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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第七部 二章「分かれ道」
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「走馬灯の様な記憶」

 ――正直。コイツは会った当初からずば抜けて腹の立つクソガキだった、って事はよく覚えている。



 ネアがクロトに情報を渡す代わりに提案したのが、今自身が村で引き受けている依頼を手伝う事だ。

 手伝う事に一人増えようが問題はない。ネアは当初の報酬と、クロトは情報を。これで成立するからだ。

 相手はサキアヌで点々とある森林に潜んでいる大型猪の群れ。先の話で運んでいたサキアヌでは珍しい物に興奮してしまい、現状治まる様子がないという。村も近くにあり狩りなどで被害がでているらしく、そこにネアは居合わせてしまい受ける事になっていた。

 大型猪――トッポア。魔物の類ではあるが、食用としては申し分ない。農家ではこのトッポアを小さい頃からしっかり飼育する事で作業を手伝わせているところも多くある。力もあり、便利である。

 今回討伐となったのは野生のトッポアであり、気性も荒いところがある。そして今は特にだ。

 突進されれば人などひとたまりもない。そこそこ大きな身なら木をへし折る事も可能なほど。

 ……と。ざっくりとどういった生物なのかは教えられた。

 しかし、クロトは腑に落ちない様子でいた。

 

 その程度の魔物にこの情報屋が苦戦を強いられるだろうか?


 という、考えが浮かんだ。

 実物を陰から眺めてはみたが、知能がそれほど高い様にも見えない。本当に猪が大きくなっただけの外見である。

 

「つーか。お前だけでもアレ数体は余裕じゃねーのかよ?」


「確かに、お姉さんが強いことは認めちゃうわよ。今朝二、三体ぶっ飛ばしたけど、残りの中にちょっと厄介な奴がいるのよねぇ」


「……厄介?」


「そうなのよっ。……私としては苦手な奴。それに、お姉さんってか弱~い乙女じゃない?」


 ここぞとばかりに女性らしさを口にするが、「だからなんだ」と言ってやりたくもなる。

 銃弾の当たらない人間をか弱いと認めるのは百歩譲ってもできない。


「矛盾って言葉くらい知ってるだろうが。強いんじゃねーのかよ?」


「男なら女性はそういう目で見て助けようとするのが当たり前であってほしいのっ。それくらいの気づかいできない野郎ばっかだから男は嫌なのよ。……えーっと、なんだっけ? ああ、そう。そういう奴がいるのっ。トッポアなんだけど、そいつだけ変異しちゃってて……。魔物だとよくあることね」


「なるほど。つまりお前はそいつに返り討ちにあって助っ人が必要だと。まぁ、運が良かったな、俺みたいなのがいて。そこら辺の雑魚よりはマシだからな。あんなのに負けるとかお前も大したことないな」


 会話をしていれば、何処かで必ずどちらかから悪態の言葉が出る。 

 それはしだいに火種を大きくさせ、エスカレートしていくものだ。

 この場合、どちらかが引き下がって治めるか。……最悪続くか。


「……いい加減にしないとアンタから片付けるわよ? アンタより私の方が強いんだからね」


「言ってろ。俺がその気ならお前なんかいつでもぶっ殺せるんだよ」


 またしても物騒な事を言い出す。 

 クロトから引き下がる様子はなく、ネアもこの幾度かのいがみ合いにもそろそろ限界がきていた。

 すーっと、細かな息を吐き、


「……うるさいわよ()()


 ……と。言葉を吐き捨てた。

 それは小さく微かで、しかしはっきりと聞こえるものだった。

 主に、最後の『チビ』というものが。

 クロトの背丈は確かにネアよりも低い。それは自身でもわかっているつもりだ。しかし、満十七歳である現在、クロト自身の背はその歳のわりには少しばかり小柄な方である。気にしていたらしく、そこを強調された一言に反応してしまった。

 カチリ、とクロトの中で何かのスイッチが入る。続けてクロトも咄嗟に口を滑らせたのか一言呟く。

 自分より確かに上で人間離れしたような彼女を――「化け物女」と。


「「……」」


 しばしの静寂。それは嵐の前の静けさか。

 案の定、嵐が来たのはすぐだった。


 「言ってくれたわね、この野郎ッ!! 乙女に対して化け物っ? 化け物っつったわねッ!? お返しなわけ? 私より小さいのは事実でしょうがクソチビッ!!」


「上等だクソ女ッ! 流れ弾に当たっても俺は責任一切取らないからな!」


「もとより取る気すら無いでしょ! そしてアンタの弾になんか当たりませんー。当てれもしないくせに強がってんじゃないわよこのクズッ、当てたきゃしっかり狙うのねバーカッ!!」


 一緒になって睨み合い、子供の口喧嘩のように騒ぎ出す。


「誰がクズで馬鹿だこの野郎!」


「あ、ごっめーん。下手くそを忘れてたわー。乙女に御自慢の武器が形無しだものねー。お姉さんってスタイルだけじゃなくクズで馬鹿な下手くそ野郎よりも優れすぎるから罪よねぇ。私ってそこらの男なんか霞んじゃうくらい魅力的で強いからー、同情したげるわよ」


「オーケーわかった。今から俺はお前も標的に含めたからな! 後で泣いて謝っても笑って殺してやるよ!!」


「やれるもんならやってみなさいよ! 私は一つ絶対に決めてることがあるの! それは男にだけは殺されてたまるかってことよ! 最後は可愛らしいお嬢様方に囲まれて花を送られてやるわよ! 最後が男とか天国にすらいけないわよ、悪夢だわ地獄よ!! アンタこそ私の邪魔をしないことね。知らない間に蹴っ飛ばされてたーなんて不様な姿見せつけるんじゃないわよ? そん時はお腹抱えて笑ってあげるからー!」


「言ったな!?」


「ええ、言ったわよ!!」


 いがみ合いながら、敵陣にへと一気に突っ込む。

 ネアとクロトは互いを標的として認識し、一番に互いを警戒しあった。

 もはや、突っ込んでくる猪など動く障害物でしかない。だが、同時に、確実に当初の相手を仕留めてゆく。


「ちょっと、なに一緒になってやっつけてんのよ! まるで私が、アンタと協力したみたいじゃない!! まさかと思うけど、そんなんで許してもらおうとか思ってないでしょうね!?」


「アホかっ。お前に許しを求めたら末期だ。お前こそ一緒にやってんじゃねーよ!」


「はぁ? なに? そこは嘘でも言葉を選ぶところでしょうが! 心の広い私でもそろそろ限界なんだからね! 男ってホント嫌になるわ。自分勝手で礼儀も知らないし、乙女をなんだと思ってるのよ、このクズ!!」


「素手でぶん殴る奴がなに言ってやがるんだ! 自分勝手ねぇ、ああそれでいいよっ。俺は自分さえよければいいからな、認めといてやるよ、正論だ! 俺にそんな期待抱く方が間違いなんだよ」


「期待なんかしてないわよ! 私が言ってるのは基本なことだから! そんなことすらできないガキなアンタに教えてあげてんのよ、ありがたくって感謝しなさいよ、期待じゃなくて命令よ、しなさいクズ野郎ッ!!」


「するかッ! するくらいなら脳天ぶち抜いて死んでやる!!」


「死ぬほど嫌ってどこまでガキなのよぉおおッ!!」


 怒号をあげるネアは体をねじり、一気に大振りの蹴りを放った。

 クロトの顔面鼻先すれすれに靴先がよぎり前髪を煽る。クロトは微動だにせずそれを見送るのみ。

 直後、猪豚の叫びが聞こえ瞬時に遠のいていく。

 罵倒する二人の間に一頭の猪でも状況をわきまえずに突っ込んできたのだろう。それすら呼吸をするのと同様にネアは迎え蹴り飛ばしたのだ。

 すぐにネアはそんな輩がいたことなど忘れクロトに向き直る。


「やっぱアンタ見込み違いだわ! 男最悪、男クズばっか!! 男なんかこの世から絶滅しろぉおおッ!!!」


「クズクズうっるせぇんだよクソ女!!! ちったぁ黙ってろ、口ぶち抜く、ぞッッ!」


 ひたすらネアと罵倒を返し合いクロトは魔銃を持つ利き手をすかさず真横に向け発砲。またもや突っ込んできた魔物の脳天を撃ち抜く。軌道が少し反れ勢いよくそれはネアを目がけ倒れこむ。合わせるようにネアは身を後退させ回避し二人の間をすり抜けていく。


「……ちっ」


「ちっ、てなに? 今アンタ私を狙ったの? 狙うように仕向けたの? ねぇ、おいこら」


「ふんっ」


「狙ったのね!! 本気で狙ってんじゃないわよゴミクズッ!チビ! つーかアンタ幾つよ! まさかとは思うけどそれで十代後半なんて言わないでよね!!」


「アアッ!? うっせーよ、なに個人情報探ろうとしてんだよ!」


「その反応からしてそうなのね! 超えてんのね!!」


「黙れ年増ッ!!!」


「誰が年増だ! 私はまだ二十歳よッ!」


 この時はまだ言い合いながらでも倒せれる余裕が二人にはあった。

 かれこれクロトとネアが最終的に会話を絶ってから20分が経過しようとしていた。

 すでに周囲は最初の原形をとどめてなどいない。

 大小関わらずに襲い来る猪の魔物を撃破している間に樹々はへし折られ岩は砕かれなど酷い有様だ。周りは30体ほどの魔物が散り散りに倒れ伏せている。

 凶暴になった魔物とはいえそれはトッポアであり農業で活用される以外では食材としても使えるため、この件が片付けば仕留めた分はおそらく近隣の村々などに配布されることだろう。それだけでも報酬は莫大。この質と数ならかなりの儲けになること間違いなしだ。

ひとまず落ち着いた頃、ネアは機嫌よくその猪豚の数を数えていた。


「~♪ すっごーい。これだけあれば思っていた以上の価値になるわぁ。後で村の野郎どもを呼んで~、あっ!運搬の手配もしておこっと♪」


「おいテメェ。結局どっちが勝ったんだよ?」


「知らないわよこんなに混じったら。引き分けってことでいいんじゃない? どうせアンタも数えてないんでしょ?」


「……ちっ」


 会話を絶つ前に、どちらが多く仕留めるかの話もあがっていた。

 が。クロトも結局数えてなどいない。

 「確かに」、とクロトも張り合ってはいたが興が冷めたらしい。

 薄く四角な魔道具を取り出しいじりだす。角には水晶のようなものがはめ込まれた、通信機の役割を果たす伝達道具だ。


「ああ、アキネ? 今サキアヌなんだけどー、今どこにいる? 実は~仕事先でいい食料を確保したんだけど~、村に少し送りたいの。ええ、皆で仲良く分けて~♪ 私はまだしばらく帰れそうにないから、皆によろしくね~♪」


 どうも故郷か住み場所にでも一部を送るのか知人と連絡をしている。話すネアは先ほどよりも機嫌が急によくなり会話をはずませていた。

 油断か余裕か、程がありすぎる。

 平然で背を向けなど、いつこちらが銃を向けるかもしれないというのに。道中の時よりもネアはクロトのことなど今は気にも留めていない。

 不快な顔で眺めていると、クロトは魔銃を持つ手をゆっくりネアに向けようとした。

 息をひそめ、静かに……。

 が。45℃の角度でそれがピタリと止まった。

 風がざわつき、煽ぐと共に何かしらを運んできた。

 全身を貫くような視線と威圧だ。


「……来やがったわね。最後にお出ましとはいい度胸じゃない」


 丁度ネアも話を終え持っていた物をしまう。

 チラリと見えた彼女の表情はひきつった笑みだった。

 地鳴りがし、どんどんこちらにへと近づいてくる。遠くから徐々に樹々をなぎ倒し、一直線にこちらに向かってくるようだ。

 振り向くと同時に魔銃を握りしめ、迫りくるそれに銃口を向けた。





 ――まるで、走馬灯の様ではないか。


 ネアは、出会った頃のクロトとの記憶が蘇る。

 無意識に思い出してしまった、腹立たしくもある記憶。

 あの出来事が此処まで二人を繋げ、……そして、その繋がりも終わろうとしていた。


「……先輩? なに? 何かあったのっ?」


 一人残されたイロハは、わずかに動かせる身をよじらせ、開け放たれた窓を見る。

 外では、目を疑うような光景がある事など予想もできず。

 ネアは眠るエリーを抱えている。そうさせたのもネアだ。

 まるで、この場から連れ去る様にも見て取れる。

 

「……どういうつもりだっ。そいつをどうする気だ!?」


 ネアが。彼女がこの様な行動をするなど、クロトでも信じられなかった。

 それはネアという人物がそういう者だと認識していたからだ。

 半魔でありながらも、人の世で道理を通してきたネアが、この様な形で裏切るような素振りを見せるなど、想像もしたことがなかった。

 エリーの意志も確認せずに、独断でネアはこの行為に及んだ。

 何故そうしたのか。今更何故そうするのか。考えてもクロトにはわからない。

 クロトはネアの事を……深く知りもしないのだから。

 問いかけても、ネアは黙ったままだ。

 

『電気女! 俺の姫君に何してんだよ、テメェ!!』


「なんとか言えよ! お前はいっつも、無駄にそいつを大事に扱ってたじゃねーか!」


 ネアがエリーに手を上げるはずがない。

 ネアがエリーに危害を加えるわけがない。

 その概念が崩れてしまう。

 問いただす様に怒鳴れば、ネアはぶつぶつと小さく呟く。

 「うるさい」「うるさい」「嫌い」「嫌い」

 そして、彼女ははっきりと告げた。


「――男なんて……、大っ嫌い!」

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