「解放の星」
「はあ……っ、はあ……っ」
暗闇の中で、クロトは呼吸を乱し不快感に表情を歪ませる。
右手には魔銃を握りしめ、銃口は疲弊に下へ傾いていた。
クロトは、キッと前方を睨みつけ呼吸を整える。
その間、前方では何者かが静かにクロトを眺めていた。
誰かと聞かれれば、明確な姿がなく、その姿は朧気だ。
……ただ、小柄であるというのはわかった。例えるなら、子供だ。
エリーよりは少し小さくも見えるが、時折歪むため定かではない。
『懲りないなぁ……。何をそんなに焦ってるんだか』
ノイズ混じりの声をした子供は、そう呆れ口調でいた。
これに憤怒を堪えるなどクロトにはできないものだ。
すぐに怒号で反撃をする。
「うっせぇ!!! とっととこんなとこから出しやがれ!! さっきからイラつくもんばっかり視界に入れさせやがって!!」
クロトは足元に転がっていたモノを足蹴にする。
それは人の体だ。自分よりも大きい、女性と思わしき姿。
一人だけでなく、クロトの周囲には血まみれの女性が幾多も転がっていた。
子供はその様を眺めるも特にといった感情を表に出さない。
まるで、クロトがこうするのは当たり前かの様に見ていた。
『自分で決めた事だろ? そうやって殺すのも、感情の一部を捨てたのも……』
「アアッ!? 人の話聞いてんのか!? 出せっつってんだよ!!」
『……』
沈黙の中に、子供はため息をついた気がする。
これはまともな会話はできないと、今更ながらクロトは悟る。
なら、その不確かな存在などに構っている暇などなく、自分で勝手に動き出す事とした。
どれだけこの空間にいたか。時間の感覚すらなく、ただ長くいるというものだけだ。
なら、他の者はどこへいったのかという疑問が残る。
気が付けばクロトはこの暗闇にいた。霧は一瞬で姿を消し、すぐそばにいたエリーもいない。
やはりエリーの状況と姿が確認できない事には焦りがでてしまう。
第一に、エリーを探す事が優先だ。
『――何処へ行くの? クロト』
クロトの背筋がゾッと寒気を感じる。
同時に、クロトの背に誰かがすーっと覆いかぶさる感覚。
触れそうになれば、クロトは魔銃をそれに向け発砲。表情は蒼白としていた。
「……っ。何度も何度も……っ、コイツを俺に見せるな!」
倒れそうになった背後の者を、クロトは勢いよく蹴り飛ばす。
また一つ、女性の死体が地に増える。
『俺がやってるわけじゃないよ。……それがお前の見たくないものなだけだろ?』
「……何が言いたい?」
『――怖いんだろ? その人が』
一瞬、クロトの思考が停止する。
怖い? コレが?
――そんなわけ……
「――あるわけねーだろ!!」
恐怖を抱く対象がいるという事を、クロト自身が頑固として認めない。
再び、子供はため息をついた。
『以前はそうだったのに。……なんか殺す事を躊躇ってる感じもあるし。……やっぱり修正が必要だよ。でないと、あの時の願いが無意味になってしまう』
その時。クロトの足が掴み取られ引きずり込まれる。
足にまとわりつくのは、先ほど撃ち抜いた女性だ。鮮血を口内から吐き出しながら、体ににじり寄る。
ねっとりと、クモの巣の如く気味の悪い感覚にクロトの表情が歪んだ。
『クロト。……私を……、母さんを一人にしないで。貴方だけしかいないの』
「くっそ! 放せ!!」
抵抗として足掻こうとすれば、今度は両腕までも抑え込まれた。
これまで殺したはずのモノたちが自由を奪い、視界すらも覆う。
「ふざけんな! 二度と……、俺は……!!」
体が沈む。闇の中に沈められ、溶けてゆく。
それを眺める子供は、心底呆れた様子でクロトを見送っていた。
『いい機会だし、もう一度味わえば思い出すよ。あの時の記憶を……。自分から選んだくせにさ』
クロトの意識は、この時途絶える。
闇に溶けきり、目覚めた先では送られた言葉など忘れ……。
――見覚えしかない、見飽きた光景に呆然とする。
◆
眠気もなく。気が付いた時には、エリーは瞳をぱっちりと開いて空を見上げていた。
突然の覚醒に本人は呆然としていると、変色した瞳のクロトとイロハが同時に見下ろしてくる。
一様が目を見開いた状況だ。
「……はっ? ええ!? ――姫君!?」
エリーをそう称するのはニーズヘッグだ。
酷く驚いている様に、より一層エリーは困惑して呆気に取られてしまう。
「…………ニーズヘッグさん、と……フレズベルグさん?」
その瞳の色合いから、エリーは呟くように名を呼んでみる。
すぐに理解したところは褒めたいところなのだが、それよりも彼らが驚いているのは、最も目覚めないと思えていた存在が最初に悪夢を突破した事だった。
これには捕えていた闇精霊も驚きを隠すことができない。
落ち着いて身を起こすと、エリーはもう一度周囲を確認。一同の驚いた様に首を傾けてしまう。
「あ、あの……。どうなってるんですか? ネアさんは倒れてますし、……クロトさんたちも。いったい何が?」
「……それは」
「それよか姫君無事なのかよ!? やべーもん見て、一生目覚めないかと思ってたぞ!?」
「やかましい愚か者っ」
安否を確認するニーズヘッグは狼狽しつつ問い詰める。が、すぐにフレズベルグに打たれ黙らされた。
質問にエリーは眉をひそめ、しばらく考え込む。
「…………大丈夫ですよ。……ひょっとして、クロトさんたちも?」
詳細は語らずとも、エリーは状況を察する。
ニーズヘッグとフレズベルグが表に出てきているという事は、クロトとイロハの身に異常があったと考えられる。そして未だに目覚めないネア。
先ほどまでの事を思い返し、彼らも自分同様に何かしらを見せられているのやもしれない。
なら、あまり良いものではないだろう。
「どうすればいいんですか? 私は気が付けば目が覚めましたけど、……皆さんは」
「とりあえず、俺とフレズベルグも中に潜って探してる最中だ。姫君が目を覚ましたんなら、ある程度は夢が薄れて探しやすいはずだと思うが……」
少しは希望が持てるも、その光をぼやかす様な事を闇精霊は呟く。
「さーって。それはどうかしらね~」
面倒だったのか。闇精霊はニーズヘッグの羽衣で作り上げられた籠に入れられていた。
その中で闇精霊は横になりながらあくびをする。
「黙ってろクソ精霊。お前らのせいでこっちは迷惑被ってるんだからな? それとも今すぐ燃やされたいのか?」
「や~だぁ、こわ~い。実はねぇ、さっき他の三人の闇を覗き込んでみたんだけど~。なんと、一名すっごく深い場所に行っちゃったぽいのよね~。最後まで結構抗ってたみたいだけど、やっと悪夢に落ちた感じ」
「はあ!? このタイミングでかよ! お前らまたなんかしやがったな!?」
「違うし~。なんか違うのが引きずり込んだって言うのが妥当かな~? 一人は助かったみたいだけど、ほぼふりだしに戻った感じだね」
「フレズベルグ。半殺しじゃなく、半焼きにしてもいいか?」
「まあ、見せしめの一環としてやってもいいと思うぞ?」
余裕でいた闇精霊を二体の悪魔が見下ろし相談を始める。
燃やされると気づいた瞬間、闇精霊は酷く喚きだす。
「なんでそうなるのよ!! 焼いたら恨んでやるんだからぁ!!」
籠を揺らし暴れ出す。
羽衣は徐々に熱を帯びて今にも炎を吹く勢い。
叫ぶ声に、エリーが慌てて割り込んだ。
「ま、待ってください! どうすればクロトさんたちを起こす事が出来るんですか!? それを教えてください!」
夢に誘ったのはこの闇精霊だ。
突破法の一つや二つ知っていてもおかしくない。
しかし、それなりの尋問はニーズヘッグたちもしてきた。簡単にこの性悪精霊が答えるとは思えない。
「無駄だって姫君。コイツら吐かねーの一点張りだ。こっちが手を焼いてればいい気になりやがって……っ」
「そ、それでも暴力はダメですっ」
「そうだぞニーズヘッグ。さすがに我ら大悪魔の威厳に関わる」
「しれっとそっち側にまわらないでもらえますかフレちゃん!!?」