「最初の黒星」
エリーは、ふと上を見上げた。
頭に響くような第三者である少女の声を探す様に、部屋中を見渡す。
魔銃使いも同様、上を見上げていた。
しかし、声はするも姿が見えない。
実際この場にはいないのか、魔女の声は不思議と響くもの。
『本当に偉いわクロト。あれから更に強く成長してくれて、私は嬉しいわ』
褒める言葉に、魔銃使いは苛立ちを舌打ちで表現した。
『御託はいい……。とっとと俺の呪いを解けっ。今すぐだ!』
クロトの望みはエリーと繋がっている呪いを解く事だ。エリーもそれを知っている。
この場での呪いとはその事だろう。
だが、今でもその呪いは続いている。なら、この場でそれが解除されることはなかったのだろう。
すぐに魔女は不思議そうに返答した。
『あら。何を言っているのクロト? ――貴方の役目はこれからなのよ?』
……と。案の定、解除しないと遠まわしに言った。
『ハアッ!? どういう事だよ!』
魔銃使いにとって、これは約束を違えられたような感覚なのだろう。
この場に来れば、呪いは解けるという算段が崩される。
魔女は、少々小馬鹿にしたように、くすくすと笑いだし続ける。
『私にはその子が必要なの。今貴方の目の前にいる子がね』
疑問を浮かべ、魔銃使いは再度少女に目を向ける。
現状など全く届いていない少女は、ただ頭を抱えて母の死を受け入れられず、身をガタガタと震わせている。
この会話すら聞こえていないだろう。
『その子を貴方にお願いしたいの。……あ。殺しちゃダメよ? そんな事したら自滅すると思っておきなさい』
『……何が、言いたいっ』
魔銃を握る手に手からは入る。
爆発しそうな怒りをなんとか堪える魔銃使い。普段の短気なら、すぐに耐えきれなくなるのも時間の問題だ。
『だから。貴方にはその子を守ってほしいの。頑張っている貴方なら、きっとできるわ』
期待感あふれる言葉を送る魔女。
それに魔銃使いは構えていた魔銃を振るう。
『――ふざけるな!!』
当然の反応。クロトは誰かを守るという事を嫌っている。
呪いも解除されず、更なる魔女からの要求に応じる。それに怒り散らした。
提案を曲げることなく、魔女は更に言い聞かせる。
『それが貴方の役目よ、クロト。時が来るまでその子を守り通したら、貴方の望み通り呪いを解いてあげる』
『なんで俺が……っ、こんなガキを……!』
忌々しく、魔銃使いは少女を睨みつける。
それには恨みすら感じられた。
憎悪で今にも殺してしまいそうな様子に緊張が走る。
『今すぐ出てこいっ。でないと……、このガキを殺す!!』
少女の死は魔女にとって不利益ならと、感情任せに魔銃使いは手を出そうとする。
指先が触れようとした瞬間。少女がビクリと反応し…………
いったい何が起きたのか、エリーにはわからなかった。
空間を揺るがす大規模なノイズ。刹那の一瞬に起きた途端、少女を中心に虚空は亀裂を走らせ、見えない衝撃が魔銃使いを弾き飛ばした。
『――ッ!?』
壁に身を打ちつけられた魔銃使いが床に這いつくばる。
『なん……だっ!? 何が起きたっ』
魔銃使いは、まるで少女に拒絶されたようにもあった。
錯乱していた少女は、途端に勢いを増して泣き出していた。
歯止めの聞かなくなった感情を溢れさせ、拭っても足りないほどの涙がこぼれてゆく。
『……ついに姿を現すのね。……災厄の星』
魔女は嬉しそうに呟く。
この時を待っていたと、そう言っているようだ。
そんな考えなどしっかりエリーの頭には入らない。最も目を引くのは少女だ。
その溢れ続ける感情は、涙と言葉になって表に出る。
『……こんなの……嘘。全部……嘘ぉっ』
少女は、否定した。
否定し続けて。
『やだぁ!!! みんな……っ、みんな、嘘ばっかり!!』
否定しか、できなくて。
『――嘘つき!! なんで、……なんで、みんな、私に嘘ばっかりなの!? 私、何もしてない! 何も悪い事してない!! なのにぃ……っ、なんでぇっ』
否定することで、自分の無実を証明したくて。
『みんな酷い! みんなが私を悪く見る! みんなの方が……怖いのに、……私ばっかり』
他者の自分を見る目がずっと嫌で。多くの者が自分を蔑んで、忌み嫌って。
そんな世界が嫌いで。
『……っ、いらない。……こんな、嘘ばっかり、いらないっ』
積もり積もった恐怖と憎悪で、世界を否定して。
……だから、こう思ってしまったんだ。
『――――全部いらない!! こんな嘘全部……いらない!!!』
世界を…………、壊してしまいたくなった。
これが、少し前の自分が放った言葉だと、認めるのには時間がかかった。
単なる、少女の思ってしまった事。
全てに嫌気がさして。否定したくなって。何もかもが嘘であると願って……。
その時、少女は願ってしまったのだろう。
あの時。エリーがヴァイスレットで願いを告げてしまった、黒星にへと。
空間が軋み、亀裂からは外の炎が漏れ出して部屋を覆ってゆく。
咄嗟の混乱紛れに周囲の魔道装置は稼働を開始し唸りだす。
『そう……。それが私の望む貴方の願い。こんな世界なんて、いらないわよね』
囁く魔女は少女の悲劇の願いを肯定する。
『ほら、クロト。早くしないと貴方もその子の力に壊されてしまうわよ? 外はもうすごい事になってるんだから』
『……魔女っ。貴様!!』
『また会いましょう、クロト。……私の愛おしい子』
『――くそ!』
炎など気にも留めず、魔銃使いは駆け出す。
唯一の魔女の手がかりである少女を見失わないため、その身を掴み取ろうとした。
が、結果は届かなかった。
それから一月後。魔銃使いと少女は再会を果たす。
今まで見てきた少女の過去を忘れた、今の自分と……。