「白と黒の少年」
――お願い、外れて!
不快な機械音が聞こえてくる。腕の拘束具を外そうとエリーは必死に抵抗するが、硬く捕らえるそれは非力な少女の前では残酷なことにビクともしない。
ガラスケースの床からは薄紫色の液体がゆっくりと溜まり始める。焦る気持ちが思考を乱して恐怖心を煽ってくる。
じわりじわりと、身に染みるような冷たい液体がガラスケースを満たそうとする。
――誰か……っ。 ――クロトさん!!
助けを求めた。無力な自分にはこの祈りだけしかできない。
「怯えることはありませんぞ姫君。貴方様は生まれ変わるのですっ。兵器の源となってこの世を救う、希望にへとぉ!」
そんなものになりたくはない。
自分が死んでしまえば、クロトも死ぬこととなる。こんなところでは死ねない。死ぬわけにはいかない。そう強く意思を持とうとも、液体は体の半分にまで達してく。
その時、急激に体温が下がるような感覚が体を襲う。
同時に拘束具を外そうとする力までもが失われていった。
――この水、おかしいっ。力が……入らない……っ。
呼吸までも浅くなり細かな呼吸を何度も繰り返す。
苦しい。喉の奥が冷えて凍ってしまいそうだ。
「教祖様、姫の生命エネルギーがこの時点で常人の結晶体を超えていますっ」
「んなにぃっ!?」
映し出されるデータに教祖たる老人は目を疑った。
まだ結晶化にすら至っていないにもかかわらず、奪われたものが一気に通常のものと同等どころかその一線を超越していく。それはしだいに付近にあった生命結晶にまでも影響を及ぼした。
ピシピシと音をたて、結晶は刺々しく更なる成長をし歪な形にへと変貌する。
「これがぁ……、これが姫君の……っ。いや、それだけではないなっ」
変貌していく周囲の生命結晶。その中に閉じ込められていた骸が突如蠢き、外に出たいと結晶の中でうめき叩きだす。既に死したはずのそれらをなにが動かしているというのか。
「……はぁっ、やめ、てぇ……っ。みんな……苦しんでる……っ」
エリーの頭の中で苦痛の声がこだまする。大人のうめき声。子供の泣き声。入り交じったそれらが悲痛となって一気に押し寄せてくる。流れ込んでくるのは幻聴かもしれない。しかし、確かにエリーの中ではそれらを招くような感覚があった。
――一緒にいて……。
本来ならエリーはその恐ろしい体験に恐怖し叫ばずにはいられないはずだった。だが力を奪われてしまっては叫ぶという余力などロクになくかすれた声だけをこぼす。
「まさか、これが呪いの影響だというのか……!?」
「教祖様っ、このままの出力では抑えがつきませんっ。最悪、結晶体の中身が魔物化する恐れも……」
呪いの伝染かどうなのか。元人間だった骸は既に元の原形を崩し変貌し始めている。一部の結晶体には亀裂までも見られすぐにでも飛び出してくる様。怒鳴りながら老人は強く発言する。
「ええい、わかっとる! 安定するように出力を下げるのだっ。……しかし、予想を遥かに超えた素晴らしさ。コレなら……っ」
低くなる機械音と共にうめき声も和らいでいく。
しかし、依然としてエリーの体力は奪われ続け水底には小さな結晶が芽を出し始めている。
「……クロトさん」
そう切なくひたすら助けを求めてクロトの名を呟く。
――その直後、異変が起きた。
ドォオンッ!!!
意識を集中させてしまうような粉砕音。施設の天井が唐突に大穴をあけ崩壊。
形状は塔である施設。最上階にあったはずのこの大室は天井から瓦礫を落としていく。
「何事だっ!?」
上空から何かが衝突した事態。それに誰しもが声をあげ騒々しく慌てふためく。天すら見える見事な大穴。徐々に視線は下にへと下り床へ。落ちらモノは床ではなく、更に同等の穴が床に開けられていた。
粉塵撒き散らすその場を囲み覗き込む宗教団体。どうも穴を開けたモノは下の階にまで落ちたらしい。
「……クロト、さん?」
力の入らないエリーはその穴を見下ろす。もしかしたらクロトが来たのでは淡くも希望を抱いてしまう。だが、それはエリーの勘違いであった。
ざわつく中、穴から腕が伸び、それは這い上がってくる。
そこにいたのはクロトではなかった。
ひょっこりと瓦礫を頭に乗せたまま出てきたのは黒髪をした少年だった。
「うわ~、やっちゃったよ。勢い付け過ぎちゃったかな?」
クセのある真っ黒な髪と瞳。白と黒と基調とした衣類に身を包む少年は左右をキョロキョロとし、直後穴から全身をよじ登らせ出てくる。
塵の付いた服をパンパンと払い、頭をぷるぷると振って瓦礫を落とす。
この場の誰もが唖然としたものだ。教祖など顎が外れてしまいそうなほど口を開いて戻らない。
天井と床をぶち抜いたはずの少年は不思議と怪我が一つもない。それどころか、痛みすらも感じていないようだ。
「ふぅ……。綺麗になった」
「な、なんだ、この子供は……っ!?」
「ん?」
少年は丸い瞳を瞬きさせキョトンと首を傾ける。
再度周囲を確認。その仕草はなにかを捜しているようにも……。
「……あれ? 此処じゃないのかな?」
「なんなんだと、言っているっ!」
「え? ボク?」
老人に指を差された少年はマネをするように自身を指さす。じっと狼狽しきった老人を眺め……。少年は後に顔をそらした。
「……違うね。知らない人と喋るのよくないって教えられてるし。うん、しーらない」
ぷいっとして話を断ち切る。
更に奮闘する老人の言葉など聞く耳持たず、少年は部屋の全体を確認する。
自身と同じ地位に立つ者たちは全て違うと判断し、今度は上にへと視線をずらした。歪な生命結晶に囲まれたガラスケースにへと視線が寄り、ずっと下を見下ろしていたエリーと目が合った。
目を凝らし、よくよく見てくる少年にエリーも頭の中では困惑。しかし、体には力が入らず視界をそらすことも早々できない。
しばらくその間が続き、少年はパッと凝らしていた目を見開く。
「……あ! ひょっとしてキミがそうかな? ――【厄災の姫】ちゃん!」
捜し物に指を差す。
少年が捜していたのはどうやらエリー。――【厄災の姫】だ。
「あ~あ。あんな狭いところに可愛そー。そういうのってよくないよね。待っててね~。今出してあげるから」
そう少年は笑顔で懐からあるモノを取り出した。
右手で構え向けられたのは一丁の銃。黒と金で彩られた変わった銃だ。
「ちょーっと我慢しててねぇ。……ちゃんと当たるかなぁ?」
少年は忠告しどこか自信のない発言を。エリーの意思など関係なく銃の引き金にへと指をかけ――
――……ッ
それは唐突だった。
血肉を穿ち少年の体を無数の杭が射貫く。周囲にいた信者たちがクロトを射貫いたものと同じジャベリンガンを少年にへと一斉投射したのだ。胴体だけでなく、頭部にある片目や喉をも抉った猛攻。
少年からは止めどなく鮮血が溢れ吹き出す。
「こ、この……っ、部外者め! 神聖な我らの領域に踏み入っただけでなく、計画の邪魔までもしようとはっ」
上げていた銃を持つ右腕ががくんと垂れ、力なく少年の肉体が床にへと倒れ――
◆
ガコン……ッ。
施設内に設置されていたエレベーターが音をたて扉を開く。中からは壁を蹴り苛立つクロトが怒声を撒き散らしていた。
「くそっ! 一番上まで行かねーのかよッ!!」
「ひゃあっ! す、すす、すみません!! 此処から先は上層の方でないと進めなくて、私はこの前入ったばかりの新参者で……!!」
「あー、うるさい! それ以上騒ぐと撃つぞ!」
「だから撃たないでくださいぃ! そこの突き当たりに階段があるので、そこから最上階にいけますからぁ!!」
「だからうるさい!!」
牢獄のあった地下からエレベーターを使うもクロトが着いたのは施設の3分の2ほどでしかない。
完全に生かす人材を間違えた。かといってあの語り続けた者を生かす気など毛頭ない。言われたとおり渋々クロトは突き当たりにある階段にへと駆けていく。
解放された青年はエレベーターの中で安堵にへたり込んだ。
「ふあ~、……怖かったぁ」
――クソガキ、死ぬんじゃねーぞ!!
ついでに、これは自分のためだと言い聞かせる。
エレベーターにより体力はそれなりに温存できている。最上階まで行き、そこに邪魔がいれば片付けれるほどの余力はなんとか今のクロトにはあった。
広い螺旋階段。グルグルとしているせいで妙に気分が悪くなる。血反吐なら此処に来る前に幾らでも吐いた。今は吐き気など気にしている暇もなくただひたすら階段を上っていく。
あと少しで最上階。そんな時、クロトの足場が急に揺れた。
――地震? いや、この施設が揺れている?
階段にあった小さな小窓から外を見るも外に異変はなく、この施設でなにかしら起きている。更に階段を上ろうとすれば、今度は魔銃が何かに反応を示す。
魔銃を持つ手が自然と最上階にへと向いた。
「……っ!? まさか、アイツが……っ」
クロトの脚が速度を増して上を目指す。追いかけるようにクロトからは焦りが滲んだ。
「この反応、間違いないっ。アイツがいる!」
――あの魔女が!!
◆
その光景は全てを疑うようなものだった。信者も教祖も顔をひきつらせ一歩後退る。
血に濡れた杭が甲高い音をたてて床にへと転がり落ち、不似合いな発言が飛びでた。
「あー。ビックリしたぁ……」
そんな軽く驚いた言葉が疑心渦巻く室内で発せられる。
無数の杭が刺さった状態で、少年はその場で倒れきらずに踏みとどまって悠然と立っている。転がっている杭は喉を貫いていたもの。少年はそれを容易く引き抜きドバドバと血を溢れさせた。しかし、それもしばらくすると止まり淡い風が少年に纏わり付く。
更に少年は眼球を抉った杭にへと手を伸ばし、掴み取って一気に引き抜く。
ぐちゅり、と生々しい音。ぐっぽりとあいた片目を風が集まり掻き消え、再び開かれた少年の片目は完治し傷を消した。
何事もなかったかのように、表情はけろっとして。
「うえ……。口の中、やな味がするぅ……。ぺっ。あっぶないな~、こんなの」
次々と少年は自身を貫いている杭を抜き放り投げていく。
腕に脚。抜く度に肉の抉れる音は必ずする。涼しげな表情に、少年からは苦痛というものが存在しないと感じさせられた。
どの傷口も風が撫でればあっという間に塞がって瞬時に治る。全てが抜き終わった頃には少年を染めた鮮血は風に拭われ綺麗に。衣服までもが穴を閉じ元の姿へ。
誰もがこの時思ったことだろう。
「はぁ~、さっぱりしたぁ」
――これではまるで【不死身】ではないか。と。
しかし、不死なる人間が早々存在などするはずがないと現状を疑い為す術を失っていく。
「え~っとー。こういう時って、どうするんだっけ? 教えて貰ってない人に攻撃されたから~……」
なにかを考え込み、直後少年はパッと明るい笑顔で。予想外にとんでもないことを言い放つ。
「――殺していいんだよねっ」




