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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第五部 四章 「蛇と鳥」
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「鳥の真実」

「おーい、フレズベルグぅー」


 慣れた足で容易に山頂から降りてきたニーズヘッグは、真っ先に温泉にへと向かう。

 湯気と水面が見えれば、戻ったことをしらせる様に名を呼ぶ。

 濃い湯気の奥で、うっすらと人影が見える。

 美しい白の長髪を撫でるフレズベルグの後姿。衣服をなくせば、その全身白い肌がこれ以上なく多く露出されていた。

 水も滴るなんとやら……。 

 熱気にあてられたのかどうなのか。ニーズヘッグはその姿を肉眼で確認した途端、言葉を失って思考すら停止させてしまう。

 遅れて名を呼ばれたフレズベルグが、キョトンとして後ろを振り向く。

 一人静かに浸っていたフレズベルグは、更に遅れてニーズヘッグに気づき、ゆっくりと顔を赤らめて急ぎ身を湯の中に隠す。


「な、なんだ! 急に声をかけられるとビックリするじゃないか!?」


 恥じらいを持っている姿もまたニーズヘッグの心をくすぐるものがある。

 声に出さずとも、「可愛い」と脳内で何度もつぶやいてしまうほどだ。

 ハッと我に返り、ニーズヘッグはとりあえず見ない様にと顔を背ける。


「わ、悪いっ。……そうだよな、やっぱ見られたくないもんな」


「……ま、まあ。今日会ったばかりだしな」


「それに、あれだよな。いくらガキ同士でも、……そのぉ~、やっぱ()()の壁ってあるもんな」


「…………ん?」


「……え?」


 何処かデジャブな気がし、二人は一緒になって首を傾ける。

 



「……いや、だってお前、――()だろ?」




 フレズベルグは幼くも美しい見た目をしている。

 大きな翡翠の瞳。白い肌。長い白髪。

 入浴中を見られ恥じらう辺りからもニーズヘッグは会った頃からそうずっと思っていた。

 ……が。


「ボ、……ボクは――」


 フレズベルグは身を震わせ体を覆っていた翼をバサッと広げながら一気に立ち上がる。




「――ボクは()だぁあああぁああああ!!!!!」


 


 その真実なる発言は、火山によく響いたものだ。

 真実を突き付けられ、ニーズヘッグはフレズベルグの裸体を見せつけられ…………思考がまたしても一時停止。男としての証拠を見せられたのだ。

 数秒。沈黙が続き……ニーズヘッグは小さく「……悪い」と呟いた。

 これまでニーズヘッグがフレズベルグに感じていたのは、異性からある一種の恋心に近しいものだったのだろう。

 しかし、ただの勘違いにしばし頭を混乱させることとなった。

 その見た目で、その容姿で、その反応で……男とは思ってなどいなかった。

 ニーズヘッグは幼い時に、ある意味初恋を失った瞬間でもあった。






「あっはははははっ。なんだよ、お前男だったのかぁ」


 その後。フレズベルグの隣ではニーズヘッグまでも一緒に湯に浸り、色々吹っ切れて盛大に笑う。

 フレズベルグは手で顔を覆い、恥ずかしさにうつむく。その傍らでニーズヘッグは元気づける様にフレズベルグの背を軽く叩いた。

 

「ど、どこをどう見てボクを女だと思った!」


「え? 全部??」


「……嘘だぁ」


 フレズベルグに自覚はないだろうが、その仕草と容姿はとても女々しくある。

 むしろ、初対面なら誰もが間違えるのではなかろうか。

 

「いや~、でも羽綺麗になってんじゃんか。よかったな」


「……そ、それに関しては……感謝している。この湯のおかげでそれなりに回復もした」


「だろぉっ。いい感じに魔力回復もできるし、まだ魔素を自然に取り込むことができねぇから喰いもんも必要でさ。たまにこれで済ませてる」


「……お前もか。ボクもそうだな。大人になればそんな苦労は必要ないんだが」


「じゃあ、俺らマジで同じじゃん。やっぱ俺お前の事好きだなぁ」


「……すっ!?」


「ああ、異性としてじゃないぞ? なんつ~か~、親しみやすいって感じで」


 初めて抱く、自身と同じような存在との間に芽生えた感情。

 ようやく会えた対等な存在。

 

「お前さ、この後どうすんだ? なんだったら一晩くらい泊ってもいいと思うぞ?」


「……いや、ボクはいい。ボクには縄張りもなければ居座る場所もないからな。……それに」


「それに?」


「…………なんでもない」


 フレズベルグにはニーズヘッグと違い、居場所がなければ親代わりの様な存在もいない。

 この後フレズベルグは一人また何処かへ飛び立つのだろう。

 気がかりな事も口にしたが、フレズベルグはそれ以上なにも言わない。

 一緒にいれるのは、この時間だけ。

 それはニーズヘッグにとって、とても名残惜しいものとなる。

 一度離れれば、今度はいつ会えるかもわからない。

 もしかしたら……一生再会することすらも。


「……よし。俺、爺に此処を出るって言ってくるわ」


「……は?」


「だって、お前一人だとまたどっかで泣くかもしれないからな。お前が一人で魔界を彷徨うんなら、俺だってできる。一緒の方が危険も少なくなるし、俺らって結構つえーじゃん。問題ないって」


「ボ、ボクはいいとはまだ……っ」


「よ~っし。そうと決まれば俺先に出て爺に話してくるなっ。一人でどっかに行くなよ?」


「ちょっ。待って――」


 フレズベルグが止めようとするも、ニーズヘッグはさっさと湯から飛び出していった。

 一人残されたフレズベルグは呆然とその背を眺め、戸惑うのみ。


   ◆


 一方その頃。

 サラマンダーは噴火寸前と言えるほどの火山の熱気の中、複数体の魔族を前に顔をしかめる。

 目の前にいるのは、汗を垂らしながらいる硬い鎧の様な身の蟲たち。一体はカマキリと人間を合わせた者、もう二体は大きな丸虫。

 

「……で? そんなことで此処に来たのか蟲ども?」


 サラマンダーはふぅっと炎混じりの息を吐き、鋭い眼光を飛ばす。

 蟲たちの汗は熱気だけでなく、サラマンダーの威圧による冷や汗も紛れていた。

 丸く太った黒い蟲は、カマキリの後ろに隠れぶるぶると震えている。

 

「た、頼むよ爺さん。こっちに逃げたのは調査済みなんだ。……そんで、しばらく縄張り内を捜させてくれないかって話なんだよ」


「六の属も面倒だな……。主人への貢ぎ物に逃げられるわ、手ぶらで帰れば極刑だからなぁ」


「苦労わかってくれるなら本当に頼むって。幸い魔力を抑制するためのもんを仕込ませてる。見つければそれだけですぐ捕らえられるから、余計な争いごとはねぇって。俺らだってセントゥール様に殺されたくねぇんだよぉっ」


 泣き言を吐くカマキリは命惜しさに懇願。

 しかし、サラマンダーは首を縦に振りはしなかった。


「魔界の掟くらい知っておろうが。逃がしたならその責任はお前たちにある。諦めろ」


「だ、だがよぉ……っ」


「これ以上縄張りに長いするというのなら、六の王の前にワシがお前らを焼き払うぞ?」


 今死ぬか。後で死ぬか。

 どの道彼らは死の選択に挟まれてしまっている。

 苦渋の後に、残された時間の間に捜し出す方が賢明と考え、この場はいったん火山を離れる事を選んだ。

 渋々山を降りてゆく蟲に向け、サラマンダーは鼻で笑っておく。


「まったく……。六の王に関与するなど、ドラゴニカ様が聞いたらなんとどやされるか……」


「あっ。爺、話終わったのか?」


 入れ替わるように、今度は別方向からニーズヘッグが顔を出す。

 驚くよりも、先ほどの会話で呆れしかなく、サラマンダーは更に深いため息で応答。


「そんなめんどい奴らだったのか?」


「めんどいもめんどい……。それよりなんじゃ?」


 傍らに置いてあった湯飲みに手を伸ばし、サラマンダーはずずっと茶を啜る。

 

「あ、爺。――俺この火山から出ていくから、そのつもりで」


「ブフォッ!!?」


 口に含んだ茶をサラマンダーは盛大に噴き出す。

 これには驚きしかなく、しばらくはむせ返る。その背中をニーズヘッグは老人を労わる様に擦った。


「急にどうしたニーズヘッグ!? お前まだガキだろうが!!?」


「ガキだけど、俺ってそれなりにつえーし。それにさっ、俺と同じくらいつえー奴にも会ったんだぞ。そいつも俺と同じくらいの奴でさ、一人らしいんだよ。だからさっ、俺そいつと一緒に旅に出る!」


「本当に唐突だな!?」


「なんだっけか? 可愛い奴は旅させろっていうのあんだろ? そんな気分で」


「確かにお前は可愛いが……。とりあえず、急すぎるな」


 一気に疲れが押し寄せてくる。

 休憩欲しさにサラマンダーは空を見上げた。

 火山の赤い空。その少し離れた位置では、妙な雷雲が蒼雷を走らせている。


「……まあ、まずはゆっくり話す時間が欲しい。それに、どうも近くにまた厄介なのもうろついているようだ。今火山を離れるのはやめておけ」


「ん? いいけど……なんかあんのか?」


「まあ、な。――蒼雷走る雷雲がある場所へは出歩かない、暴れない。魔界でも有名な警告の一つだ」


   ◆


 また一人残されたフレズベルグは湯から出た後。火山の頂上を見上げた。


「……一緒……か」


 フレズベルグは魔界に顕現してからずっと一人でいた。

 あるのは魔界のある程度の知識と、己の力の使い方。生きるための力と知識、そして白い身を授かった。

 それ以外には……なにもない。

 手を差し伸べるような存在もなく、親しく関わろうとする者もいない。

 一人で生きる。それが生まれた頃に与えられた、魔界での生き方なのだと思っていた。

 そのため、ニーズヘッグの様な存在に戸惑いを感じてしまう。

 

「一人じゃ……ない。でも、ボクは……」


 一緒と差し伸べてくれたニーズヘッグの手。

 その手を取りたくても、フレズベルグは手を引っ込めてしまう。

 翼の調子も良い。手に風を集め、余計な負荷もかからず万全。


「……よし。これなら」


 完全に力を取り戻したフレズベルグは、少し名残惜しそうに山頂を見上げ、そして背を向けて山を下り始める。

 飛べばきっとニーズヘッグに気づかれる。そのため、ある程度離れるまでは足で下ることに。

 それが何かを引き寄せたのか、フレズベルグは下りる途中で脚を止め、近づいた気配にへと目を向ける。

 

「くっそ、あの蜥蜴野郎……っ。いい気になりやがって」


 三匹の蟲が、ぶつぶつと愚痴をこぼしながら山を下ってきた。

 フレズベルグの双眸が、そっと見開く。

 同時に、蟲たちの視線が目立つ身なりの少年にへと向く。


「……あっ。ああああ!!! 見つけたぞ白い鳥!! よくも逃げてくれたな!?」


 カマキリが大声で叫び指さす。

 彼らが捜していたのはフレズベルグの事だった。

 鋭い鎌をむき出しにし、三体の蟲はフレズベルグをじりじりと囲みだす。

 

「できればあんまり傷はつけたくねーんだよなぁ。見た目もいいからそのままセントゥール様に献上したい逸品もんだ」


 卑しい視線。フレズベルグは三体の蟲に目を配り、不思議と落ち着いていた。

 あれほど泣きやすいと思われていたフレズベルグは、まるで静かな風の様にある。

 妙におとなしい事に違和感を覚えた蟲たち。

 直後、彼らは冷や汗を流しだし、同時にフレズベルグから後退った。


「お、お前……っ。()()()()は……っ!?」


 翼に付着していた黒ずみは完全に取り払われ、本来あるべき白き翼にへと戻っている。

 その事に気づいた途端、フレズベルグの周囲に風が集まり、爆発的な暴風を放つ。






 

 同時刻。火山で大きな地鳴りが響く。

 

「な、なんだぁ、今の風はぁ!?」


 サラマンダーが山頂から見下ろせば、荒れた風が火山全域を強く仰ぐ。

 風に当てられ、ニーズヘッグの脳の片隅で白いものが浮かぶ。

 この様な不自然な風を引き起こすなど、一つしか心当たりがなくあった。


「……まさか……フレズベルグっ!?」


 風の中心地は別れた場所よりも下にあった。

 一人で山を下りようとしていたのか、ニーズヘッグは急いで大気の荒れた地にへと向かう。

 最中、サラマンダーの声が聞こえた気もしたが、そんな事などお構いなしだ。

 今ニーズヘッグの頭にあるのはフレズベルグの事のみ。


「なんで、勝手に行こうとすんだよっ」


 何故攻撃的な風を放ったのかよりも、一瞬でも置いて行かれると感じ、怒り混じりになってフレズベルグを捜す。

 しかし、捜すのは容易だった。

 中心地に付けば、そこにはフレズベルグと、無残に砕き潰された蟲の残骸があった。

 風圧により捻り潰され、削がれ、原形など留めていない。これまで経験したことのない悪臭に、ニーズヘッグは思わず呼吸すら躊躇いたくなる。

 フレズベルグは凶器である手で蟲の一体の頭を掴み上げ、なぶるように軋ませる。

 あれほど泣き虫だったフレズベルグの姿など、今は何処にもない。

 あるのは、幼いながらも強者でいる悪魔の魔鳥の姿だ。


「……よくも。よくもボクの翼を汚したなっ。しかも、蟲の王に献上しようとしたなんて……っ、潰すだけじゃ……たりないっ」


 この蟲たちがフレズベルグに魔力を抑制する汚れを取り付けた張本人。フレズベルグはその怒りを今の今まで恨み抱え、力を取り戻したこの時に一気に解放させた。

 命と同等の価値であるその翼を汚された恨みは、壮絶なものだ。

 既に三体の蟲に息はない。 

 ただ硬い身をフレズベルグに潰され、あられもない姿となって地にへと崩れ落ちる。

 恨みを晴らし終えても、フレズベルグはなかなか鎮まる事がない。息を荒げ、血迷った様子の目が、死して尚蟲たちにへと向けられる。


「……フレズベルグっ」


 ピクン、と。フレズベルグは反応。

 呼ばれた時、フレズベルグはニーズヘッグにへと顔を向けた。

 驚いてもいたのだろうか、この様な場を見られた事に戸惑っているのか、動揺すらしている。

 不安と、荒れた気が混じり合ってフレズベルグは頭を抱えて翼に身を覆わせる。


「……こいつらが……悪いっ」


「フレズベルグ」


「こいつらがっ、ボクの翼を汚したのが悪い! ボクを弱らせて、魔王の贄にしようとした! 全部こいつらが悪い!」


 蟲の王。六番席は暴食と名高い魔王の一体だ。

 確かに、そんなものに目を付けられ供物として扱われたのなら、仕返しの一つもあるだろう。

 此処は魔界だ。その代償が死であっても、よくある事にすぎない。

 この蟲たちの死に、フレズベルグは罪に問われない。相手が悪かっただけだ。

 だが、今ニーズヘッグが言いたいのはそんな事ではない。


「こんな奴ら関係ねーよ!」


 ハッキリと言ってやった。

 いくら無残な姿にされようと、ニーズヘッグにとってこの蟲たちは縁もゆかりもないただの魔族でしかない。むしろ、フレズベルグの翼を汚した相手なら、ニーズヘッグでも燃やしていただろう。


「俺が言いたいのは、なんで黙ってどっか行こうとしたのかって事だ!」


「そ、そんな事……っ」


「そんな事じゃねーよ! 勝手にどっか行くなって言っただろうが!」


 怒鳴れば、今度はフレズベルグも反発する。

 未だ気持ちの荒れたフレズベルグに、ニーズヘッグの怒鳴りは逆効果となり、憤怒を煽ってゆく。


「……うるさい。うるさいっ。ボクに文句を言うな!!」


 翼を広げ、フレズベルグは天に舞う。

 天にへと掲げた手には風が集まり、暴風の塊ができあがる。

 これまでよりも強い風。凝縮されたそれが解き放たれれば、火山の幾らかが抉られる事になるやもしれない。

 フレズベルグは恩など乱れた意識の中に残っておらず、風を集めた手を一気にニーズヘッグにへと振り下ろそうとした。

 危機的状況。その刹那、フレズベルグの背後で閃光が走る。


「――ッ!?」


 視界を遮る様な一瞬の光。

 それは天から降り注いだ雷にあった。

 雷は空にいたフレズベルグの背を真っ先に貫き、地にへと落とす。


「フレズベルグ!」


 落下したフレズベルグは地にへと倒れ、微かな呼吸でなんとか意識を保とうとしていた。

 抱えて起こそうとするも、その背は雷に焼かれ、翼は酷い火傷を負ってしまっている。

 

「いったい……なにが……っ」


 ニーズヘッグは長くこの火山にいたが、大きな雷が落ちるなど一度もなくあった。

 空を見上げれば、火山から離れた位置にあった雷雲が今では頭上を覆っていた。

 まるでこちらにへと引き寄せられたようにある雷雲は稲光を走らせ、中心から異様なものが姿を露にした。

 それは、竜鱗を纏う、四つ足の魔物。馬と獣を合わせた様な見た目で、角を生やしている。

 翼はなくも、それは虚空を駆けながらニーズヘッグたちを見下ろしていた。

 ニーズヘッグは、ふとサラマンダーが言っていた事を思い出す。

 ――蒼雷走る雷雲がある場所へは出歩かない、暴れない。という事を。

 雷雲を引き連れていたのは見下ろす魔物。――蒼雷の霊獣、麒麟(きりん)

 魔界でも危険種とされる、強大な魔物の一種だ。

 最初のフレズベルグの放った風にでも引き寄せられたのか、麒麟はすぐそばにまできている。

 その眼光が放つ重圧的な威圧に、ニーズヘッグは動くことができず、再び降り注ぐ蒼雷が視界を覆う。

 咄嗟に我に返って、ニーズヘッグは皮衣で壁を作り雷を退ける。

 一瞬でも隙があれば一気にフレズベルグを抱え駆け出す。

 初めてかもしれない。目の前で攻撃してきた者に背を向けて逃げるなど。

 そして、逃げた者を見逃すほど向こうも優しくはない。

 麒麟が唸れば、天から雷を呼び出し周囲の大地を抉る雷撃を放つ。

 無差別と言ってもよい強力な猛攻は、一瞬にして地形を変えるほどの威力を持っていた。


「……」


 周囲が荒れ、いったん静まった麒麟は周りを見渡しながらたたずむ。

 岩陰になんとか避難し、身を隠すニーズヘッグは、なんとか動悸を抑えようと必死に息を殺す。

 サラマンダーが言った事は確かだ。

 要はあの麒麟に会うなという意味である。

 

「……くっそ。さすがにやべぇ。なんだよアイツっ」


「……っ」


 傍らにいたフレズベルグはなんとか無事だ。

 ようやく意識を取り戻したのか、ゆっくりと身を起こしだす。


「フレズベルグ、無事か?」


「……無事……だが。いったい……なにが……?」


 記憶が飛んでしまっているのだろう。

 無理もない。不意打ちの様に雷の直撃を受けたのだから。

 しかし、フレズベルグはすぐに事態を把握する。

 自分の翼に酷い痛みがあり、視界にいれれば目を疑うほどの傷を負ってしまっている。


「……あっ、え? ボク……の、……ボクの……翼、が……っ」


 心を抉られる、見るに堪えない姿。

 フレズベルグは大粒の涙をこぼし、今にも取り乱して大泣きしてしまいそうだった。

 その寸前、ニーズヘッグはフレズベルグの口を塞ぐ。

 

「しっ、しー! 今叫ぶとアイツに気づかれる!」


「――ッ!? ――ッ!!」


「わかってる! 大事なもんだって事はわかってる! ……でも今は、今は泣くのを我慢しろっ。男だろ!?」


「……~っ」


 グッと泣くのを堪え、フレズベルグは頷く。

 落ち着いてきたと思えば、ニーズヘッグも口を塞ぐのを止め、そっと手を離す。

 話した途端に大声を出さないかと肝を冷やしたが、次にフレズベルグはニーズヘッグにしがみつき啜り泣きいた。

 強いのだか、弱いのだか。どちらもフレズベルグであり、こうやって弱みを見せるのもニーズヘッグだからかもしれない。

 

「とりあえず、簡単には逃げれそうにないな……。どうする?」


「……っ。あれはおそらく十二に属する獣だ。聞いたことがある。蒼雷を操る魔獣、――麒麟」


「十二って獣の野郎の所だろ!? なんであんな馬鹿つえーのがいんだよっ」


「麒麟は十二だけでなく四にも繋がっている。体の竜鱗は、竜種の力を宿している証拠だ」


「複合魔力によるバケモンか……」


「おそらくさっきのボクの風のせいで気を乱している。…………すまない」


「もういいって。……とにかく、逃げるにはアイツに気づかれないようにしないといけないわけだが」


「それは難しい。今はこうやって動かずにいるから気づかれていないが、アレは魔力探知に優れている。周囲の大気が鎮まれば後でこっちに気づく。こういう時に魔力がありすぎるのも難儀なものだな……」


「動かずともいずれ気づかれる……か。じゃあ、――アレをどうにかするしかないなっ」


 なんのつもりか、ニーズヘッグは対処方を口にし、笑みを強張らせた。

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