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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第七部 二章「分かれ道」
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「ネアの悪夢」

 ――あの時から、脳裏によぎるのは、悲痛に染まった、何人もの女性の声と、炎々と続く目に焼き付く光景だった。


 逃げ惑う人々。大人から子供まで関係なく、非力な彼女たちを追い回すのは、下卑た声で笑う男という野蛮な集団だ。

 当時、十を超えて独り立ちできるほどの実力を身に着けていた()にとって、その光景は思考を奪われるほどの出来事でしかなかった。

 火を放ち、凌辱しようとする者たちが視界に何度も映り込み、ようやく頭が現状を理解した時には、ただただ怒りだけしかなく。いつの間にか目先の男の腕を落としていた。

 女性の悲鳴に紛れ、男の苦痛の絶叫が周囲に響く。

 仲間の危機を察してか、私の周りを男どもが囲い込む。

 ……どれも見知った顔だ。

 この惨状を見る前に、私はこの男どもと接触していたのだから。

 

 最初は、道を尋ねられたのがきっかけだった。

 尋ねられたのは、行く当てもなくあった難民の集落の場所である。女性のみで、人手不足な理由も知っており、男たちは馬車に荷物を詰めて物資を頼まれ、代わりに運んでいる途中だったという。

 その時の私はまだ子供で、親切心と情報屋の端くれとして道を教えた。

 人当たりの良さそうな顔で、当時は「ありがとう」と言われ、頭を撫でられたのを覚えている。


 しかし、今はその優しさのある記憶がかすみ、見る影もない。

 取り囲む男たちの誰もが、仲間を傷つけられ邪魔された事に殺意の目を向けてくる。

 馬車の荷台は布が取り払われ、中の檻を露にしているではないか。

 

 ――ああ……。最初っからそのつもりだったのか……。


 自分の目の恨みたくもあった。

 会った時に気付いていれば、こんな事にはならなかったのに。

 男どもの狙いは、集落の女性たちを捕らえ、売り物か、酷い事に利用するつもりだった。

 その事に気付きもせず、疑いもせずに……。その結果がこの悲劇を招いた。

 この悲しみや後悔は、後に追いついてきたものだ。

 私の怒りが治まらず、理性を取り戻し始めた頃には、自分の身を赤く染めていた。

 血生臭い……。鼻が曲がりそうだ。

 呆然と、そんな事を思っていた。

 だが、女性の恐怖に震えた様子の声は、まだ鳴りやまない。

 男たちは全てが地に転がり、ビクともしないというのに。

 

 そして、気付いた。

 彼女たちは……私を見て怯えていたのだと……。


 私の姿は、人のものではなかった。

 まるで、獣の様で……紫電を身に纏っていたと……。






「……話は聞かせてもらった。今は、この村で心を落ち着かせなさい」


 隠れ村の村長である老婆が頷き、避難した女性たちを村に受け入れる。

 疲れ切った顔の女性たちは温情に頭を下げるも、何か言いたげな顔だけは残したままである。

 その理由は私にあった。

 幸い、集落の女性たちは全員無事ではあったが、刻まれた恐怖は早々取り払えるものではない。

 その内の一つに私も含まれていたため、すぐに老婆が部屋の冷たい隅で膝を抱える私に寄りそう。

 

「……ネア」


 泣いていた私に、ゆっくりと声をかける。

 私はその声を聞いただけで、より一層涙があふれ出してしまった。

 聞き慣れたその声だからこそだ。次に何を言われるかが怖かった。怒られる事も、慰めされる事も、どれもが怖くあった。

 返事をしない私の肩に、シワだらけの手が触れる。


「帰ってからちゃんと洗ったか? まだ臭いが取れていないぞ?」


 尋ねられるも、上手く言葉が返せない。

 自分でもわかっている。血の匂いが今でも嗅覚を刺激して、なかなか離れない。

 おもむろに、私は何度もつぶやいてしまう。

 「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」……と。

 長には前もって事情を他が話しておいたらしく、私はただ謝る事しかできなかった。

 浅はかな考えと行動が起こしてしまった悲劇。もし、教えていたのがこの居場所である村だったらと思うと、怖くもあった。

 初めて人を殺した事。相手がどれだけの悪党でも、手にかけてしまった事への罪悪感が呪いの様に残っている。

 そして、私は私が怖かった。

 嗚咽をもらし、身を震わせる私を長は優しく抱いてくれていた。

 

「……ネア。これはお前の罪になるのだろうな。だが、お前は彼女たちを救ったのだ。それを忘れてはいかん」


「……っ、で、もぉ、でもぉ! ……みんな、私を見て……怖がってたぁっ。なんで、私……化け物……なの? 人間じゃ、ないの!? ねぇ!?」


 泣き縋り、問いかける。

 初めてだった。

 元々身軽に動ける事は知っていたが、怒りに任せ振るった力は人を超えるものでしかない。

 今でも覚えている。自分の体を血液と同じようにめぐる紫電の感覚を。獣の呼吸を。

 

 この時、私が半魔である事が、長の口から明かされた。

 その事実に、私は数日間気が気でなかった。

 知らぬ間に親しい者たちにこの力で害を及ぼさないか。迷惑をかけないかと、部屋に閉じこもり、恐怖に怯え続けた。

 長でさえ、私の素性には詳しく話してはくれなかったが、私はとある魔界の住人の子供らしい。

 見た目は狼にも似た黒い獣だったらしく、人語を話てこの村に訪れたという。

 もう忘れてしまった、父親らしき面影もまた獣に近かったやもしれない。

 

「今まで隠していてすまなかった。お前の親は、お前を日の当たる地に置きたかったのだ。魔界よりも、こちら側を選び、そしてそれ以降姿を現す事がなかった」


 迎えに来ることはなかった。それは、実質置き去りにされたも同意と感じた。

 

 私の悪夢。私の罪。

 あの惨状こそが私が忘れたかった、闇精霊(シェイド)の見せた闇。

 今もなお私の内側を蝕んでゆく。

 時間が過ぎるごとにそれは増し、私は目先に用意された別れ道の前で立ち止まり、ハッと我に返った。




「――あ! ネアさーん、お帰りなさーい」




 迎え入れる声に、顔を上げる。

 宿の二階の窓から片腕を振り、私を出迎えた少女。

 夜の暗闇すら照らすような眩しい少女の笑みに、私は一瞬戸惑って一歩後退ってしまった。

 普段なら今すぐにでもその愛らしい下へ駆けつけたかったのに。今は……。


「……っ」


 私には、分かれ道を選ぶ義務があった。

 一つは歪で崩れそうな道。

 一つはいたって普通な道。

 更にとなりには……道はあるのだろうが暗くて見えたものではない。

 刹那、暗闇に紛れた道の奥で、何かが獣の尾が揺らめいた気もした。だが、それだけでしかなく、私は残っていた道にへと向き直り…………






 グッとネアは拳を握りしめてから、前にへと進む。

 いつものように、笑顔を作って、少女に接する様に。


「うん、エリーちゃんただいまぁ」


「大丈夫ですか? 少し様子が変だったので、心配してました」


「大丈夫大丈夫。野郎どもの馬鹿な姿に呆れてただけだし、ちょっと涼んだから平気よ」


「……そうですか。よかったです」


 ホッと安堵する。

 その後ろではクロトが「誰が馬鹿だ……」と、小声で呟いた。ついでにイロハも「馬鹿じゃないもん」と言う。

 やはり夕時の事をまだ怒っているのだろう。

 また怒りだしてしまわないかと、エリーはひやひやして苦笑。

 

「そうだ、エリーちゃん。ちょっと内緒のお話があるんだけど、来てくれる?」


 ネアは外でエリーを手招きするが、ふと小首を傾ける。


「え? 外でですか?」


「だって、野郎どもみたいな野蛮人に言えないお話なんだもの。おねがい」


「……」


 エリーは悩んだ。そして、部屋の中に顔を向けクロトを見る。

 それは判断をクロトに任せるという目だった。勝手な行動はまたクロトの怒りに触れてしまうため、相談のつもりでエリーは見る。


「あの、クロトさん……」


「……っ。まあ、反論すればあの女はうるさいだけだからな。すぐ終わらせて戻って来いよ?」


「はい!」


 許しが出れば、エリーはすぐに部屋を後にした。

 ただ一つ、愚痴を漏らす声もあった。


『……いいのかよ? 行かせて』


 ネアが気に入らないのか、ニーズヘッグだけがそう語りかける。

 クロトは窓に寄り、エリーと入れ替わる様に外の様子をうかがう。

 この状況、クロトも違和感を得ていた。

 ネアがわざわざ外にエリーを呼び出すだろうか? それもこの夜更けに。

 その反面、ネアなら何かあるとは思えない。という感覚がこれまでの彼女の行動にはあった。

 信頼というよりは、常識的に考えてというものである。他者に信頼は寄せたくないのがクロトという魔銃使いだ。

 だがこうして念には念をと見張るのも違和感が原因なのだろう。

 そして、外ではちょうどエリーがネアの前まで来ていた。






「どうされたんですか? お話ってなんですか?」


 気になる素振りでネアを見る。

 ふと、そわそわしていたエリーがピタリと動きを止め、じっとネアを見上げる。

 窓から眺めた時は夜の暗さもあり気付かなかったが、ネアの笑みはぎこちなく、無理をして作っているものだという事が理解できた。

 

「……ネアさん。何かありましたか?」


「……」


 ネアは唇をキュッとさせ、出てしまいそうな声を堪える。

 そして、黙ってネアはエリーの前で膝を折り、そのまま抱きしめた。

 ネアは耳元で、小さく震えた声で囁いた。




「エリーちゃん……。――ごめんね」




 何故この場でネアが謝ったのか。その理由を考える余裕はエリーには与えられなかった。

 首筋に添えられたネアの指先から細かな電流が流れ、瞬く間に少女の意識を奪う。

 意識を手放したエリーから力が抜け、ネアは眠る身を抱えて立ち上がる。

 これが悪意と言うなら、悪意なのだろう。自分が悪い事をしている事など、わかりきっていたのだから。

 

 そして、これを見過ごす事ができるような()でない事も、理解していた。


 当然のように、窓を蹴り破ったクロトが宿から飛び出し、地上に降り立っていた。

 殺意の宿る鋭い眼光がネアを睨みつける。当たり前だ。この行動がこの結果を招くなどネアには手に取る様にわかっていた。

 

 ――ああ……。やっぱりアンタとの関係も……此処で終わりみたいね。

 

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