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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第六部 六章 「最終局面」
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「間違ってもいい選択」

 二度目の銃声。

 銃弾は、確かに人体に傷を負わせたものだった。

 鮮血が部屋のじゅうたんを汚し、()()がその傷を目で追ってしまう。

 

「…………ッ」


 血をたどれば、発砲したはずのクロトに行きつく。

 クロトは引き金を引ききる直前。銃口を空いていた手で塞ぎ、銃弾の狙いをエリーから逸らしていた。

 

『……は?』


 呆気に取られた少年が、目を見開いてか細い声を出す。

 狙いは当初確実にエリーにあったが、一瞬にして見えた結果が覆される。

 瞬時に熱が冷めてしまった少年は、徐々にその認められない光景に怒りが込みあがる。

 自由を求めて他人を殺すクロト。それが自傷をしてでも止める事など、少年にとってはあってはならない。


『ふざ……っけるなよ!! なんのために今まで殺してきたんだよ!? そんなもん、俺は――』


 少年の望みは、自分の生き方を貫いたクロトであり、その生き方が自滅だとしても全うする事だ。

 それがクロトの、クロトらしい生き様であり人生の終点。

 そうでもしなければ、少年という感情が切り離された意味がなくなってしまう。

 願いの先にあった結果に、この感情がどれだけ後悔の念を抱いたか。それゆえに許せなかった自分。だからこそ、皮肉にもその生き様を肯定し、自滅を願い続けていた。

 だが、その願いは認められない。

 認めないのは、()のクロトだ。


「うるせぇっ。ごちゃごちゃと……御託を並べやがって……っ。俺の願いは……変わってない…………っ。変わって、ねぇんだよ!」


『……っ』


「勘違い、しやがってっ。俺は……自分のためにやってんだよっ。誰のためでもない。――俺が俺のために生きるための、俺の【願い】なんだよ!」


 痛みを超え、力強くクロトは言い放つ。

 その言葉には強い意志があった。それだけでなく、向けられた眼差しに、少年はたじろぐ。

 完全に敵視した目。何度も悪夢に抗おうとした魔銃使いの目にが脳裏をよぎる。

 

『……まさか』


 少年の思惑は当たっていただろう。

 今の幼いクロトには、あるべき現実の魔銃使いの意志が感じられていた。

 エリーを無意識に傷つけないようにするのも、クロトの意識がこの時覚醒し始めている証である。

 なんせ、此処は悪夢の終点。終わりが目の前にあり、最も魔銃使いであるクロトに近づく位置だ。

 眠り続け、見失っていた本人の意志がこの場に現れている。


『戻らせない……っ。お前の今が、お前の生き方なんて俺は認めないっ。絶対に認めたくない!』


 認める事の出来ない少年を銃弾がかすめる。

 息を詰まらせたような声で、少年は黙らされへたり込んだ。

 

「俺も……お前を認めねぇよ。お前みたいな愚図な()()なんてな……っ」


『――ッ』


 あの時と同じだ。

 願いを口にした時と。

 そうやって、他者を想いやる感情を切り捨て、不必要として認められなくなった時と。

 身を小刻みに震わせ、少年の眼が水気を帯び、涙する。

 最初は悔しさもあり歯を食いしばるも、それは名額は続かず、ため込んでいたものを吐き出すように泣きじゃくった。



『ああっ、ああああっ。……なんで、っなんでぇ!!? そうやって、俺が全部悪いみたいに、自分の後悔を押し付けるんだよぉ!』



 感情は願いのために切り離され、そして全てのクロトが味わってきた後悔と、己を苦しめた責任を押し付けられた。

 そうすることで魔銃使いは過去と決別し、今に至っている。

 

『自分は正当だって、そう言いたいのかよっ。ふざけるなよっ。お前なんか……、馬鹿みたいに自滅してればいいのに』


 自滅こそが少年の願い。それは少年も同様に消える事となるはずだというのに、少年は道連れしか望めなくなってしまっている。

 自滅を選ぶまで続く、何度も繰り返す少年の執念。それがこの悪夢の正体だ。

 今の己を否定する少年。その姿に、何処かエリーは以前の自分を重ねてしまった。

 見ている事だけができず、自分が叩いてしまった少年の頬を撫で、そっとその身を抱きしめる。


『……っ、なんでっ。アンタも、ホントに邪魔でしかないんだよ! 勝手に割り込んできて、なんなんだよぉ!』


「……嫌ってもらっても、構いません。でも、私は貴方の事は嫌いにはなれません」


 泣きじゃくる少年を撫でる。

 少年は、ただ苦しんでいるだけなのだ。

 自分の思いが通らなかった事。自分が得てきた後悔と苦痛の過去に。

 全てを背負わされた事に。


「私は知りませんが、お母さんの事が本当に好きだったんですよね? 本当は、殺したくなんて、なかったんですよね? ずっと、心が痛かったんですよね。大切な人を殺めてしまった事で、いろんな事が嫌になってしまったんですよね」


『……~ッ』


 少年は、更に声を出して盛大に泣いた。

 心が締め付けられるほどに、自分の思いを声に出して、絞り出す。


『だって……、どうしていいか……わかんなかった。怖くても、願いに縋るしか、俺にはできなかった……っ。本当は、もっとマシな方法があるんじゃないかって、思っても、答えが出ないまま時間がすぎるのが、すごく怖かった。母さんが壊れるのも見たくなくて、思ってる事言ってよくない事になっても怖くて……っ。全部が怖かったっ。それの何が悪いんだよ! 俺だって必死に考えたけど、答えが出なかった……っ。しょうがねぇだろうがぁっ。わかんないもんは、わかんねーんだからよぉ!』


 少年にとっては、科学的な事は理解できても、人の心を想い行動する事は解答不能な難問でしかなかった。 

 誰だってそうだろう。人の心とは、いつだって難しいのだから。

 悩み続け、苦悩し続け。最後には願いに縋ってしまった。

 そして捨てられた感情はこうして更なる後悔を抱き、今を恨んだ。

 エリーは少年の言葉を聞き入れ、ずっとなだめ続けた。

 全てを吐き出し、ため込んだ感情の不満を涙と共に解消した頃には、少年はエリーの腕の中から消えてしまっていた。

 






 要を失った悪夢が終わろうとする。

 周囲の物が光の粒子となって舞い、消滅を始めた。

 そう時間も経たないうちに悪夢は消え、直に外にへと自動的に戻される事だろう。


「……クロトさん、大丈夫ですか?」


「……っ」


 心配と声をかけるエリーに、クロトは不快な表情をとる。

 いつもの魔銃使いだ。ただ、どうしてもこの空間の中では幼いため、少し可愛げはあったりする。


「無事に見えるのかよ? ……うぜぇ。頭ん中、まだごちゃごちゃしてて、とっととどうにかしてほしいもんだ」


「そうですね。すぐに出られるといいですね」


「……」


 ふと、クロトは顔を逸らす。

 手でもカバーをして、まるで顔を見られたくないという素振りだ。


「クロトさん? どうされましたか?」


「……うるさい」


「……ひょっとして…………泣いてます?」


 わずかながら見えた、頬を伝う雫。

 それを涙と認識された途端、クロトは叫び出した。


「泣いてんじゃねーよ!! さっきも言っただろうが! この空間のせいでいろんなもんが頭の中混じってわけわけんねーんだよ!! 俺が自分で泣くと思ってんのかよ!? 次言ったら撃つぞ!?」


 怒りながらあげられた顔。目には確かに涙がにじみ泣いてはいたものの、それはクロトの意志とは違い、内に紛れ込んだこれまでの感情と経験の記憶が原因となっている。

 不安定ながらもクロトは意識を保っているが、まだ幼さが抜け切れていない。

 

「す、すみません……」


「……~っ。……こんなもんまで見られるとか、覚めても寝起きは最悪だろうな」


 話だけでなく、実際の過去を覗かれたようなものだ。

 それはクロトにとって不快でしかない。特に、エリーに見られる事はなによりも。

 その慈悲深い精神の少女に知られる事が、不快以外なんと表せばいいのか。夢なら今すぐ覚めて、泡沫のものとして忘れたいとすら思える。

 

「……間違った選択。……そうアイツは言いたかったんだろうが。…………それでも、俺は自分のために、その選択をしただけだ」


 自分の感情を切り捨てた事も。母親を殺した事も。その後、何人の命を奪った事も。

 結果が、一人の魔銃使いの【願い】を間違いと認識するだろう。

 その願いも意志も、身勝手で己のためだけのもの。

 それを他者から見て間違いと見なされようと、クロトはその批判を肯定する。

 間違いと見てもおかしくない。そして、自分だけが、その【願い】の先を信じていたい。誰に認められなくても。その生き方が自分のための唯一の結果であり、クロトの支えである。

 

「……そう、ですね。間違い……だったかもしれませんね。でも、……間違っても……いいじゃないですか」


 星の少女は語る。

 それは間違いであって、間違ってはいけないものではなかった、と……。


「だって、それで私はこうして、クロトさんと出会えたんですから。今のクロトさんがいて、今があるんです。間違いのない生き方ができる人なんて、いませんよ……」


 残酷な結果であろうと、そこから繋がる未来もある。

 間違いであっても、間違っていなかった選択。その存在をエリーは今であると言う。

 そう言われたのは初めてだったのだろう。

 少女の言葉にはいつも理屈を超えるものがあった。

 身勝手な生き方を肯定され。ふと、クロトから笑みがこぼれてしまった。

 それもまた、不安定な感情が織りなすものだっただろうが、エリーは微笑んで応答した。


「帰りましょう、クロトさん。私も、皆さんも待ってますよ……」


 手を差し伸べる。

 光に包まれ視界すら白くなる。

 消える悪夢。泡沫と共に、少女の伸ばした手を魔銃使いは取った気がした。

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