「魔銃使いを追って」
銃声が止み、エリーは目を開く。
再びエリーは燃える城のあの通路にいた。
記憶の一部を覗き終わった後などは、決まって此処に戻される。もはや見慣れた光景だ。
「……クロトさん?」
もう一度、クロトを探す様に視界を彷徨わせる。
しかし、なにも変わりはしない。――そう思っていた。
『冗談ではない! だからあれほど言ったというのに……っ』
エリーの隣を人影が通り過ぎてゆく。
怒鳴ったのは少し老けた様な男性。その人影にはハッとするものがある。
酷似したような影をエリーはつい先ほど見たからだ。
確かそれは、大臣と呼ばれていたはずだ。
数人の兵を連れ、急ぎ足で何処かへと向かってゆく。
これも過去の一部なのか。彼の向かう先にまた自分がいるのだろうか。
追おうか迷いつつも、気になるところがあり体は勝手にその背を追う。
どうも周りの人物にはエリーの姿は認知されていないらしい。あからさまについていったとしても気づかれはしない。
エリーは大臣の顔を除く。顔はぼやけてはっきりとはわからない。だが、険しくあるのはなんとなく察しができた。
『レガルもレガルだっ。……まさか情報提供した私ですら城共々消すつもりか!』
『これからどうなさいますか? このままでは魔族とレガル、どちらに見つかっても殺される恐れが……』
『うろたえるな! そのための脱出口を準備しているのだろうが! ……とりあえず、ヴァイスレットにでも避難するか。命辛々逃げてきたとでも言えば、名誉などに傷はいくだろうがなんとかなるだろう』
『……そうですね。アイルカーヌもあまりこちらに友好な目はしていませんでしたし、やはりヴァイスレットが正解かと』
『しかし、よろしいのでしょうか? これは明らかな反逆行為なのでは!?』
兵の内の一人が迷うも、大臣は引きつった表情で声を荒げる。
『命とどちらが大切なのだ!? どの道、この国は終わる』
大臣は国を見捨て、数人の兵と逃げるつもりでいた。
当然だろうが、エリーとしては良い気分にはなれない。
地下に進む道中でも、エリーにはまだ外で戦っているであろう者たちの必死と恐怖の声が聞こえてくる。それに背を向けてゆくなど……。
着いた先はヴァイスレットでも見た事のある地下水路だ。ヴァイスレットにでも繋がっているのか、小舟が止まっておりそれで逃げるつもりなのだろう。
『……よし。とっとと逃げるぞ。王都を離れれば後はなんとかなる』
一早く舟に乗り込もうとする後ろで、兵たちは躊躇った表情を見合う。
やはり負い目があるのだろう。その気持ちには心が痛む。
しかし、数人でもこの惨状から助かるのならと、エリーは彼らの背を押したくもあった。
早く逃げてほしいと願うも、その願いは阻まれてしまう。
一人の兵が頭に衝撃を受け身を傾けた。
同時に、銃声が鳴った気もした。
撃たれた兵はその場に倒れ、動きを止める。即死だ。
この異変に誰もが動きを止めて目を見開く。
兵が警戒をするも、残り数人いた数など瞬時に無にへとなる。
兵の数だけ銃声が鳴り、それは人の命を奪った。
『な……なんだ!? 何事だ!!?』
狼狽する大臣。よろけて死んだ兵を見下ろし後退ると、そのおぼつかない姿勢が強引に崩される。
大臣の身は後ろから強く引かれ地にへとへたり込んだ。同時に、首を何者かの腕に絞められ、頭部には熱のある銃口が突きつけられる。
『ひぃ!?』
情けない声をあげ、歯をガタガタと震わせる。
恐怖に染まる様子などお構いなしに、捕らえた者は問いかけを行う。
『露骨な脱出経路を準備していると思えば……。確か、クレイディアントの大臣だったか?』
『だ、誰だ!? レガルの暗殺者か!?』
『……』
『わ、私は敵意などない! レガルにも協力した! ……い、命だけは!』
大臣は背後にいる者をレガルの暗殺者だとでも思っているのか、命乞いをする。
だが、エリーはそうでないと強く断言できた。
先ほどの銃声と、今の声ではっきりとわかる。
今この場にいるのは……。
『そうだな。……なら、【厄災の姫】の居場所を教えろ』
『……っ。まだ城内にいるはずだっ。それ以外は……知らん! あんな娘……近づくのも嫌気がさす!!』
それは本音だったのだろう。
答え切ると、再び銃声が地下に鳴り響く。
大臣の手が、ぱたんと落ち、荒い呼吸を止める。
周囲の兵同様、頭を銃弾が直撃し、その命は終わってしまった。
遺体は雑に捨てられ、銃を手にしていた者は暗闇から徐々に姿を現す。
姿を見た途端、エリーは心臓が締め付けられる感覚を得た。
目の前で人を殺したのは、やはり魔銃使い――クロトだった。
『笑えるほど噂道理だな。ここまでくると清々しくも思う。……急ぐか』
クロトは上を目指して駆け出す。
エリーの存在など気づきもせず、彼は階段を躊躇いなく進んでいった。
置いて行かれた事に呆けていると、数秒後、ハッとなってエリーはクロトを追いかける。
「ま、待ってください……っ」
急いで後を追うも、走るクロトに追いつけるはずもなく。息を切らせて階段を上り切れば、クロトの姿を見失ってしまう。
「……え~っ。クロトさん?」
過去のクロトであるのなら、この声も聞こえないのだろうが、つい名を呼んでしまう。
再び外では燃える炎の熱に体が熱くなる。焦りながらも、エリーは城内を彷徨い、再び最初の場所にへとたどり着く。
燃える庭。その景色は最初と全く変わってなどいない。まるで繰り返しているようだ。
この場所は他とは違い、何度も自分の前に広がっている。
何かを待っているのか。此処で自身に見せたいものでもあるのか。
「……どうしよう? クロトさん、見つからないし……」
あがった息を整えるついでに、エリーはしばしこの場で休憩をとる。
当初よりも心情は落ち着いており柱の陰でしゃがみ込む。
炎による熱も慣れてしまう。全ては幻であるのだとわかれば、この熱も全てが幻にすぎない。
此処はエリーが失った記憶の世界。それはエリーも理解している。
「…………此処で、私に見せたいものがあるの?」
この幻を見せているであろう元凶に、エリーは呟き問いかける。
そう聞かれるのを待ってでもいたのか、状況に変化が生じた。
最初の変化は、頭の奥にまで響く、あの耳を貫くようなノイズ音。
一瞬、空間が歪んだ気もした。
この音が鳴る時は、いつも声が聞こえてくる。
否定を口にした、少女の声。
この時は大きなノイズに紛れていたため、正確に聞き取る事はできなかった。
――……さ……い。…………っない。
言葉に意識を集中させようとするも、先にエリーは頭痛を起こし諦めてしまう。
結局、声を正確に聞き取る事はできず、ノイズは止んでしまった。
「……?」
ノイズが訪れた時は、少女が嫌な思いをした時ばかりだ。
これまでより大きかったノイズ。それは少女の悲惨の思いがこの場にあると考えられる。
エリーはわからず終いに首を傾けると、どこからかこちらに近づくような音に気を引かれ、身を起こすと同時にその方角を眺めた。
通路の奥。うっすらと何かが見え始めてくる。
息を切らし、駆ける姿は二人。
一人は母親と……、少女だ。
『やくまが 次回予告』
悪夢の中、星の少女は己の忘れてしまった過去を知る。
悲惨な過去。忌み嫌われ、疎まれ続けた日々。
わずかな優しさのみが、少女の唯一の救いでしかなかった。
しかし、それは今と過去の少女から消えてしまう。
それを行った者を知っている。
それを行った者は、今となっては唯一の存在となっている。
それを行った者は、冷酷な冷たい目をした魔銃使いである。
少女は願った。
全てを否定し、全てを嘘と定め、全てを消してしまいたいと……。
最初の厄災の始まり。最大の分岐点。
この日、少女の黒星は覚醒した。
【厄災の姫と魔銃使い:リメイク】第六部 二章 「今と過去の星」