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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第四部 六章「団欒六重奏」
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「船上輝星:後編」

 次第に景色は一変。夜に染まる海の上で、イロハはぷーっと頬を膨らませていた。


「別にアレなくてもいいのに……。先輩たち酷いよっ」


 船の後方。距離をとってイロハは追う。

 中ではフレズベルグが重たいため息を吐いていた。


『お前はもっと人間社会に慣れる事だな……愚か者』


「ええ~? フレズベルグもそう言う……。ボクは人と一緒にいなくてもいいじゃん? マスターだってそう言わなかったよ?」


 イロハにとって人とのかかわりは意味を持たない。

 あるのは魔女の教えのみ。

 それは常識とは離れた考えを与えてしまった。

 何を正しいか。人を殺す事でさえも肯定され、イロハにとって殺人は罪に感じられない。

 ただ、邪魔であれば排除するだけ。そう教わった事が正しいのだと頭が捉えてしまう。


「ただの人は何も教えてくれないよ? 痛い事意外……」


 人から教わったのはトラウマとなった痛みのみ。

 それが人との関りを隔てる壁にへとなっている。

 フレズベルグはそれを知っている。

 だからこそか、彼は独り言のように……小さく呟く。


『……本当に哀れで愚かだな。…………我が主は』


   ◆


 イロハが飛び去った後、クロトたちは乗客から疑いの眼差しを向けられた。

 それは当然だ。イロハのあの外見は魔族にしか見えない。確実に人間なのだが、それを説明しきるのも骨が折れる。

 この件をネアが駆け付けた警備員に説明する事一時間ほど。

 戻ってきたネアは声をかけられないほどの不機嫌となった。

 結果としては話が通じたのか。乗客の目の届かないほどイロハも船から離れたため、お咎めなしと解決。

 

「まったく! これだから野郎は嫌なの!」


「……すみません、ネアさん。私も全然気づけてなくて」


「エリーちゃんは悪くないの。悪いのはアイツだけだから」


「は、はぁ……。でもネアさん、私こういうのは……」


 照れくさそうにエリーは鏡の前に座る。

 映る鏡の前でうつむきながら、ネアはエリーの髪をクシでといていた。


「いいのいいの。エリーちゃんはもっといろんな事を経験した方がいいわ」


 ネアとエリーがいるのは硬く閉ざされた更衣室。

 何をしでかすのか。ネアの機嫌も悪かったため怒りの方向が自分に向かぬ様に、クロトは反論をせずに部屋の前で待つのみ。


「……何やってんだか、アイツらは」


『こういう場所に来たならやる事はほぼ確定だろ。電気女がいなければ是非とも姫君といたいもんだ』


 またしても、ニーズヘッグ心情がクロトに伝わってくる。

 相も変わらずエリー一筋な事に、呆れてため息しか出ない。


「お前はそればっかりだな……。アイツの何処がいいんだ?」


『マジかよ! そんなの全部に決まってるだろ! 姫君の全てがいいからな』


「大雑把で全くわからん……」


 いや。理解したくないというのが正しいやもしれない。

 ニーズヘッグはクロトとまるで正反対だ。

 自分にないものを補うかのように、エリーに好意を抱いている。


『まあ、あの受け入れ容量は度が過ぎてるってとこもあるだろうが、そこが姫君の長所でもあるだろ? でなきゃ、お前になんて付いていかねーし。お前だってそう考えれば都合は良かったはずだ』


「……それでも、アイツに妙な気を持たれるのは不愉快だ。……魔女さえなんとかできれば、アイツとは、もう」


 関りのない関係となる。

 

『……それ…………本気で言ってるのか?』


 ボソッと呟いたニーズヘッグ。

 クロトは一瞬呆けて聞き逃し、「何か言ったか?」と尋ねるも、ニーズヘッグは復唱せずに『なんでもない』と言い返した。

 丁度話に区切りがつくと、タイミングを見越したかの様に扉が勢いよく開く。

 

「おっまたせ~。まあ、待ってもらわなくてもいいんだけど」


「……なんだよ、それ?」


 最初に出てきたのは機嫌を直したネアだ。

 ただし、いつもと雰囲気は違う。

 その抜群のスタイルを活かした黒のドレスを着ており、煌びやかな印象があった。白い肌の脚を大胆に晒すスリットは動きやすさも感じられる。

 船で出されている借り物のドレスだ。

 ただし、彼女の言動と存在が、その姿でも平然と拳を振るってくる印象が強く出てしまう。

 採点係をクロトとニーズヘッグが担当するなら、どちらも0点の不評が下る事だろう。

 現に二人はこの魅惑に全く気が引かず……。


「私だって女ですから。こういったお洒落くらいするわよ」


「完全にどうでもいい……」

『以下同文』


「もぉ~。クロトはお世辞でもこういう時は何か言うものよ? ……ほら、エリーちゃんもこっちこっち」


 再度部屋に入り込み、ネアはエリーを呼ぶ。

 しかし、なかなか姿を出そうとしない。

 出ることを拒んでいる声が微かに聞こえても来るが、ネアはエリーを引いて戻ってきた。

 

「ええっ、ネ、ネアさん……!」


 ネアの後ろに隠れようとするも、すぐにクロトの前に出されたエリー。

 顔を真っ赤にさせる少女もまた、ネアと同じくドレスを着用していた。

 白を基調としたショートラインのドレス。シンプルであるも元の容姿が良いため問題はない。

 清楚華憐。恥じらう容姿。

 即座にニーズヘッグが100点の札を出した気がした。

 クロトが確認してしまえば、エリーは急いでまたネアの後ろにへと引っ込む。

 

「……あ、あの。クロトさん。……私……その……」


「見てねぇし……」


 いや、確実に見てしまった。

 今は顔を逸らし見ないようにしている。

 視界を共有しているニーズヘッグからブーイングが飛ぶも、クロトはそれを無視。

 

「……で? そんなのどうすんだよ?」


「クロトって社交の場とか考えないわけ?」


「生憎縁がない」


「でしょうね。夜になるとこの船って中央のホールルームで催し物があるの。エリーちゃんは色々経験した方が絶対にいいわ~」


『マジで賛成! 嫌ならクロト、代ろうか?』


「代るかアホ……」


 クロトの意見など聞く耳もたずなネアは、そのままエリーを連れてホールにへと向かう。

 二人だけ行かすのも不安があったのか。クロトも渋々それを追うことに。






 夜行船上する船内は昼間とは違いより煌めいても見える。

 それに呆気に取られていたエリーは、気づけばネアと共にダンスホールにへと招き入れられていた。

 ドレスなど礼装などを同様に借りた乗客たちは、この時を待っていたのか、気分上々と手を取り合い盛り上がっていた。

 エリーにとっても、この様な光景は目にした事がなく、自分が同じ様にある様に戸惑いすら感じる。

 

「人が、多いですね……。私、やっぱり着替えてもいいですか……?」


「着替えたら余計に後ろのクロトみたいに不似合いで見られちゃうわよ? エリーちゃん可愛いんだから大丈夫ぅ」


 自分では進めないエリーのネアは引き、人に紛れてダンスにへと誘う。

 違和感などなく、ネアは周りに溶け込む様誘導。そのおかげか、視線などが集中することがない。

 不慣れではあるがネアのサポートされるまま、エリーも恥ずかしながら踊る。


「エリーちゃん、楽しい?」


「……恥ずかしい……ですけど。……楽しい、です」


 エリーには王族の血が流れている。

 それもあってか、すぐに周囲の空気にも慣れ、ネアと息を合わせる事できた。

 心踊らされ、星の瞳はより輝いているようだった。

 唯一、部屋の隅で陰からクロトはそれを眺めるのみ。

 やはりこういった場は嫌悪感が出てしまう。

 ……が、中のニーズヘッグは周りの事などどうでもよく。ただエリーにだけ熱い視線を飛ばしている。


『さすが姫君。元姫なだけあって、こういう場に合うなぁ』


「……そうは見えないが?」


『まあ、今のは普通の場合だがな。……本来ならこういった所にすら招かれることもなかっただろうしな。姿を出した瞬間、何に狙われるかもわかったもんじゃねーし』


 呪いを持たなければ、過去でも今の様に笑えていたのだろうか。

 呪われた星さえなければ。……エリーとクロトは、会う事すらなかったやもしれない。

 そんな考えが、不意に脳裏をよぎってしまう。


「エリーちゃん上手ね。……?」


 ふと、ネアは動きを止めてドレスの中に仕込んでいた通信機をサッと取り出す。

 一瞬だが、ネアは表情を険しくさせたようにも……。


「ごめんエリーちゃん。お姉さんちょっと外すね。アイツのとこで待ってて」


「……え?」


「クロトー! エリーちゃんお願いねっ」


 そう言うだけで、ネアはその場から急ぎ足でホールを飛び出してゆく。

 一人残されたエリーはキョロキョロと辺りを見渡しクロトを探す。これは完全に何処にいるかわかっていない様子。

 仕方なくもクロトが赴こうとすると、それより先にエリーに近づく影があった。


「綺麗な瞳のお嬢さん。よろしければ、私と踊っていただけませんか?」


 身なりは周囲と変わらない。乗客の一人と思われる男性。

 もちろんエリーも瞳の事を言われ、戸惑い、されど誘いを断る事すら躊躇ってしまっている様子。

 その様子に、何かしらの火が付いた。


『……クロト、アレ燃やしていいか?』


「お前はその後どうするつもりだよ……?」


 ついには誘いを断り切れず、エリーは差し出された手を取ろうとすらしてしまう。

 手が触れ合う寸前、クロトは二人の間に割って入り、代わりにエリーの手を掴み取る。


「おや……」


「ク、クロトさん……っ?」


 ニーズヘッグの期待通りに『燃やすか?』と囁かれるも、クロトは動じず冷静に。この場で騒ぎを起こさぬよう黙ってエリーと共にホールから退出していく。

 






 夜でも明るくある甲板まで行くと、クロトはようやくエリーから手を離す。

 ホールに乗客が集まっているせいか、現在この場は二人だけだ。

 空気がガラリと変わり、クロトと一緒になれば、エリーはため込んだ不安を吐き捨てて気を落ち着かせる。


「……クロトさん、ありがとうございました」


「知らねぇ奴なんて一々気にするな。正体バレたらどうするつもりだ?」


「ご、ごめんなさい」


 瞳の事も言われたため、少し緊張もしていたところだった。

 夜風に青されると、エリーは空を見上げる。

 

「……海の上の夜空って、なんだか綺麗ですよね。同じなのに……全然違います」


 甲板の中央まで歩むと、エリーは空気を体で感じとり、深呼吸。

 白く輝く月。それに負けないほどの色とりどりの煌めく星の数々。今日初めて聞いた海の波打つ音は、静かな夜に響き渡る。

 

「海って、本当にすごいですね」


 少女はくるりと回る。 

 先ほどのダンスを活かし、少女は軽やかに夜空の下で舞い踊る。

 月明りと灯る光に照らされ、金の髪はふわりと舞う。白のドレスは発行しているかの様で、星の少女は一人、舞い降りた天使の如くその場に存在していた。

 何がそこまで少女を魅了したのか。たとえ同じ状況下でも、クロトならそんな気にはならなかっただろう。

 理解するつもりもなかった。他人の思考や感情など、自分には関係ないのだから。

 にも関わらず、クロトはその少女に目を奪われてしまった。

 けして天の空と相いれない星だとしても……。


   ◆


「……此処なら、まだマシかな?」


 クロトたちが更衣室を訪れている合間。

 船の後方を飛行していたイロハは、長時間の事に疲れがでてしまい、枝に止まる様に船のフェンスにへと座り込む。

 

『よいのかイロハ? 異端者共はともかく、姫と離れるのは。役目もあるのだろう?』


 最優先事項。それがイロハがこの場とクロトたちと行動を共にする唯一の理由。

 だがイロハは自分からそれを放棄してしまっている。


「何も起こってないし、大丈夫じゃないの?」


『何かあってからでは遅いだろう』


 楽観的な思考にフレズベルグは悩む。

 ただイロハは船の上に立つ事を未だ拒んでおり、それが理由の一つでもあるのだろう。

 

 しかし、その時間も長くはなかった。


 人がいない事を見越して降りてきたのだが、イロハの背後には知らぬ人影が……。

 それに気づいた時には、イロハの視界が遮られてしまう。

 反する気力が起こるよりも先に、影は闇夜に紛れて不適と笑みを浮かべた。


   ◆


 クロトとエリー。二人は甲板で時間を過ごしていると、二人を探していたネアがようやく戻ってくる。

 

「ああ、いたぁっ。もぉ~、探したんだからっ」


「あ、ネアさん。またお仕事の連絡だったんですか?」


「……んん、まあ、そうね。大事な話なんだけど、いいかしら?」


「はい」


「なんだよ。お前の仕事には付き合わねーぞ?」


「その逆。私、仕事の都合でレガルでは一緒に行動できないわ。……エリーちゃん心配なんだけど、それを言いたかったの」


 要は、レガルではネアは同行から外れるという事だ。

 クロトとエリー。そしてイロハと、悪魔二体の行動となる。

 これには花である乙女一人を男の群れに置き去りにするという意味で、ネアは不安で仕方なくあったことだろう。

 しかし、潔く仕事で手を引く。

 拍子抜けではあるのが違和感すら感じる。


「お前にしては珍しいというか、なんつーか……」


「お姉さんだって心配で仕事に集中できないっての! アンタたちがちゃんとエリーちゃん見ててもらわないと困るのっ。もしやましい事があったら、お姉さんに言ってねエリーちゃん。その分会った時にこいつらしばくから」


「……たぶん、大丈夫だと思いますけど」


 エリーはおそらくそういう事があっても口にしないようにしようと、この時思ってしまった。






 船の時間も既に半分は過ぎている。

 早めの休息の部屋でとるのも悪くないのだが、そうさせないかの如く、一発の銃弾がクロトを狙う。

 向けられた銃弾に反応し、クロトは即座に魔銃を取り出し、弾いた。

 遅れてネアはエリーを庇いつつ周囲を警戒。

 銃弾という事は人の仕業だと考えた。昼間の騒動である自分たちに嫌悪感を抱いた乗客の一部か、それとも船の船員によるものか……。

 いくつか心当たりがあるも、その正体を目の当たりにした途端、誰もが目を疑ってしまった。

 夜空から、黒い羽根が舞い降りる。

 クロトに銃撃を仕掛けたのは、――イロハだった。


「……お前っ」


「ちょっと! なんのつもりよアンタ! クロトだったから良かったけど、こんなとこで撃つとか馬鹿じゃないの!?」


 一瞬。自分ならどうでもいいというネアの発言にはクロトも不快と感じたが、あえてスルーする。

 今一番の問題は、イロハが魔銃でクロトを狙ったという事実。

 イロハの魔銃には【不死殺しの弾】が今でもある。もしそんなものを撃たれでもすれば厄介だ。

 しかし、妙でもある。

 ネアに怒鳴られようとイロハは怯む気配がいっさいにない事。そして、似合わず不意打ちなどという手段をイロハがとった事だ。

 更に付け加えるなら、イロハは次に船上にへと降り立ち、あれほど拒んでいた船の上に立っていたのだ。


「……イロハじゃないな。操られているのか?」


 その発想は当たっていた。

 灯りに照らされたイロハ。その首筋には異様な文様が刻まれていた。

 その刻印にネアが気づくと同時。イロハの後ろからは手を叩く音が響く。


「ははっ。昼間でも気になっていたが、なかなか面白い面子の様で……」


 その声にはどことなく聞き覚えがクロトにはあった。

 姿を現したのはホールでエリーを誘っていた男が表情を歪ませてこちらを見ていた。

 薄々、クロトも感づいてはいた。

 エリーを連れて行く際、この男から妙な視線を感じていたのだから。

 殺意という、明らかにクロトを憎悪を抱いたものが。

 だが、どうもこの乗客は人ではないらしい。

 ただの人間にイロハが後れをとり、今のようになるだろうか?


「あの刻印、見た事があるわ。おそらく淫魔の類ね。人を惑わし、刻印を刻むことで操る質の悪い奴ら。ほぼ人間と見た目が区別つかないから厄介なのよね。……それも、あんなのを操るなんて」


「いかにも。こういう場では良き精気を得られるため、よく利用している。そこの小僧には食事の邪魔をされたのでな。ちょうど仲間のがいたからこちら側についてもらったしだいだ」


 男は意気揚々と語るが、そんな事はどうでもよく、クロトはネアと小言を口にする。


「どういう事なんだネア? 十三魔王で言えば、あれは五の王の属にあたるだろうが。魔王はクソガキから手を引いているはずだろ?」


「確かにそうは言ったけど、それって完全に配下としている奴らだから。あれってたぶん野良よ。でなきゃ相当な自殺行為してる。……あと、エリーちゃんの存在にも気づいてなさそう」

 

「なるほど。つまりは下等な馬鹿か」


「……あ、あの、それよりもクロトさん、どうしましょう?」


 簡単にまとめれば、今イロハは操られ敵側についている。

 これをどうするか。それをエリーは困りながら相談する。


「さすがに仲間が人質としているのだ。おとなしく、その上質そうな少女を渡してもらおうか」


 勝ち誇った様子で何もしらない野良魔族が何かを言っている。

 話がまとまったところで、クロトは堂々と前に出てエリーの質問に答える。



「んなの決まってるだろ。――アイツごと撃つ」



 それは、きっぱりと、はっきりと言い切った答え。

 当然の如くと放たれた言葉に、思わずエリーと魔族の男は「え?」と声をそろえてしまった。

 慈悲のないセリフに続き、


「そうよねぇ。あっちに行っちゃったなら仕方ないわよね~」


『残念だったなぁクソガキ。あとクソ野郎。心配すんな、思い残すことなく燃やしてやるよ』


「悪く思うなよイロハ。これはお前のミスだ。罰くらい受けろ」


「すぐにその動き止めてあげる」


「これも教育の一環だと思っとけ」



「ちょっと、待て待て!!? お前らの仲間ではないのか、これは!?」



 酷い言葉の数々。むしろそれすら良心として受け止めろという酷い仕打ち。

 これには仕掛けたはずの男ですら考えを改めさせようと、必死と言葉をなげる。

 しかし、クロトはなんの躊躇もなく銃口を向け、引き金を引いた。

 それはイロハと、それを盾にする男諸共撃ち抜くもの。


「本気で撃つのか!?」


 銃弾がイロハに当たりそうになる。

 …………が。


 ――パァンッ!!


 突如、あり得ない行動をイロハがとった。

 現状なら盾としてその身一つで庇うのだろうが、あろうことかイロハは魔銃でクロトの放った銃弾を弾き防いだのだ。

 あのイロハが、防御の姿勢をとった。

 そして、すーっと細かな呼吸をとり……。



「――きっさまらぁあああぁああああ!!!」



 と。突風の様な怒鳴り声をあげた。

 これは確実にイロハの発言ではない。そう素早くクロトたちは理解した。

 

「いくらこちらに痛覚がないとはいえ、普通撃つか愚か者! ガチ愚かか腐れ外道! 少しはためらいを持て愚か者! 仮にも同行者だろうが、潰すぞクソが!!!」


 三人は目を丸くして沈黙と硬直を強いられる。

 この怒鳴り具合。そして愚かの連発。

 そういった者は一人しか心当たりがない。

 三人だけでなく、ニーズヘッグですら微かに身を震わせている。


『……フ……フレズベルグ』


 そして、怒りはニーズヘッグにまでも向けられた。


「ニーズヘッグ! 聞こえているのだろ!? どうせ貴様も私のことなど忘れて攻撃しようとしてただろクソ蛇!! 何百年一緒にいたと思ってる!? ……泣くぞ? 貴様もしかしてわかっていてやってるのか!? それなら本当に友人やめちゃるぞ!? 絶交してやる! 潰してから絶交してやる!!」


 姿はイロハのまま。中身では若干半泣きな発言にも聞こえてくる。

 ニーズヘッグはフレズベルグの怒り様で『……やべぇ』と引っ込みたくなる思い。

 蚊帳の外となりつつある魔族の男は、あまりの出来事に思考が追いつくのが遅れてしまう。


「き、貴様……っ、何故私の支配を……!?」


 その問いにフレズベルグはすぐ答えを出した。

 男の顔面を鷲掴みにし、軋む音をたてながら。


「こっちはずっと隙をうかがってたというのに、……あの愚か者どもが」


 いったん冷静になるも、声色は未だ低いまま。

 怒りは抑えきれていない様子。


「……どういう事だ?」


「よどうやら支配されたのはあの馬鹿だけで、フレズベルグが更に後から支配したって感じかしら? 便利な体だこと」


『なるほど、その手があったか! クロト、この期に操られるっていう体験はどうだ?』


「誰が行くか、黙ってろ……」


「……こちらの気も知らず、そして撃つなどっ。お前ら人間として終わってるだろ!? この悪魔!!!」


 悪魔であるフレズベルグにだけは言われたくない。

 自身の基本を見失うほど、今のフレズベルグは正気ではない。


『うわぁ……アイツ意外に短期なんだよなぁ……』


「なんかお前さっき絶交宣言されてたぞ?」


『……機会があれば謝ります。絶交も嫌だが、アイツに潰されるのはもっと嫌だ』


 その潰す手にかかった魔族など既に意識が天に召されてしまっている。

 これは顔の造形も変形している事だろう。

 そのまま翼を広げ、フレズベルグはそれを海にへと叩きつける様に落とす。

 激怒した怒りをすべて先ほどの魔族が受け持ってくれたと思えるが、未だフレズベルグの高まった怒りが収まっておらず、次にはこちらを翡翠の瞳が睨みつける。

 

「さすがにもう耐えられん!! こ奴の気持ちがなんとなくわかったわ! ニーズヘッグっ、もし次会ったら潰してやるからそう思っとけ!!!」


 それは、一つの死刑宣告と、別れを告げるものにも聞き取れた。

 未だ圧倒された三人は、飛びたとうとするイロハを見送るのみ。

 だが、ニーズヘッグだけは呆けてしまったクロトを押しのけ、驚愕と声をあげる。


「――ちょっ!? 待てフレズベルグぅ!!! そんな怒んなって! 戻って来いフレちゃん!!」


 クロトの瞳が金に変わる。

 ニーズヘッグは引き留めようと、船を利用し跳躍して手を伸ばす。

 あと少しで脚を掴み取れるところだったが、刹那フレズベルグは虚空を蹴り止めに入ったニーズヘッグを足蹴にして船にへと叩き落す。


「クロトさん!?」


「知らん!! もう知らん!! クソ蛇など知らん!!!」


 それが、フレズベルグの最後の言葉だった。

 謝ることもなく、フレズベルグは一気に飛び去って姿を消してしまう。

 イロハとフレズベルグは、この時をもって同行から完全に外れてしまった。

 

『やくまが 次回予告』


ニーズヘッグ

「大変だクロト! フレズベルグ(クソガキはどうでもいい)がどっか行っちまった!! それはもう浮気がばれて怒った嫁の様にだ!」


クロト

「お前はあの悪魔をそういう目で見てるのかよ?」


ニーズヘッグ

「まあ、フレちゃん昔っから可愛い奴でよ。特にちっこい頃はもう見た目が女子してて、性別間違えたらすんげー怒られるくらい」


クロト

「ロリコンだけでなくそっちの趣味もあるのか、マジで死んでくれ」


ニーズヘッグ

「だからロリコンちげーしっ、俺とフレズベルグは友人関係だっての!」


クロト

「お前の発言どれもが誤解招くから考え直せ」


ニーズヘッグ

「それにしても一気に面子が欠けたな。電気女は外れるしフレズベルグもどっか行っちまった。メンバーの急な変動があった場合って、新規で誰か入ることがテンプレだと思うんだが、どう思う我が主?」


クロト

「増えても面倒なんだが?」


ニーズヘッグ

「まあ、俺もいますし。……でもフレズベルグは探してやってくれよ我が主ぃ。アイツああ見えて可愛いとこもあって泣き虫なところもあんだよぉ。可哀そうじゃね?」


クロト

「お前は三部の鏡迷樹海編を読み返してこい」


ニーズヘッグ

「あれはあれ。これはこれ。喧嘩くらいそんな珍しいことじゃねーだろう?」


クロト

「お前は殺し合いを喧嘩と片づけるのか」


ニーズヘッグ

「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第五部 一章「鬼の居る間」。とりあえず電気女もいねーことだから姫君独占できると思うとちょっと嬉しい状況です!」


クロト

「とりあえず世のため死んでくれお前」


ニーズヘッグ

「ウチに主はすぐストレート蔑みする!!」

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