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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第四部 四章 「無明華の面影」
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「後悔」

「……話……?」


 ある程度、落ち着きを取り戻したニーズヘッグは徐々にその身を起こす。

 しかし、先ほどまでの行動力は出せないだろう。

 

「さっきからの言い分からして……、姫君は俺に同意したってわけじゃなさそうだな。……姫君はものわかりがいいって思ってるんだがなぁ」


「とりあえず、姫の事情には付き合ってやる。愚か者が余計な事をするようなら、こちらもそれ相応の事はさせてもらう。……良いな? 姫」


 確認に、エリーはゴクリと息を呑み、頷こうとした。

 

「ちなみに姫君。さっきも言ったが、フレズベルグが持ってる魔銃にはクロトの呪いと同じ【不死殺しの弾】が入っている。この体に当たればその場でクロトと俺は終わる」


 釘を刺され、頷こうとしたエリーは一瞬躊躇う。

 フレズベルグも否定はしない。もう一度「余計な事を……」と小声で呟いた。


「……フレズベルグさん、できればそれだけはやめてください」


「断る。姫もこの様な行動をとったのだ。それくらいは覚悟してもらう」


 責任。その重荷がある事を思い知らされる。

 ここから導き出される結果は、エリーにとっても確実な成功はない。

 失敗の手前で、フレズベルグはその引き金を引くことだろう。


「……わかりました」


 エリーは了承した。

 そして――



「――もしもクロトさんが助からないのなら、私も一緒に死にますっ」



 エリーの宣言。それは衝撃的なものでしかない。

 クロトに呪いがあり、エリーが死ねば発動するもの。しかし、エリーにその呪いは繋がりというトリガーのみ。

 クロトがどのような事になろうと、エリーが死ぬことはない。

 にもかかわらず、エリーは自らその命を断つと言い放った。


「な……っ!? そんなふざけた事が、できるわけ……っ」


 フレズベルグにとってはただの虚言としか受け止められない。

 強く言い放っても、命ある生き物として……。ましてや、まだ幼いエリーにその決意があるとは思えない。

 表情はもしもの結果と今の言葉に、恐怖を滲ませて表情を強ばらせている。

 口先だけのでまかせ。【不死殺しの弾】を使わせないためだけの嘘。

 だが、その傍らにいたニーズヘッグはその言葉の意に重みを感じた。

 

 ――いや……、姫君は本気だ。


 確信などない。ただ、ニーズヘッグはそう感じ取った。

 最悪の結末の後に、少女はその命を断つ。そんな未来が脳裏をよぎってしまう。

 そう実行するだろう()()を……炎蛇は知っている。

 

「私は……、本気です!!」


「愚か者の言葉などっ。……やはり、これ以上は――」


 交渉決裂か。フレズベルグはこの計画を中断しようと、前に出る。

 エリーを連れ、この場から去る。それが最も最善の策と動く。

 月明かりのみの夜闇の空間で、その刹那、フレズベルグの視界に火花がチラついた。

 フレズベルグの道を阻むように、細かな灯火はしだいに大きく広がり、炎となって視界を覆った。

 

「――ッ!?」

 

 溢れた熱。瞬時に炎は炎蛇の皮衣となりフレズベルグをはね除ける。

 下がったフレズベルグが次に見たのは、繭の様に存在する羽衣の檻。

 その中には、ニーズヘッグとエリーのみが残された。

 






 突然の事でエリーは狼狽に周囲に気を取られる。 

 熱のある炎に覆われ、正に炎の檻。

 渦巻く炎は外と内の音を断ちきり、ゴォゴォと燃える中……蛇は少女を組み敷く。

 襲われた事に、エリーは気付くのが遅れ、呆気に取られて炎蛇を見ていた。

 気付いた頃には恐怖をするはずだった。だが、エリーは恐怖心よりも、見上げた覆い被さる者の表情に意識を奪われる。

 滴り落ちる汗。苦悶の表情。

 先ほどでこういった行為が導く結果。ニーズヘッグが力を行使する事。それは途方も無い苦しみを己に下す事となる。

 それは本人がわかりきっているはずだというのに、ニーズヘッグは再度フレズベルグに抗い、力を使った。

 呼吸など定まらず、苦悶の中、炎蛇はその金の瞳を細める。


「……ほん……っとに、わかんねぇ……っ。こんな人間に、いったい何の価値が……あるっ。死ぬほどの価値が、コイツ(クロト)にあるのかよ!?」


 エリーにとっての、クロトの価値。

 ただ助けるだけでなく、エリーは死すら選ぶほど。

 それがこの悪魔には理解できなかったのだ。

 理解できないだけではない。

 エリーは胸の奥に響くその言葉に、衝撃を受ける。


「俺から見ても、コイツは人間として最悪だっ。他者を使えるか……使えないか……っ。ほんの少しの優しさすら、ゴミ同然としか思えない……、こんな奴に、何の価値かある!? 死んでいいなら……俺に姫君をくれよ…………」


 まただ。

 ()()()と同じ……。

 泣いてしまいそうな声で。炎は熱いのに……悲しそうで。縋るように何かを求めている。

 

「俺を救ってくれよ……。俺だって、姫君が必要なんだよ……」


 そっ、と……。細い首に手が伸びる。

 この炎の中、どれだけ叫ぼうと外には届かないだろう。助けは来ない。

 それなのに、エリーには絶望というモノがない。

 目の前の悪魔は……助けを求めているのだから。


「姫君なら助けてくれるだろ……? 俺なんかでも……」


 求めるその声には、エリーも手を差し伸べたい。

 樹海でも、卑劣な行動の中でも。……ずっとこの蛇は救いを求めていた。

 指が力を込め、呼吸を止められる前に。――少女は蛇の頬に指を這わせる。


「……泣いて……いるんですか?」


「……っ!?」


「あの時も……泣いてましたよね? ……本当に、その願いなんかで貴方は……幸せになれるんですか?」


 ニーズヘッグから涙は零れていない。

 刹那、炎蛇は表情をひきつらせ、エリーの言葉を否定しようとした。 

 しかし、開いた口からはその言葉を言えず……、かすれた過呼吸だけが出る。

 今の悪魔はエリーにとって恐怖対象ではない。

 目の前にいるのは、助けたくなるような……悲しい顔をする者だ。

 無意識に、慰めるように頭を撫でる。

 不思議と、喉に当たる手が震えている様にも感じる。

 

「私だって、貴方が救えるのなら……救ってあげたいですよ。……でも、私にはクロトさんとの約束がありますから」


「……約……束」


「私はクロトさんの願いが叶うまで……一緒にいると約束しました。だから、私は死ぬわけにはいかない。クロトさんがいなくなるのなら、私はクロトさんとした約束が……できなくなってしまう。価値なんて……難しい事、私はわかりません。でも、こう思う事が価値なら、ちゃんとクロトさんにも価値はあります」


「わかん……ねぇよ……っ。姫君は……道具として見られてるんだぞ? それで姫君は満足なのかよ!?」


「それで、クロトさんと一緒にいれるなら……私はいいですよ」


 同意のもと。エリーはクロトにどう思われているかなど、自分がよく理解している。

 その関係に意義などない。

 

「だから、私は貴方にも……助けてほしいんです。……クロトさんに、協力してくれませんか?」


「……は?」


「それが、私のお願いで、大事なお話です。お願いします」


「ふざ……っ。そんな、都合のいい話……認められるわけねぇだろっ!? 俺に、これまでの様に、いいように使われろって……そういう事なのかよ!?」


 それは炎蛇が最も許せない事だろう。

 彼の望みは、その環境から抜け出す事なのだから。


「俺になんのメリットがあんだよ!? あんな奴に協力なんて……絶対に――」


 断るのは当然。

 見返りの無い願いに応えられるわけもなく。

 しかし、最大のメリットがその先にはあった。



「――その後は、私をどうしてもいいですから」



 最大のメリットに、ニーズヘッグは言葉を失う。

 

「クロトさんの願いが叶ったら……私は……いりませんから。そうしたら……いいですよね?」


 少女は後に、その身を捧げると口にする。

 自分から言いだした答え。自らその最後を望むが、なんと説得力のないことか。

 エリーは苦笑しつつも、その未来に……結果死ぬ事に、恐怖心を揺さぶられ涙をこぼしてしまう。

 本当は怖いのではないか。死が軽いものでないと知っているからこそ、人魔問わずその概念に一筋でも恐怖が存在してしまう。

 

 炎蛇が知る限りで、死の概念に怯えない存在が強く記憶に根付いてしまっている。


 それは透明な色。澱みと、汚れのない、無色透明。








 炎蛇は一つ、無色透明に求めていたモノがあった。

 それは、「死ぬのが怖い」という、たったそれだけの言葉だった。

 人外とすら思えるその存在。それをなんとか在り来たりな人間と認めたかったのだ。

 予想外で、行動の読めない……。こちらの思い通りにならない。 

 

「……俺がお前の事、忘れた事なんて一度もなかった」


 透明なのに、いつまでも記憶にこびり付く。クリアという人間の存在。

 忌々しくも、完全に捨てきる事ができなかった。

 記憶の片隅ではいつでも無色透明(クリア)がいた。

 生前と変わらない、規格外の生き物。

 それはただ、炎蛇を見ては無言を貫く。

 言葉は無くとも、その目はこちらの意を見透かしているかの様で、訴えている気もした。


 ――こんな事しちゃいけないよ。ニーズヘッグくん。


 いつもの様に、弱い者いじめをしていると、恐れも知らずに説教してくる。

 ただ、訴える眼差しは強く叱るものではなく。そっと囁くようなもの。

 その目を見る事を躊躇ってきた。

 哀れむ様に見る目が不快だったわけじゃない。


 ……その目が怖かったんだ。


 自分が間違っていると思われる事が。クリアにそれを教えられる事に、恐怖し続けてきた。

 ……そうだ。本当はこれがどれだけ馬鹿な事かなど、わかりきっている。

 力があれば救われるか? ……救われない。

 ただ虚しく、そして後悔を重ねるだけだ。

 手に入れたかったのは力じゃない。あの時失った光だ。

 

 その手は種族関係なく差し伸べる。

 その手は非道を歩んだ者でも許し差し伸べる。


 初めて見た少女は、同じ光を持っていた。

 無色透明と称した人間の……、無明華の面影が少女にはあった。

 それに心惹かれ、求めてしまった。

 今度は二度と失わない。

 ……そう思っていたというのに。

 失ったのは弱い自分のせいと戒め、強さを追求しようとした自分の意思が、どうしても全てを裏切ってしまう。

 

「……お前は、俺の()()なんだよな」


 けして忘れてはいけない。

 己の弱さと、この間違いを気付かせるための後悔。

 長い年月、どれだけ過ぎようと消えることのない後悔。

 それが、今も存在し続けているクリアという、無色透明だ。

 言葉を投げかけ、ようやくその目と向き合う。

 

『……後悔なんかじゃないよ。私はクリアだもん』


「知ってる。……あーあ。何が大悪魔だ。……人間一人を屈服させられなくて。救えることもできなかった。……俺は強くない」


 自分の弱さを認めた。

 強者を気取っていた炎蛇は、自身を弱者と言い、呆れてしまう。

 

『ニーズヘッグくん。苦しかった?』


「……苦し……かった」


『辛かった?』


「…………辛、かった。俺さ……嘘は嫌いなんだよ。なのに、自分にさんざん嘘ついてきた。さんざん……、いっぱい、無駄に殺してきた……っ」


『うん。ニーズヘッグくん、優しいもんね。……()()()、ずっとニーズヘッグくんの事、止めようとしてくれてたんだよ?』


 ニーズヘッグの纏う羽衣。それを引く存在。

 深い意識の底で、今も尚眠り続ける体を共有しているクロト。

 それは意識無くとも、強く握りしめ離そうとせずにいた。


「……コイツは自分が死なねぇようにだよ」


『自分に正直なんだね。……会えたら、会ってみたかったな』


「やめとけ。撃たれるだけだぞ?」


『あはは。……それでも、会いたかった』


 クリアは変わらない。撃たれる事など気にもせず、彼女は笑って死の概念を吹き飛ばす。

 ……いや。すり抜かせていくのだ。

 何年、何十年以来だろうか。ただの記憶にあるクリアだというのに、このような会話を交わしたのは。

 後悔に悩まされてきた苦痛が、今は受け入れたくなるほど。


「……なあ、クリア。もしも……、もう一度やり直す事ができるなら、――お前はそれを……すんなり受け入れてくれるか?」


 多くの罪を重ねてきた。

 多くの悲劇と恨みをかった。

 一人の存在を救えなかった……、己が許せない大きな罪があった。

 過去は変えられない。失ったものは戻ってこない。

 クリアは、うん、と頷く。

 ふと浮かべた笑みの表情。その頬を滴がつたい落ちる。


『――いいよ。私はニーズヘッグくんに、楽しくこれからもいてほしいから』


 それが、クリアの願いだった。

 向き合った後悔は、徐々にその姿を消して行く。

 まるで、美しく散る花の様に……。

 きっと、こうやって向き合うのはこれが最後なのだろう。

 消えゆく後悔(クリア)は溢れる涙に負けず、笑顔で炎蛇に言葉を送る。


『頑張れぇ。ニーズヘッグくん!』


 その応援する声は、炎蛇の意に染みるものだ。

 返答する言葉すら出ない。

 締め付けられる胸に、返す言葉が口にできず。みっともなく出てしまう涙を堪える事も容易にできない。

挿絵(By みてみん)

 ――ずっと、謝りたかった。

 ――ずっと、許してほしかった。

 ――ずっと、告げたかった……。


 ――今まで……ごめん。

 ――守れなくて……弱くて……ごめん。

 ――今度は絶対……嘘つかない。ちゃんと……お前が誇れる……最高の悪魔でいる。

 ――お前に会えて……よかった……。


 ――ありがとう……。そして…………さよならだ。俺の……後悔(無色透明)

 炎蛇は気付く。その願いが間違っていることを……。

 後悔と向き合った炎蛇は、新たな未来を作り上げるも、脆くあった。

 

 ――星の少女の消えゆく命が目の前にある。


 崩れそうな未来。足りないのは、もう一つとの向き合い。

 後悔を超え、今と向き合う事。

 

 【約束】があった。

 けして違えてはいけない、交わした大切な【約束】。


 繰り返してはならない、再び訪れようとする悲劇。

 悲劇を覆すは、――炎の魔銃使い。


「アイツは死を覚悟してお前を説得したんだろうが! アイツが命をかけれて、俺ができないわけないだろうが!!」


 火花よ舞え。

 その最後の夜を終わらせる炎となって。


【厄災の姫と魔銃使い:リメイク】第四部 五章 「約束」

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