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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第五部 三章 「獣道」
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「価値」

 ソフラの言葉に、ニーズヘッグは汗をにじませ沈黙してしまう。

 言い返す言葉なら幾らでもこの場ではあった。

 魔界という世で、殺し殺される事など日常的なものだ。今回つけられた事も、魔界の住人としては仕方がないで終わるもの。

 しかし、目の前の獣人は途端にそれをつけとして請求し始めてきた。

 本来ならそれを言い返すのだが、ついニーズヘッグは一緒に聞いているエリーにへと目を向けてしまう。

 

 ――くっそ……。場が悪いとはよく言ったもんだな。誘き寄せといてテリトリーにはめやがって。


 歯痒いものだ。

 この様な場でなければとっくに実力行使で乗り切るというのに。

 罠にかかった自分の不甲斐なさも嫌悪したいが、目の前のウサギの憎たらしさにかすんでしまう。

 弱いながらの小賢しい手と憎まれ口がニーズヘッグの不快感を平然と煽る。にも関わらず、堪えきれるのはこの十二の加護が及ぶ領域だからだろう。

 この場では物理的な力よりも言葉で勝たねばならない。


「ウチかってこんな意地悪みたいなこと言いたくないんよぉ? でもやっぱあの子らがうかばれんわ。よよよ……」


 更にソフラはハンカチを目元に当て悲しむ。

 それも、猿芝居と誰でもわかるような素振りでだ。

 クロトではないが、ニーズヘッグでも普通なら火を起こしているところ。憤怒が頂点に達する前に静められ、妙な苛立ちすらも抑えられ、複雑な感覚でしかない。

 

「……すっごい怒りたいって感じよねぇ。なんなら、一時的にこの加護を解除するぅ? 自分から爆発して、み~んな木っ端みじん。……な~んてね。ウチは嫌やけど」


「クソウサギ……っ、性格の悪さが露骨だな」


「お褒めいただき光栄やねぇ♪ ……で? つけどうするわけ? ウチ、そこの子ウサギちゃんめっちゃ欲しいんよね。ウサギはかわええよぉ? それも垂れ耳の子ときたらレアやん。それでウチはええと思っとるわけなんやけど?」


「……っ」


「別に他の支払いでもええよ? ……こっちで親しいもんくらいおるやろ? 例えば、――育ての親のサラマンダーはんに代りを用意していただく……とかね」


「ふざっ、けんな!! なんでサラマンダーの爺が出てきやがんだよ! っていうか、なんで知ってんだ!?」


「なに言うてんの? 二番席の次に情報通なのがこの十二やで? ウサギの耳、なめんといて。本人があかんかったら、そりゃあ身内や知り合いたどるのが筋やし」


「……マジでその耳燃やしてぇ」


 獣嫌いが増した瞬間だった。

 

「……あ、あの。ちょっといいですか?」


 ニーズヘッグとソフラの会話の間に入り、エリーは手をあげる。

 

「なにぃ? 子ウサギちゃん♪」


「エ、エリーですっ。……その、ニーズヘッグさんがとても酷い事をしてしまったというのは、本当なんですよね?」


 星の瞳が、炎蛇にへと向く。

 「ああ、本当だ」と、ニーズヘッグはすんなり心で呟くも、表には出すことができない。

 何故ならこういった事をエリーが一番嫌っているからだ。

 それでも嘘は付けない。そのせいか、無言を通してしまう。

 代わりに、ソフラが返答。


「ほんまやでぇ。ひっどい炎蛇はんよねぇ」


「…………そう、ですか」


 エリーはその返答を受け止めた。

 ニーズヘッグが「違う」と言わない以上、嘘を嫌う彼なのだから、この事実が本物であるのだと受け入れるしかない。

 悲しそうな目が金の瞳に映ってしまう。

 そういった表情に戸惑い、炎蛇は少女の前で膝を折る。


「……姫君」


「本当、なんですよね?」


「…………そうだな。姫君はさ、俺のそういうところがたぶん……いや、絶対嫌いだと思う。俺がやってきた事は、俺ら魔族にとってよくある事だ。そういう世界で生きてきたからこそ、命の価値観に差もでる。……でもなぁ、こんな俺でもさ、命を消してしまった事に罪悪感を思い知らされた事もある。だから、今になってこの件を責められて、後悔もある。なんであんな事したのかすら、今思う」


「つまり、ニーズヘッグさんも悪いって思ってるんですよね?」


「……まあ、な」


 ニーズヘッグも自分に非がある事を認めている。

 するとエリーは「うん」と頷いた。


「わかりました」


 エリーは椅子からぴょんと飛び降りると、ソフラの前に立つ。

 静かに深呼吸をし、次にエリーはソフラに向かって頭を下げた。


「――ごめんなさい」


 エリーが最初にしたのは、謝罪だった。


「ニーズヘッグさんも謝りましょう」


「え……っ」


「悪い事した時は「ごめんなさい」ですっ。私も一緒に謝ります」


「いや、そんな保護者みたいにされても……っ。姫君が謝る事ねーってのっ」


「全然いいですっ」


 なんと強気な。

 謝られたソフラは笑いを堪えてつい顔を背けてしまっている。


「ふふっ。おもろいねぇ。竜種の炎蛇はんに「ごめんなさい」言わせようなんて、ほんまおもろいわぁ。そない庇うみたいにするって事は、その残忍な蛇になにかわけでもあるわけ?」


「お話は聞いてました。酷い事をして、もうそれがどうにもならないって。私もニーズヘッグさんが前のままだったら、こうやって言わないと思います。でも、ニーズヘッグさんはそれを直そうとしてるんです。ニーズヘッグさんは……ちょっと変な事されますけど、それでも、とても優しい人だと私は思っています。なので、許していただけませんか? 今のニーズヘッグさんは、良い人なんです」


 この魔界では強い者がいつだって上に君臨する。この場でなければ炎蛇の方が上だろう。

 命乞い意外で相手に謝るという行為など珍しいものでしかない。それを今エリーはニーズヘッグにさせようとしていた。

 行為以前に、人間の少女が大悪魔と恐れられた者にさせようとしているのだから、驚きを通り越してソフラは笑ってしまう。

 ニーズヘッグも驚かされた分、少し思い悩んだ部分が吹き飛んでしまった気分だ。

 同時に、救われた気分にもなる。


「姫君ってさ、恐れ知らずなとこあるよな。魔界の普通なら馬鹿にされて酷い目にあわされるとこだっての」


 エリーの頭をくしゃっと撫で、再びニーズヘッグはソフラに向き直る。

 商業の巣穴とソフラに翻弄され続けていた先ほどとは違い、まっすぐな視線にソフラは目を細めた。


「支払い方法でも決まったん?」


「んなもん決めてねーって。ただ、最初に言った通り姫君じゃやっぱ釣り合いあわねーわ」


 当初の問題。

 総勢二十名ほどと一人の少女の身の差。

 普通に考えて重みの差は歴然としている。


「おもろい事言うやん。どう釣り合いあわんって?」


 ソフラは席に備えられた天秤を前に出す。

 秤にかけられるのは、今問題となっている二つの重みだ。

 一つは青く灯る無数の小さき炎。一つは人の形を模した小さな人形の駒。

 どちらがどちらなのかは明白だ。

 そして、重みは炎の群れにある。


「これは【価値の天秤】なんよ。十二の王は別名【価値の獣】言うてな、これは王の意思と繋がってる価値の重みを量るもんなんよ。見てもらったらわかる通り、重みは明確なんよ。ウチから見ても可愛い子ウサギちゃんなのはわかっとる。それを考慮してもこの差やねん。ウチの提案はまだ優しい方なんよ? どないする気で?」


 要はエリーの価値を示す必要がある。

 今あるのは先ほどからの話から導き出された重みに過ぎない。

 しかし、現段階では論理的に考えた誰もが思う価値の表示だ。

 価値が重みを決めるなら、まだ重みを変える事も可能だ。

 温情を与えられたソフラの提案などニーズヘッグはその手で振り払う。


「異議ならある。これはお前らが提示した価値観だ。確かに命の量ならこれが妥当な結果だ。一般的な答えだよ。……だがな、俺じゃなくても()()()ならこんな時絶対こう言うぜ? ――()()()()()()()? ……ってな」


 グッと立てた親指をニーズヘッグは真下にへと向ける。

 

「姫君、悪いが毛嫌いする事言っちまうかもしれない。聞くのが嫌なら耳塞いどいてくれ」


「……それは、ちょっと困ります……ね」


 耳を塞ごうとすると、ニーズヘッグは一つ約束を口にする。


「とりあえず、絶対嘘はつかねーよ。俺、嘘嫌いだからさ」


 それを聞いてか、エリーは耳を塞ぐ事をやめた。

 耳から手を遠ざけ、黙ってその対話を見守る事とする。

 

「わかりました。大丈夫です。クロトさんで慣れてますから」


「そこ、慣れられても困るけどな……」


 たくましいと、褒めるついでに苦笑い。

 

「たぶん、俺の言いたい事とアイツとでは同意見だろうからな。ちょっとアイツ風にぶつけとくか」


 すーっと、呼吸を整えてから、ニーズヘッグは()()の価値観を示す。



「――いい気になんなよクソウサギ。俺にとっちゃそこらの有象無象の命がどうなろうと知った事か。お前らにとって尊い命でも、俺にとってはなんの価値もない。俺のはそこまで安くねーんだよ。例え数百、数千……いや、世界が相手だろうと、クソガキ(姫君)に勝る価値はねーんだよっ。どれだけ命と魂のつけを付けられようが、この価値の重さには届かねぇよ!!」



 一方的な価値観。

 それは誰もが認める価値観に異議を唱え、一般的な答えを全否定するものだった。

 少女には世界を敵に回すほどの価値がある。そうニーズヘッグは言い放った。


「……まあ、アイツじゃないからこれだけは言っとく。正直、あん時の俺は正気でなかったところもある。それでも、無駄に命を奪ったのは事実だ。爺には力の使い方だけは間違えるなって言われてたからな。それが間違いなら、俺が悪かった。謝っとく」

 

「……っ」


 ソフラは沈黙する。

 そして、天秤にへと視線をずらす。

 

「…………ふぅ。お粗末な言い分やこと」


 白けた様子で、ソフラは細かなため息をつく。

 論理的というよりは、力任せな言い分。知的の欠片もないニーズヘッグの発言に呆れたのだろう。

 

 しかし、天秤に変化はあった。


 価値の重みはいつの間にか傾きを変え、逆転の結果を果たしていた。

 命の群れと少女。その価値の重みは少女にあった。


「おもろい結果やね。言葉というよりは意志を認められたってとこやね。価値観は生命それぞれ。でも、この場ではウチらも相手の価値観を考慮せなあかん。軽はずみなもんやない。ちゃんとした意志のある価値観をよう示してくれたね。……そっかぁ。その子ウサギちゃん、そんだけ価値が高いんやね。惜しいけど、しょうがないよね。商売はいつだって両者が納得いくもんやないと、あかんもんね」


 

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