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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第六部 五章 「起点」
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「扉の先」

 少年の意思は固くあった。

 それはこの状況を肯定すること。それが一番だと決めつけ、この状況を維持しようとしている。

 しかし、その考えにも迷いがあるはずだ。

 強く断言できない発言。肯定の裏にあるものを隠している様にしか見えない。

 隠しているのは――本音だ。 

 エリーでもそれはよく理解できた。

 今も少年は言いたい言葉を詰まらせて混乱してしまっている。

 少年を追い詰めているのは、この現状でしかない。

 いくら黙示を強要されたとしても、黙り続ける事はできない。


「……最初の音。本当はその鎖を外そうとしてたんじゃないんですか?」


 動揺した少年は後ろめたいのか目を逸らす。

 

「どうして繋がれているんですか?」


 図星を突かれた少年は黙り込んでしまった。

 目を泳がせ、なんと答えていいか、この話題から話を逸らしたいのか。とにかく言葉を必死に考えているのだろう。

 何が適切かわからず、焦るあまりに少年はありのままを答えてしまう。


「……っ、母さんが……。母さんが、俺をこの部屋から出さないように……してるんだ……。外は危ないから……。俺が怪我したら、母さんが…………」


 母親の愛情。大切な我が子のためなら他者を傷つける事もあるだろう。

 だが、その最愛の子を閉じ込める事には納得がいかない。


「でも、外したいんですよね? 出たいんですよね? ……だったら、私がその人に会って話をしますっ」


 事の原因である母親が少年を束縛しているのなら、母親をどうにかすれば解決する。

 エリーはまっすぐ扉に向き直って迷いなく部屋を出ようとした。

 この行動は、少年にこれまで以上の衝撃を与えた。

 

「――なっ!? 何言ってるんだよアンタ!!」


 勢いよく少年はエリーの足にしがみつく。

 それはエリーの行動を阻んだ。


「頼むからやめてくれ! ……そんな事したら……母さんが……母さんが……っ」


「危険かもしれませんけど、こんなのやっぱりおかしいですっ。クロトさんは出たくないんですか?」



「――それでもやめてくれ!!!」



 この部屋から出る。そのために枷を壊そうとしていた。

 自由を望むからこそ、そう行動していたはずだ。それに間違いはないはず。

 にも関わらず、少年はその結果を拒んでいる。

 強く拒否されたことで、エリーは考えに躊躇が生じてしまった。

 

「……クロトさん」


 ただ言葉が強かっただけではない。

 しがみつく少年は、震えた身で……泣いていたのだ。


「頼むから……っ。母さんをこれ以上……壊さないでくれ……。母さんは、俺のために頑張ってるんだ。全部……俺のために…………っ。俺がいなくなったら、母さんが……悲しむ。……だから」


 嘘は感じられない。

 出たいという気持ちも本物で。母親を悲しませたくないというのも本物で。

 複雑に絡んだ想いが、少年の自由を奪ってしまっている。

 空気が重い。まるで見えない鎖が部屋を覆い、空間を重く閉ざしている様に、エリーは感じた。

 

「母さんは悪くないっ。俺がいれば母さんは悲しまなくてすむ。母さんは一人で俺のために頑張ってるんだ。これ以上、この事に関わらないでくれ……」


 今。この現状での少年のエリーに求める願いは、関わらない事だ。

 部外者なのはわかっている。ただ納得がいかず、無理にこの問題を解決しようとしてしまっていた事に気づけば、これ以上は野暮でしかなく、身を退く事を考える。

 少年がそれを強く望むなら、エリーに残されるのはこの夢を終わらせることだけとなる。


「……わかり、ました。すいませんね。余計な事をしてしまって」


 その気がなるなれば、少年はしがみつくことを辞めて足を解放する。

 エリーも扉に向かう事をやめ、最初に少年にへと向き直り、しゃがみ込む。


「だから、泣かないでください。クロトさんは、とてもお母さん想いなんですね。すごいです」


「……俺は」


「いいんです。それ以上言うのは、クロトさんも辛いでしょうから」


「…………ごめん」


 慰める最中、少年は小さく、呟くように謝る。

 謝る必要などない。少年はなにも悪くないのだ。

 本当におかしいのは、この現状を作り出した者にある。

 その答えにたどり着くも、関わらないと決めた以上はエリーにもどうすることができない。

 この件に関わらず悪夢を終わらせることができるのか。その事に思考を集中させていた。

 

 それが、自身の危機に気づくことを遅らせる事となるなど、考えもせずに。







 考えに耽っていたエリーの思考が、咄嗟に真っ白になる。

 なんの事象がそうさせたのか。

 刹那の間に、エリーは事の状況を確認する。見た事。聞いた事。何があったのかが。ようやく頭が追いつき、把握した時に呼吸を乱すほどに心拍数が上昇していた。

 少年がエリーを自分から突き放したのだ。

 それは拒絶とは違う。その場からエリーを逃がすために、少年は自分にある力と、考える暇よりも体を勢いよく動かし、強く突き放す。

 エリーのいた場所。床には強く振り下ろされた鈍器が目に入る。

 柄が長くある金槌だ。それを振り下ろした者に、自然と視界が動いてしまう。

 案の定というのか。なんとなく察しは見るまでもなく付いていた。それでも、認める事は即座とは言えない。

 体格は大きく、大人のモノだ。そして、整いきってない乱れた髪を垂れ流し、その者はゆっくりとエリーに向く。

 ――クロトの母親だ。

 まるで……。いや。正にエリーを殺そうとしていた様子。にも関わらず、母親の目に躊躇いはなくあった。

 不思議と、前回の最後が脳裏をよぎる。

 エリーは頭部に受けた衝撃を思い出し、不意に手を当てた。

 前に扉の前で自分を襲ったのは、間違いなくこの母親だ。

 そんな光景を目の当たりにした少年ですら、疑いたくなる目で身を固めてしまう。

 唸るような息遣いで母親は鈍器を振り上げてゆく。

 エリーは呆然とその間を許し、ただ見上げる事しかできない。

 次にその鈍器が振り下ろされる先は、自分だとわかっていても。

 上がり切った腕。落とされるのは間近。

 数秒も経たぬうちに、鈍器の先端が下に傾いた。


「――母さん!!」


 振り下ろされる直前。少年の声でエリーは我に返る。

 エリーを殺そうとした母親に少年は押す勢いでぶつかり、しがみつく。


「なんでもないっ。俺は何もされてない! だからこんな事しなくていいんだ!」


「……っ。悪い虫が……いるの。虫は消さないと……。奪わせない。二度と私から大切なものを……っ」


「大丈夫だから! 俺は此処にいるから! ちゃんと母さんと一緒にいるから!!」


 言葉を投げるも、母親の目がエリーから全く離れない。

 おそらく説得も無意味だ。この間もすぐに終わり、凶器が振り下ろされる。

 少年はそれを理解したのか、今度はエリーに向け声をはる。


「今の内に帰るんだ! ――早く!!」


 その言葉にエリーは解放された扉を見る。

 今なら扉から外に出る事ができる。

 このまま殺されるわけにもいかない。エリーは足に力を入れ、真っ先に扉を目指して駆け出した。

 逃げる背後から迫る死の恐怖。無意識に後ろを振り向きそうになるが、エリーは止まることなく進む。






 扉を抜けると同時。頭部を鈍器の風圧がかすめ、エリーは難を逃れ無事にその場から脱出した。

 何とか逃れた事にエリーは安堵から絶えた呼吸を取る。

 しかし、現状に絶望に似た感覚を得て、絶句した。

 一度も出た事がなかった扉の先。そこにあるのは――()()()()でしかない。

 新たな進展があるかと思いきや、進んだ先は一寸の闇。背後には悪夢へ続く扉があった。

 

「……なん、で?」


 クロトの悪夢。それはあの部屋で終わっていた。

 他に何もない。あの空間のみがクロトを閉じ込める悪夢でしかない。

 その事実は、エリーの絶望感を刺激し、追い詰めてゆく。

 

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