「所有者と道具の関係」
「……予想よりも激しく降ったな」
「ですねぇ。とりあえず間に合って良かったではありませんか。びしょ濡れにならなくて済みましたし♪」
雨上がりの早朝。山頂に身を置いていた眼鏡とマフラーの二人の黒服男性たちは揃ってまだ薄雲を残す淡い色の空を見上げる。
まだ名残があるのか、眼鏡にへと一滴落ちてきた。
「雷も鳴っていたが、なにもなかっただろうな? こんな場所だから打たれでもしては――」
「嫌ですねぇヘイオスくん。ひょっとしてこの私のご心配ですかぁ? いらぬことですよ~、そんなお気遣い。私、雷如きでどうこうなるような軟弱な輩ではございませんので。キミと違って♪」
眼鏡の――ヘイオスと呼ばれた男は眼鏡の水滴を拭き取りつつ目を伏せる。
心配したわけではない。ただ確認をいれておこうと思っただけなのだが小馬鹿にされしまいには癇に障るような煽りまでも言われてしまう。へらへらとした顔で言われれば聞き逃そうとしても苛立ちが込み上げてくる。
なんとか湧く思いを落ち着かせ男のそばに突き刺してあった傘代わりの大きな葉と枝を片付けていく。
「ヘイオスくんもわざわざ私のためなんかにご苦労ですねぇ。ご自分のだけでよろしかったのに」
「私はお前と違って知人を雨の中放置するような人間ではないのでな」
「難儀なことですねぇ……。私のことはこういう時は空気と思ってくださって構いませんのに」
「……お前のような主張激しい空気があってたまるか」
「あはは。…………? おや?」
軽く笑った後、男は岩の上に立ち山の麓を眺め出す。
方角は少々南よりだ。
「……どうした? また山賊か?」
ここからなにが見えるわけでもなく、ただ山の木々が地面などを覆い隠している景色。だがなにかに気付いたのだとわかればそれがなんなのかをヘイオスは問いかける。
方角をひたすら眺め続け、男はそのまま口を開いた。
「いいえ。……1、2、……まだいますねぇ。野蛮な方々とは違いますね。…………ですが、確かあの方角は――」
独り言としてブツブツ呟く。
話の内容はよく理解できず顔をしかめてヘイオスは首を傾けた。
後に同じ方向を眺め男から視線を外した時、男は静かに口元を歪め笑みを浮かべる。
◆
「――俺はお前の肉親を殺してるんだぞ?」
コレは一つの事実だった。
エリーにとっては言葉のみであるが、彼が言うのなら本当のことなのだろう。
少しの間を開けて、エリーはまた苦笑する。
「正直、記憶がないので……。本当の両親って言われてもピンとこないんですよね」
本来なら悲しくなるはずなのに、エリーにはそんな気になれずにある。姿も、どんな人だったのかも思い出せないのだから。エリーが当初と異なってしまっているのは、やはり記憶の消失が一番の原因だった。
クロトが例えエリーの親を殺したとしても、彼女の今の意思は変わりはしない。
「それに、今の私にはクロトさんしか、いませんので……」
身を抱く腕に、エリーは手を添え頬を寄せる。
「どんな理由や扱いでも、私にはクロトさんしかいませんので」
――自分しか、いない?
ふと。クロトの脳の片隅でネアの姿がよぎり、思わず首を傾けた。
「……あの女も誘ってたと思うが?」
思い出したかのようにネアのことを口に出す。
自分でなくてもネアなら手厚く歓迎し安泰だろうに、わざわざ自分を選んだ理由がわからない。
「ネアさんは、クロトさんとはちょっと違うというか……。だって、クロトさんは私が必要なんですよね?」
「……そうだが」
「ですから、私はネアさんを断ってしまいました。本当は怖いのとか嫌ですよ? ……でも、クロトさんが守ってくれるから、私は安心できるんです。あの場所で会ってから今の私にとってずっと守ってくれているのはクロトさんですから。……それが例え私のためでなくても、嬉しいんです」
ただ自分のためだけに行動していたはずなのに、自分のそばがエリーにとっての安息の地にへとなっている。
そう思われるなど、最初は思ってすらいなかった。
道具でしかない、この一人の人間に。
「利用していいんです。私が生きていられるのは、クロトさんのおかげですから」
そう言って、またエリーはクロトに向け微笑んだ。
「こんな私を……、世界でいらないような私を助けてくれる。そんな人の願いを私は叶えてあげたい。クロトさんの役に立ちたい。……だから、私はクロトさんと一緒にいますよ。それくらいしかできませんけど」
真っ直ぐと澄んだ星の瞳。曇りのない、偽ろうとしない目がそこにはあった。
これが、エリーが自分にへと付いてくる理由。自分のために、彼女は今も此処にいる。
その【好意】は、素直に受け入れられず、一瞬クロトは目をそらした。
「……好意は、偽善だ」
「そう思っていただいて構いません。それでも私は貴方といますから」
傷のせいで血が足りてないクロトの冷たい肌。彼の頬にへとエリーはそっと手を当て撫でる。
「それで貴方がいいなら、私はそれでいいんです。その後は捨てていただいて構いませんので」
その手は自分なんかよりも小さい。そして、暖かい。
道具でしかないはずなのに、この人間をこのまま信じていいのか。この時、まだクロトは信頼を彼女に寄せることはできなかった。
それを受け入れれば自分の中の均衡が崩れていく気がした。
――一人で生きていくと決めた、あの時の決断を裏切ることとなる。
それでも、これだけはエリーにへと話すこととした。
なぜエリーが絶対に殺さず必要なのか。その詳細を。
「……俺は捜してる魔女に呪いをかけられた。……【不死殺し】の呪いを」
「……」
「実際に死ぬわけじゃない。……殺すというよりは永久の眠りにつく呪い。死ぬことも許されず、来世もない。発動条件は聞かされてないが、お前の生存が関係しているなら十中八九その呪いが発動するのはお前が死ぬ時。お前の心臓とおそらく繋がっているはずだ。……あの魔女ならそれくらいやりかねない」
「……それで、私が死ぬと困るんですね」
「俺の願いはただ一つ。――この呪いを解く」
――そして、あの魔女を殺すこと。
呪いが解除された後はエリーは自分にとって無関係な存在だ。
それ以降のことは口に出さず、必要な情報だけを与えておく。
「話してくれてありがとうございます。クロトさん」
微笑むエリーをクロトは見下ろした。
まだ慣れることのできないその表情。
優しさに溢れ、気にかけ、自身よりも他者を大事にしようとする温もりが、今でも嫌いだった。
――やっぱり……好意は、嫌いだ。
話が一段落付いた頃だった。クロトはふと外にへと視線を寄せ警戒に身が強ばる。抱く腕は強くなりエリーも不安とクロトにへと身を寄せた。
微かだが、外から雨に濡れた草木を揺らす音が聞こえてくる。それは徐々に、確実にこちらにへと迫ってきていた。
人が歩く音。一人、二人……。否、もっと多い。
この家の住人が戻って来たか、……それとも――
『その家、【神隠し】が起きるんですって』
そんなネアの言葉が脳裏をよぎる。
夜のことで当初の目的を忘れかけていた。今この家に訪れているのは魔女が出るという【神隠しの家】を調査しに来たからだと思い出す。
まだ腕は治っていない。事が起きる前に魔銃を取り出そうとしたその時――
――ガシャンッ!!
と、なにかが投げ込まれ窓ガラスを割り入ってくる。
床に転がった物はなにかしらの魔道具だろうか。それは突然煙を噴出し部屋の中に広がる。
――ガス……ッ!?
瞬時に感じた危機感。なんのガスかは不明だがクロトはエリーを連れ部屋を出ようと抱え立ち上がる。
警戒のため窓の外にへと視界を向けた。薄暗い森の木々の隙間から人影は見えず、代わりにチラチラと光る物が見えた。急速にそれはこちらに狙いを定め放たれる。
先ほどの物とは違い別の投射された物に気付くと、クロトは抱えていたエリーを自分から突き放し遠ざけた。即座に動きを切り替え魔銃を向けるも傷が痛みだしまた血液が溢れ出る。苦痛に体勢を崩したクロトの身は絶好の的となり放たれた物は彼の身を数カ所貫く。それが鋭く尖った杭だと気付いたのは突き刺さった後だ。
脚や腹。更には残っていた右腕までも射貫かれてしまう。
「――くそッ」
普段ならそんな投射など問題はない。避けることなど容易だったはずだ。しかし、ほんの少しのミスがここまでの事態を招いてしまっている。
立つことすらままならずクロトの体は床にへと倒れ込む。傷口は治癒を開始するも突き刺さった杭を抜かねば塞がりきらない。
血が、どんどん抜けていく。杭を引き抜こうと力を振り絞る。飛んでしまいそうな意識が激痛により引き戻されていく。
臓器を抉りながらも、どれだけ血が溢れようともそれらを自分から取り除くことに意識を集中させた。
しかし、追打ちをかけるようにガスが体内にへと入り込む。
酷い眠気が意識を朦朧とさせ襲いかかる。
――催眠ガスか……っ。
体から力が抜け視界がぼやける。
そんな視界になっても、クロトは部屋を見渡しエリーを捜した。
「クロトさんっ。クロトさん!」
すぐ近くで声が聞こえる。血まみれと無様な様をエリーは涙目になりながら必死に呼びかけていた。
意識と共に感覚までも薄れる。ぼやけた視界ではエリーが腕を引いて動かすような動作が。助ける素振りが本当に鬱陶しい。それならば先にガスの届かぬ所へすぐさま向かえばよいのに。……と。言えるなら言ってやりたかった。
ガスを吸い、むせびつつそばを離れようとしない。しだいにエリーも睡魔に襲われ意識を失う。
瞬きをする度に視界に広がる光景はいろんなものが流れていった。
いつの間にか部屋には何人もの黒装束が立ち入っている。次に開けば眠りにつくエリーを抱える姿が。
「……ま、てぇっ!」
クロトはある力を出し床を這って手を伸ばす。
こちらの動きは容易に気付かれ追打ちとして突き刺さっていた腹の杭が更に奥にへと押し込まれる。喉から上がってくる血反吐を一気に吐き出すが痛みのおかげで眠気も紛れていく。
歯を食いしばり床に落とした魔銃を掴み取り、クロトは力の限り叫んだ。
「――ニーズヘッグゥウウッ!!」
魔銃はその呼び声に応え炎を顕現させた。
燃え盛る業火が室内を包み込んで退路を塞いでゆく。エリーを連れて行かせるわけにはいかない。その意思の強さが炎を更に強めた。
――……
再び杭が体にへと撃ち込まれる。
それは体の中心である心臓を貫いた。一瞬の息苦しさ。クロトの意識がプツンと途切れ炎までも掻き消えてしまう。
静まった熱気の残る部屋。床で血まみれと死体同然なクロトを見下ろし黒装束たちは顔を見合わせる。
「……死にましたかね?」
「いや、死んではいないだろう。――なんせ不死身らしいからな」
「いい研究対象だ。そのまま持ち帰るとしよう」
黒装束の者たちはそう微笑しつつ二人を運び出していく。
◆
クロトとエリーが消えた家はしんと静まっていた。
割れた窓ガラス。爆発でもあったのか穴の開いた天井。床には大量の血の跡と、誰かの上着が落ちている。
それを拾い上げ、一人の少年は不思議と眺め首を傾ける。
「……この辺だって聞いたんだけどなぁ」
周囲を見渡し少年は目を丸くさせる。
無意識に嗅覚を働かせてみると微かな焦げ臭さがあった。
しゃがみ込んで見てみると床に敷かれた絨緞にはほんの少しの焦げ痕が残っている。
「……いたって、ことなのかな? でもなんかあったぽいけど、大丈夫かな? う~ん、どうしよ?」
悩みに悩み、少年は考えることをふとやめて立ち上がる。
「うん。考えるの苦手だし、とにかく捜さないとね。……え~っと、近くなら反応あるかな~」
少年は懐からあるモノを取り出し掲げる。
じっとそれを見上げ、パッと明るい顔をするとある方向を一直線に見る。
「うんうん。やっぱり近くなんだね! よかった~。……よいしょっと」
壊れた窓に寄ると少年は脚を乗り上げ、一気に外にへと飛び出した。
少年の姿は地に付くことなくそこから消えてしまう。
――漆黒とした羽一枚だけを残して。
『やくまが 次回予告』
エリー
「まさか本当にクロトさんが首ちょんぱされそうになってしかも全身串刺しになるなんて、誰が予想できたでしょうか!?」
クロト
「いやお前な!? それ予言したのお前だからな! すっとぼけてんじゃねーぞ!」
エリー
「でも本当にどうしましょう!? このままじゃあ私たち大ピンチですよ! クロトさんなんて魔銃取られてただの不死身なだけじゃないですか!? 絶体絶命ってこういうのを言うと思うんですけど、どうですか?」
クロト
「わりとお前喧嘩売っていくスタイルだよなぁ、おい! どうもこうもねーよ。あの野郎共根絶やしだ」
エリー
「暴力はいけませんけど、そんな魔銃を失ってしまったクロトさんが大変なことにならないように、ジャッジャーン! 魔銃を見つけておきました~」
クロト
「それはありがたいが、なんか腹立つ……。無性にムカつく」
エリー
「でもちょーっと気がかりなんですが。この魔銃、こんな形してましたっけ? いつもと違う気が……」
クロト
「俺の魔銃が早々形状変化するとでも思ってるのか!? 何処のどちら野郎のだよそれ……って、その魔銃は!?」
エリー
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第一部 五章「命を喰らう結晶」。どどど、どうしましょうクロトさん! これ」
クロト
「急に動揺するなよ! とりあえず~、えーっと~……、――外にでも捨てておけ!」
エリー
「コレ捨てるんですか……!?」




