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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第六部 五章 「起点」
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「リスタート」

 途端に、少女は人肌の体温を感じ、星の瞳を開く。

 急な違和感。まるで先ほどまで体温が失われていたかのような感覚だ。

 突然息を吹き返したかのように、エリーは身を起こし、朧げな様で状況を確認する。


「……っ、いったい……なにが?」


 そこは常世の闇。先ほどまでいた部屋はなく、ただ一色の黒だけが広がっていた。

 何かを切っ掛けに戻ってきてしまったのか。記憶を探ろうとするも、部屋を出ようとしたところで記憶が完全に途切れている。

 ただ、()()()()()()()。という結論が強く頭に根付いている。

 その結論が確かなら、誰に、何のために襲われたのか。

 一人無音で考えるも進展はない。考える事をやめ、エリーは身を起こした。

 

「…………戻ってきたのかな?」


 目が覚めても現実とは思えない空間。

 未だクロトの夢の中か、はたまた追い出されてしまったのか。

 悩む頭とは裏腹に、エリーは手を前にへと進めた。

 脳内ではクロトの姿がよぎり、求めてしまったのだろう。自然と扉が目の前にへと現れた。

 しかし、以前とは異なっている。

 うっすらと見えていたはずの鎖が、今度ははっきりと視界に入ってくる。

 認識した時、胸の奥を締め付ける感覚に心許ない。

 入る事を躊躇い、一歩後退りもしてしまった。


「なんで……。さっきよりも……酷い……」


 鎖だけではなかった。扉に刻まれた爪痕のような傷。藻掻いた様と、その時の苦痛を錯覚させる。

 此処が引き際か。一度戻り、気持ちを落ち着かせる必要があるやもしれない。

 そう決めようとした。……はずだった。


「……っ」


 無意識に、また体が勝手に動いてしまった。

 氷のように冷たいドアノブをエリーは強く握りしめていた。

 ハッとして、エリーから迷いが薄れてゆく。


「そうだ……。クロトさんがいるなら、行かないと……っ。クロトさんだって、……そうしてくれたんだからっ」


 強くドアノブを引いて、鎖の音を響かせながら扉を開け放ち、躊躇なく飛び込んだ。

 勢い出した一歩が扉の奥に踏み入る。

 

 その途端、脳に電流が流れ込む。


 急速に流れ込んでくるのは、あの部屋での少年の記憶か。

 読書しかすることがなく、寂しげな光景。

 母親を想い、不安にさせないように接する光景。

 その裏で裏切るような、枷を壊そうとする光景。

 そして、血にまみれた人殺しの光景。

 感情が雑音の嵐となって荒ぶる。

 苦痛。悲痛。憎悪。それでもそれらを押し殺し、誰かのためにあろうとし、軋む感情が何度も何度も周る、繰り返される。

 何度も繰り返される悪夢。これがクロトの悪夢なのかと、教え込まれた時、我に返ったエリーは永遠と感じた刹那から解き放たれた。






 目を見開き、苦しさに呼吸を忘れていたほど。突然の静寂に包まれた途端戸惑いにへたり込んでいたなど、気づく事に相当後れを取ってしまう。

 


「――アンタ、誰だ?」


 

 問われて、エリーは今更少年(クロト)の目に意識がハッキリと戻る。

 驚くエリーを、少年は首を傾げて不思議そうにしていた。

 周りは薄暗い本の並ぶあの部屋だ。

 戻ってきた。クロトの悪夢の中にへと。

 落ち着いた少年の顔を見ると、何処か心が安らぎ落ち着かされる。 

 また会えたことにホッとしたのか、エリーは腕を伸ばし、少年をそっと抱きしめた。


「よかったぁ……。クロトさん」


 この場に再び訪れる確証などなかった。我武者羅に、ただクロトだけを求め、また再会を果たす。

 エリーは安心するも、少年は顔を赤らめ狼狽。エリーを力いっぱい押しのけて距離を取った。


「なっ!? なにすんだよアンタ!? いきなり……っ、抱くんじゃねーよ!」


 拒絶された事に心が痛む。唐突なものだったやもしれんが、わずかに星の瞳は涙に潤んだ。


「そ、そんな、驚かなくても…………。クロトさん」


「人の部屋に無断で入って、いきなりそんな事されたら誰だって驚くっての!! つーか、なんで俺の名前知ってんだよ!?」


 エリーはパチっと瞬きをする。

 

「……え? クロトさん。私の事……覚えてないんですか?」


 最初も、「誰?」という質問をしていた。

 この少年には以前過ごした時間を覚えていないのか、まるで初対面の様である。

 困惑するも、先ほどの光景に不思議と納得がいった。

 

 ――ひょっとして、この子も何度も繰り返してる?


 何度も繰り返される悪夢。エリーと過ごした時間も、繰り返す事で消えてしまっているのなら、記憶がないのも理解できる。

 本来エリーはこの悪夢にいない存在。エリーにとってはそうでなくても、少年にとっては初対面なのだ。

 

「そ、その……、なんと説明すればいいか」


 最初はこれで酷く警戒されたものだ。

 二度も同じようなへまを踏まぬ様にと、エリーはすぐに納得してもらえるように良案を考える。

 だが、そう簡単に思い浮かぶことがなく、つい長く考えてしまう事に……。

 そう時間が過ぎてゆくと……


「――ひゃっ!? ク、クロトさん!?」


 へたり込んでいたままのエリー。いつまでも悩んでいれば、そんな少女のスカートを少年が掴み上げていた。

 露出した足を少年はまじまじと見つめ、しばらくしてパッと手を放した。

 いったい何故その様な行動をとったのか。今度はエリーが顔を真っ赤にして狼狽に固まってしまう。


「……足はあった。幽霊じゃない……よな?」


「はわわわわっ。それでも急に女の子のスカートをめくるのは、どど、どうかと思います!!」


 これには女子として反論すべきことがある。

 エリーの慌てように、少年はキョトンとしていたが、途端に息を吹き出し笑い始めた。


「ははっ、確かに。でもそっちだって勝手にやったんだから、お互いさまって事で。変な奴ぅ、それに変な目」


 無邪気な笑み。思わず慌てふためいていたのが吹き飛ぶようなものだ。

 少年は警戒を解いてくれた。一歩前進と考え、エリーは当初の目的をもう一度振り返る。

 

 エリーはクロト本人を見極めなければならない。

 この少年こそがクロトなのか。それとも他にいるのか。

 時間を無駄に過ごせば、また先ほどの様に追い出される恐れがある。

 例え追い出されても、何度でもこの地に戻り、そしてクロトを見つけ出す。

 

 現実のクロトを起こすために。この徐々に歪んでゆく世界に、何度でも戻る決意を胸に刻みつけた。

 

 

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