアに要求を伝えた。
耳元ではネアが笑いを堪えたようなものが聞こえてくる。
『っ、ふふ。……わ、わかった。そういうことなら仕方ないものね。アンタじゃ無理だわ』
「……俺はそういうのわからないからなっ。お前の方が適任……だろ?」
『オッケーオッケー。なーんかちょっと安心しちゃったぁ』
「……はぁ? なにがだよ?」
『べっつに~。それじゃあ酷く遠くにいるって訳でもないし、急いでそっちに行ってあげる。それまでエリーちゃんのことちゃんとしてあげなさいよ? じゃっ』
プツリ……。と、通信は途絶えた。
要件を言い終えればクロトはイラつきつつも、どこかホッとして胸をなで下ろす。
クロトは機器に移る画面を見下ろすと、連絡先の名にネアだけが登録されていた。
「……ホントに、女って奴は嫌いだ」
◆
――……体が、重い。力も全然入らなくて、寒い。
今もエリーは眠る中で暗闇に身を丸めていた。少しでも体を寄せ寒さをしのごうとする。
しかし、どうしてだろうか。徐々に体を温めるようなものが自分の身に被さっていた。エリーはそれをギュッと体に寄せる。
――この温もり、とっても安心する。……クロトさんの匂いもする。
それがなんなのか、エリーは思い出した。少し前にクロトが濡れて冷えた自分にへと貸してくれた物だ。
自分の姿以外なにも見えないこの場に、クロトの上着が足される。
寒さが和らいでいきエリーの意識が徐々に光に向かい目を覚まそうとした時、頬なにかがかすめた気がした。
「……んっ、クロト、さん?」
小声でエリーは名を呟きながらようやく目を覚ます。視界に映るのは物が散乱とした部屋。そこがあの【神隠しの家】であると気付く。その家のソファーの上で、エリーはクロトの上着を纏って眠っていた。
体の冷えはマシになるも体に力が入らず、ぼーっとしながら天井にへと目を寄せていく。
「私……生きてる?」
不思議とそう思いつつ、瞬きをしながら状況を考える。すると、目が天井にへと向いた時、見えたのは全く予想だにしなかったものだった。
エリーの顔でも見下ろすかのように覗き込んでいた少年の顔が視界にへと広がる。ぱっちりとした幼さのある目は髪色同様真っ黒。二人は一緒になって見開いた目をぱちぱちと瞬きさせる。
「……あ。起きた?」
そこにいたのは白黒とした色の少年――イロハだ。
ぱっとした笑顔でイロハは話しかけるも、エリーはイロハのことをあまりよく覚えていないためか上着で顔を半分ほど隠し怯えた。
「だ……、誰……?」
活力のないエリーにはここまでが限度である。もしまともに動けるのなら、今頃警戒にソファーから身を遠ざけることだろう。
困り顔でいるエリーにイロハはキョトンと首を傾けて不思議そうにした。
「え~。会ったのにぃ。……覚えてないのかな? まあ、いっか。ボクはイロハ」
軽く名前を教えるイロハ。イロハが顔を遠ざけると彼の全体図が見えてくる。
エリーは言葉を失ったものだ。なんせイロハの背には人にはないはずの翼が付いているのだから。
なめらかで柔らかそうな綺麗な黒翼。さきほど頬に触れたのはもしかしたらその翼なのやもしれない。思わず見惚れてしまいエリーはつい警戒心を解いてしまった。
怖がっていないとわかったイロハは無垢な子供の笑みをする。
「えへへ。ねぇっ、キミのことなんて呼んだらいい?」
「……ぇ、私は……」
「【厄災の姫】ちゃんだからぁ……、じゃあ『姫ちゃん』でいい!?」
名乗る間もなくイロハは呼び名を決めていく。もはや言葉すらも今のエリーでは追いつけず、困惑としてしまう。自分のことを知っているなど、聞きたいことだってあるのに……。
イロハは周囲を見てなにかを確認するとエリーにへと向き直って手を伸ばしてくる。なぜかエリーはその手を拒みたくあり、いうことを聞かない体を必死に動かそうとする。
「よしっ、誰もいないね。じゃあ姫ちゃん。先輩もいないみたいだし、一緒に行こうか」




