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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第四部 四章 「無明華の面影」
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「最悪の選択」

 【炎蛇のニーズヘッグ】。その存在は危険視されている。魔力の大半を失い、例えクロトの身を乗っ取ろうと本来の力を発揮することはできない。

 だが、クロトも一切気を抜くことなく、フレズベルグの監視も厳しい。更には最悪の手段、奥の手としてイロハの持つ【不死殺しの弾】がある。

 一つのミスがクロトとニーズヘッグの最後となる。それを望まないのも炎蛇だ。

 慎重に時間をかければ、ニーズヘッグの望みのものは遠ざかるだけ。それは夜明けまでのタイムリミットとされた。

 完全に炎蛇の望み、目論見は断たれた状況。にもかかわらず、炎蛇は暗闇の中でくつくつと笑っていた。


『絶体絶命……。おいおい、お前ら必死すぎだよなぁ。……だが、まだ足りねぇよ。お前らはもう一つの可能性を見逃している』


 まだ落ち度がある。蛇にはまだくぐり抜けれる穴があると、ニーズヘッグは確信していた。

 そして蛇は、その抜け道を目の当たりにしている。


『俺にはちゃんと、()()があるんだよ……』







 ベッドから距離をとったクロトは壁際で座り込む。

 エリーが部屋に入ってくるなど想定外だった。それに、わずかな動揺が出たのは事実だ。

 少しでも距離をとる。そうやって気を落ち着かせようとした。

 だが、一呼吸の後に、クロトの前にエリーは静かに座り込んできた。

 

「……なんだよ。俺は疲れている。だから――」


 今はエリーとの会話すら拒みたくなる。叱ればエリーは身を引く、そう思っていた。

 しかし、少女の星の瞳は、真っ直ぐクロトのみに向けられている。


「クロトさん……」


 エリーは、名を呼ぶと同時に身を寄せる。

 その行動に頭が追いつかなかったのか、クロトは不意に拒絶を躊躇ってしまう。

 既にエリーは、クロトから離れぬよう体を合わせていた。



「クロトさん。――ニーズヘッグさんを出してください」



 宣言は、クロトの心臓を強く跳ね上がらせた。

 エリーがこの事態を把握しているなど想像しておらず、思考が乱される。

 ――何処でその情報を得たのか。

 乱れた思考の中で、そんな余計な事をする輩など一人しか思い浮かばない。

 ――フレズベルグだ。

 クロトだけの忠告、警告だけに留まらず。エリーにも事態の把握をさせやむを得ない選択を強いらせ様とした。

 そのはずが、エリーに予期せぬ選択を与えさせてしまっている。 

 だがそれでも、この選択の意図が理解できない。

 焦る中、クロトの鼓動が再び強く脈打つ。

 





 意識の奥に引きずり込まれた途端、クロトは自分の中に潜む蛇を見る。

 不快なまでに、その炎蛇はほくそ笑んでいた。

 

『ははっ。やっぱこうなった。姫君は期待を裏切らないから助かるぜ』


「……どういう、意味だっ。お前、なんかしやがったのか!?」


 クロトはニーズヘッグに体を奪われぬ様にしてきた。

 そんな隙など与えていない事など、クロトも理解しているが衝動任せに問い詰める。

 問われるもニーズヘッグは笑う声を堪えている。


『バーカ。俺はなんもしてねーっての。……でも、浅はかだよなぁ。お前も、あのガキもフレズベルグも。俺を追い詰めたつもりだろうが、俺ばっかに必死になりすぎだろ』


「じゃあ、なんなんだよ!」


『そうイラつくなよ短気。俺はただ、此処で静かに保険をかけてただけだっての』


「……保険?」


『そう。お前らがどんなふうに俺に制限をかけたとしても、俺が抜け出すための保険。――姫君っていう最大の保険だよっ』


 ニーズヘッグの保険。それはエリーだった。

 

『姫君がこの事態を知っても知らなくても、遅かれ早かれこうなっていた。事態を把握したことでそれは一気に加速した。……お前にはわからねぇだろ? 他人の心情とか知ったこっちゃねーもんなぁっ。だからお前は、姫君の行動を予測できなかった。お前はムカつくくらい姫君に大事にされてるんだよ。姫君優しいからなぁ。そしてお前と離れたくない。ならどうするか? 根本的な問題を解決すればいい。――俺をどうにかすればなんとかなる、そう考えたんだろう?』


 ――お前なんかのために。






 そんな炎蛇との会話は、一瞬の出来事だった。

 現実に視界が戻れば、クロトはエリーを引き剥がそうと抵抗した。


「離れろっ、クソガキ!!」


 抵抗し怒鳴るも、エリーは既にクロトに強くしがみついて離れない。

 

「ダメですっ、クロトさん!」


「お前、自分が何しようとしているのか、本当にわかってんのかよ!?」


「わかってますっ。でも、私はこのままクロトさんと離れるなんて、そんなの嫌です!」


「あの蛇を出せだとっ? 冗談じゃねぇ! ――ぐっ」


 刹那。意識が切り離される感覚が襲う。

 瞬発的な症状の原因は、ニーズヘッグがこの混乱に紛れてク意識を引きずり込もうとした事だ。

 クロトの意識は皮衣に縛られ、意識だけでなく肉体の抵抗力すら奪いはじめていく。

 今までとは確実に違う。ニーズヘッグは今、強制的に体を奪うつもりだ。


『ほら、どけよクロト。脆弱な人間が、いつまでも抗うな』


 意識が沈んでいく。極度な睡魔にも似た感覚が襲い、クロトは意識を保とうと足掻く。


「ふざ……っけるな! クソ、蛇がっ。いい加減に……しろ……っ!」


 強引にでもエリーを剥がそうと抗う。

 力の差ならまだクロトがある。エリーの限界など、目に見えるほど明らか。

 エリーから離れる事ができれば、内に潜む炎蛇の目論見も潰れる。

 あと少し……。その時だった。



「……クロトさんっ。――ごめんなさい!!」




 ――……


 騒動を起こしていた二人が、その直後しんと静まる。

 クロトには何が起ったのか、理解することができなかった。

 見開いた目の先には、硬く目を閉ざした顔が存在している。

 それだけでなく、何かが触れていた。

 灯りのない部屋に、窓から月明かりが差し込む。

 状況は月明かりによって、明確に脳内に叩き込まれることとなった。

 

 強引に詰め寄ったエリーが、クロトに自身の唇を重ねていた。

 

 その事実にクロトは更に目を見開く。

 あまりの行動に思考が停止し、抵抗する力と意識が、その一瞬で奪われてしまった。

 それに気付いた時には、クロトの意識は水の底に沈む様。

 自分のいた位置と入れ替わるように、ニーズヘッグが金の瞳で見下ろしている。


『――交代だ、クロト。お前はよく耐えたよ……』


 その言葉に、してやった、というものは込められていなかった。

 この事態を誰よりも望んだのはニーズヘッグではないか……。

 好都合な場で、思い通りになったはずだというのに。

 どういった意味だろうと、目の前の炎蛇をこのまま行かせるわけにはいかない。

 引留めようと手を伸ばすも、意識は深い眠りに誘われ……クロトは暗闇にへと包まれる。







 静まった部屋で、エリーはクロトから体をわずかに離す。

 思わず、自分の唇に指を這わせ、今更になってとんでもないことをしてしまったと。顔を赤らめてしまう。

 だが、今は静まってしまったクロトの身を案じ、様子をうかがう。


「……クロトさん?」


 動かなくなったクロト。まるで眠ってしまったかの様に静かだ。

 しばらく顔を覗き込んでいると、わずかな息づかいが聞こえた。

 徐々に身を動かし、クロトは顔を上げる。

 前髪の隙間から覗くのは……金色とした瞳。その瞳に、エリーは不意に虚をつかれた。

 途端に口角をつり上げ、クロトはエリーの身を引き寄せる。


「――っ!?」


「……やっと、出れた。賭けだったが、姫君直々のご指名なんて嬉しい限りだぜ。……さっきのは俺を誘っていたのか?」


 耳元で囁くのは、クロトの体で表に出たニーズヘッグだ。

 つい先ほどの事を口にされれば、エリーはまた顔を真っ赤にしてしまう。

 抱くニーズヘッグを押しのけ、エリーは首をぶんぶんと横に振る。


「ち、違います!! ……ああでもしないと、クロトさんは貴方を出してくれないと……、考えもなくやっただけですっ」


「ええ~、でも積極的な姫君、俺好きだぜぇ? 姫君は可愛いなぁ」


 クロトの身で、ニーズヘッグは再度エリーを抱き寄せ好意的に接して頬ずりする。

 複雑なものだ。クロトなら絶対にやらない言動をニーズヘッグは何度も行う。

 違和感の塊でしかなく、エリーはそんな状況に喜ぶことなどできない。

 むしろ、気を引締める思いだ。 

 どれだけ好意的に接していても、目の前にいるのは自身を狙う悪魔なのだから。


「……そう怯えるなよ。姫君はこの体でこうされるのは嫌か?」


「……嬉しくは……ないです。クロトさんは絶対に、こんな事しませんので」


「よくわかってるなぁ。……じゃあ、嫌われるくらい強引なのがいいか? 俺は姫君の事、愛してるんだがなぁ」


 顎をくっと上げられ、金の瞳と向き合わせられる。

 ここまで来て尚、エリーにはまだニーズヘッグに対して恐怖心が残っている。

 その瞳を視界に入れ見つめられれば、発するはずの言葉が喉の奥で留まってしまう。

 エリーがニーズヘッグを表に呼び出したのには理由がある。それを口にしようとするも進まない。

 蛇に睨まれた蛙の様。黙り続けていれば、徐々に開かれていく蛇に呑み込まれてしまう錯覚すらある。

 数秒が、数分にすら感じる最中。ふと、月明かりが遮断され視界が暗くなる。

 






 月明かりを隠したのは雲ではなかった。

 圧倒的な存在感を肌が感じ取る。

 隣にあった窓。その外では漆黒の翼が広がり、魔銃使い――イロハが銃口を向けていたのだ。

 イロハが、クロトという肉体を得たニーズヘッグに向けている理由はただ一つ。

 奥の手である【不死殺しの弾】を使用する他にない。

 イロハに躊躇いというものはない。ただ役目を果たそうと動くイロハが、敵と認識した炎蛇に、例えクロトの身であろうと引き金を引くことに、躊躇などするはずもない。

 明確に引き金を引こうとする意思がそこにはあった。


「イロハさんっ、ダメです!!」

『愚か者っ。姫も死ぬぞっ!』


 死の弾が装填されていることなど知らずとも、エリーは銃口の先に割り込む。そうなれば話は別だ。

 同時に、フレズベルグの言葉が脳内に響き、イロハの指が止まってしまう。

 その一瞬をニーズヘッグは逃さなかった。

 虚空に淡く灯る炎。そこから出現した羽衣が瞬時に窓を壊しイロハの身を絡め取る。

 

「――ええ!?」


「残念っ。あめーんだよ!!」


 羽衣はイロハを引きずり込み、床に叩き付ける。

 倒れた翼を踏みにじり見下ろすニーズヘッグ。痛覚のないイロハはすぐに銃口を向け直すも、銃身を蹴り飛ばされその手から魔銃を手放してしまう。

 

「……っ、やっぱこの蛇嫌いぃ!!」


『やかましいっ。お前が策もなく行動するのが悪いのだっ、愚か者っ』


「だってぇ!!」


 奥の手すら退けたニーズヘッグは、その場で狂うように嘲笑した。

 残虐と称された炎蛇は、クロトの身でその姿を現す。 

 

「マジでウケる……っ。フレズベルグも馬鹿な奴と組まされたもんだなぁ。友人として哀れに思うぜ?」


『馬鹿はお前だ。まったくこりてなくて不愉快だ』


「馬鹿はそっちだってっ」


 フレズベルグの声はニーズヘッグには聞こえない。

 それを聞くことが可能なイロハは、フレズベルグの言葉を復唱する。

 

「あーそうかよ。せっかく心配してやってんのに、フレちゃんは相変わらずのツンデレかよ。まっ、そこも可愛げあんだけど。姫君~、コイツひでーんだぜ? 今コイツは不死身を殺す弾で俺を撃とうとしてたんだからよ~。クロトもろとも、俺を殺す気でいたってよ」


『……ッ。余計なことを』


 直後、翼を踏みにじるニーズヘッグの足をイロハは掴み取る。

 イロハとは思えない力で持ち上げられ――



「あと、――()()()()()言うなと、何度言わせるんだクソ蛇がぁああ!!」



 怒号と共に、イロハ(フレズベルグ)はニーズヘッグの身を床にへと叩き付けた。

 急いで翡翠の瞳は魔銃を探す。部屋の隅に転がっていた魔銃。

 視界に映れば一気にそれを拾い上げようとする。

 だが、それを許すニーズヘッグではない。

 揺らめく羽衣がフレズベルグに迫る。……が。


「……ッ!!」


 突如、羽衣は活動を緩め、力なく炎と共に消えてしまう。

 

「……っ、くそっ。相棒を動かすことすら、もう限界かよ……っ」


 ニーズヘッグの魔力は多くを失っている。その状態で魔力を扱おうとする事は、ニーズヘッグ事態にも影響を及ぼしてしまう。

 現にニーズヘッグは膝を付き、胸を押さえ込んだ。

 心臓が酷く暴れ呼吸すらも乱す。

 次に向き直れば、再び銃口が向けられていた。

 それも、フレズベルグにだ。


「愚か者……っ。自分がどういう状況か、まだわからんのかっ。今のお前は、魔物すらまともに相手できない……、人間と同じ弱者だ」


「……っ。俺が……弱者……だとっ」


「そうだ。……ニーズヘッグ。私はこのような道具の扱いなど慣れてもいないし、扱いたくもない。だが、これ以上お前が勝手をするなら、使うしかないだろう。……お前がこれ以上過ちを犯すとこなど……見るに耐えん。今すぐ……その体を元の主に返せ。私にお前を殺させるな」


 これが最後の忠告なのだろう。

 だが、ニーズヘッグもこの好機を逃すわけにもいかない。

 答えを出せず、沈黙が続く。


「…………あ、あの」


 蚊帳の外にいたエリーが、その沈黙に割り込む。

 

「私が……っ、その人を呼んだんです。……ですから、帰ってもらっては……困りますっ」


 フレズベルグの忠告に反対と声をあげる。

 それに対し、フレズベルグは歯を噛み合せた。


「……姫。言っておいたが、さすがにこれはもう無理だ。どうしてもこの蛇は考えを改めない。その言葉を……私は否定する」


「…………貴方が、困るのはわかっています。……でもっ」



「――なら何故従わないっ!?」



 ついに、フレズベルグはエリーにすら怒りを向けた。

 

「何故死への道を選んだ!? その身の震えはなんだ! 人間の考えを悪魔である私に求めるなっ。我らは悪魔、人間とは違う!!」


 エリーは震えていた。

 選んだ道がどれだけ自身を死に追いやるか。それを考えただけでも恐怖しかない。

 フレズベルグの言っていることは確かだ。

 ……しかし。エリーはその言葉を否定した。


「……本当に……そうなんでしょうか?」


「……っ。何が……だ?」


 エリーは呼吸を整える。

 恐怖に怯えた心を落ち着かせ、真っ直ぐとした星の瞳をフレズベルグに向ける。


「私は……、私は、人間も悪魔も、一緒だと思いますよ?」


 二体の悪魔は、その言葉に虚をつかれた様に目を丸くさせた。

 

「違う所とか、いっぱいありますが……っ。でも、こうして話して、こうして向き合って。そんな事ができるのに、全く一緒じゃないなんて、私は思いませんっ。怒る気持ちも、怖いっていうのも、一緒にありますよっ。……だから、私はこの道を選びました。死ぬつもりなんて、私はありません」


 少女の言葉に動揺を与えられた。

 その小さくも強い意思に、フレズベルグの怒りも冷めてしまう。


「……少しらしくなかったな。では、姫。……何故この蛇を呼び出した?」


 エリーがニーズヘッグを呼んだ理由。

 それをフレズベルグは問いかける。

 再びエリーは深呼吸をし、その問いに答える。




「――ニーズヘッグさんと、大事なお話があります。ですから、その銃を使うのは待ってください」

 

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