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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第四部 三章 「無色の花」
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「グリアの実」

 ――人間と……()()だと……?


 火山でニーズヘッグは薄暗い天を眺めながら呆ける。

 頭に浮かぶのは、クリアの放った言葉だった。

 友達。友人。……人間と?

 それは……とてもありえないものではなかろうか。

 ふと、視界が近くを浮遊していた精霊にへと向く。


「……なあ、お前ら」


 呼び止めれば、火精霊(サラマンディー)たちはパッと振り向いて寄ってくる。

 

『なになに?』

『ニーズヘッグが話しかけてくるなんて、久しぶり~』

『たまには構ってよね』


 最近、精霊とはあまり言葉を交わしてなかったせいか。彼らは不満を言いつつも楽しげだ。

 精霊はまだかまだかと、飛び交ってニーズヘッグの言い分を待つ。

 何故そこまで期待して待っているのかと疑問でいた。そのせいか、言いたいことが一瞬ぼやけてしまったではないか。


「急に聞いて悪いんだが……、()()ってなんだ?」


 唐突な質問に、精霊たちは玉の目を瞬きさせ、顔を見合わせて審議。

 

『ホントにどうしたの?』

『それってニーズヘッグと大鳥さんみたいなもんでしょ?』

『そうそう。フレズベルグとは友達なんでしょ?』


「……友達っていうか……友人」


『それ一緒~』


 至極当然と言わんばかりに、精霊たちは呆れ混じりに笑い出す。

 この質問はそうとうおかしく思われたらしい。 ちゃかすように自分の上を飛ぶ精霊など気にもせず、ただニーズヘッグは頭の中の問題を考える。

 クリアはニーズヘッグに、「友達にならないか」と言った。

 当時は戸惑いもあり返事をすることはなかった。そもそも、クリアは人間であり、自分は悪魔だ。その境界は超えられない壁のようにそびえ立っている。

 クリアはその壁などお構いなしだ。まるで透き通るように壁をすり抜け、そんなことを口にしてきた。

 フレズベルグの様に対等な悪魔ではない。相手は非力で珍妙な人間でしかない。

 返答を保留にしたまま、それから数日が過ぎている。

 







「…………やっぱ、ありえねぇよなぁ」


 そんなことをぼやきながらも、ニーズヘッグはまたクリアの傍にいた。

 今日も森でいろんなものをカゴにいれている。また妖しい実験でもするのだろう。

 目にした分でも更に一度フラスコを爆破させていた。小規模だったが、やはり危険がある。

 

「なあ、そろそろ変な実験するのやめたらどうだ? お前、向いてねぇって」


 ハッキリ言ってやった。

 好奇心から始めた趣味だろうが、知識の無い素人がやることではない。魔界でも専門家などが存在する。ニーズヘッグから見ても、クリアの行動はただの好奇心が成すものでしかない。

 

「んん? だって、特にすることないし。やっぱり試してみたくなるじゃない?」


「俺はそんな気にはならねぇけどな……」


「あ! これも持って帰ろう」


 ニーズヘッグの忠告など聞かず、またクリアは薬草を一つカゴに入れた。やはりこの生き物を止めることは容易には叶わない。

 先頭を興味津々と進むクリア。その後をニーズヘッグは付いて行くだけ。

 時折、野生の狼の姿が見えることがある。ニーズヘッグはクリアが気付くよりも先に、羽衣を伸ばして追い払う。一緒にいなければいったいどうなっていたというのか……。

 困るところが多すぎて難儀を強いられていく。

 

「どうすっかなぁ……」


 早く帰りたいという気持ちはある。だがクリアをこのまま放っておくのもどうだか。

 そう思い悩んでいると……


「ニーズヘッグくん、ニーズヘッグくん!」


 突然、クリアが呼びかけてくる。

 今度はなにを見つけたのか。よそ見していた視線をむき直す。

 クリアを視界に入れた途端、ニーズヘッグは目を丸くさせて息を止めてしまう。


「見て見て! なんかすごいことになってる!」


 クリアは数秒前と比べて変わっていた。

 変化したのは見てわかるもの。彼女の頭部には獣の耳が生えてしまっている。おまけと言わんばかりに、尻尾もだ。その形状は猫と同等。

 いったい何があったのか……。


「お、おま……。いったい何しやがった……」


 これには苦笑いもでない。

 本人よりもニーズヘッグの方が危機感を得てしまう。


「ん? さっきね、そこに変わった実がなっててね、美味しそうだったから食べちゃった」


 そんな軽い気分で理解もできないものを食すものなのか。人間とは恐ろしいとすら思える。

 ……いや、クリアだけかもしれない。

 ニーズヘッグは血相を変えてクリアが食べた実を確認する。

 それは小さな木になる木の実。大きさは小石程度で一口で食せるものだ。まだ幾つも実っているその木には、不思議と見覚えがある。

 何処で見たのかと記憶をあさること数秒。過去を遡って辿り着いたのは魔界の景色だった。


「……確か、グリアの実? なんでこんな所に」


「ニーズヘッグくん知ってるの?」


「元々は魔界にあるやつだ。魔族が喰うもんだが……」


 どうも人間には副作用でもあったのか、クリアが獣人のようになってしまっている。

 特にしばらく様子は見ていたが命に別状はないようだ。

 むしろ、本人はその異常を楽しんでいる。


「ニーズヘッグくん、どうかな? にゃんにゃん♪」


「やめいっ。なんか気持ち悪い!」


「ええ~、可愛くない?」


「いや、俺別にお前とか好みじゃねーしっ。なんつーか、ときめかないし!」


「うーん。ニーズヘッグくん、ひょっとして猫が苦手なのかなぁ?」


「どっちかって言うと、お前みたいなそこら辺ボンボンしてる奴って俺苦手なんだよ! 地元のラミア共思い出すわ!」


 クリアは意味がわからず首をキョトンと傾ける。

 ラミアとは蛇の下半身に女の上半身をした魔族の一種。ニーズヘッグが魔界にいた頃、火山にもよくいたものだ。

 当時は幼少の頃であり、無駄に淫猥と露出させた肌を見せるなど。一々ちょっかいを出すことがあったため、ニーズヘッグはそういった者を苦手としていた。

 今回クリアと共通しているのは、その豊かな胸部にある。

 よって、ニーズヘッグがクリアに欲情や惹かれるものがない。

 クリアが異性として好みではないとハッキリ言った。

 

「じゃあニーズヘッグくんは、どういうのが可愛いって思うのかな?」


「だからなんでそういうこと聞くかなお前!? ……強いて言うなら、ちっこい方が好きか?」


「うーん。じゃあ……」


 クリアはふと奥を指差す。


「あんな感じのが好き?」


 つられてニーズヘッグはその方角を見る。


「そうそう……。だがちょっと毛深すぎない……か?」


 ニーズヘッグは少々同意しつつ、首を不思議と傾ける。

 クリアの指差す先には、ぴよんとした長い耳を立たせる兎が見えた。

 それはただの小動物な兎ではない。二足歩行をして荷物をかついでいた。

 ――あからさまに、それは魔族である兎だった。

 十二に属する、商業を営む――アルミラージ族だ。


 そう脳が捉えると、ニーズヘッグはてくてくと歩くその兎の足を吊し上げた。


「――ぎゃあぁあああぁあああ!!!」


 兎の鳴き声とはほど遠い叫び声が響く。

 宙吊りになったアルミラージ。ふさふさの手をパタパタとさせて狼狽。

 

「……おい。何してやがるお前? 何でお前ら行商兎がこんな所を彷徨いてやがるんだ?」


 低い声でニーズヘッグは問いただす。

 アルミラージは涙目でブラブラと揺れる身をよじらせる。


「ああっ、やめてください! 私は美味しくありません! お慈悲を!」


「誰が喰うか。むしろ炭にしてやりたくなる」


「ひゃぁああ!!」


 余計に暴れ出す兎。

 質問に答えることすらできない様子にへとなってしまった。


「こらっ、ニーズヘッグくん! 弱い者いじめしない!」


 ぺしっ、と。クリアはニーズヘッグの背中を叩く。

 痛くもかゆくもない一撃なのに、クリアのものだと思うと無駄にダメージが大きい気がした。

 

「なんで叩くんだよ!?」


「この前、耳はダメっていったから……」


「お前に暴力される意味がわからん!!」


「そんなことはいいの!」


「そんなこと!?」


「すごく怯えているじゃない! ちゃんと下ろしてあげて!」


 またしてもクリアは怒っている。

 渋々、ニーズヘッグはアルミラージから羽衣を外し、その場に落した。

 丸いお尻を地にぶつけ、痛そうに擦る。


「いたた……。ありがとうございます…………」


「ううん。なんかゴメンね。……ひょっとしてキミも悪魔?」


「悪魔というほどでは……。私はただの行商兎ですので」


「で? なんでこんな所にいやがんだよ?」


「ぴぃっ!」


 兎はクリアの後にへと隠れる。

 隠しきれていない長耳がぷるぷると震えている。今はクリアが獣人のようになっているせいで、同胞と思われているのだろう。


「す、すみませんっ。その羽衣はおそらく炎蛇の皮衣っ。ということは、あの名のある【炎蛇のニーズヘッグ】なんですよね!?」


「そうだが質問に答えろ」


「は、はいー! 実は私、この地域にある魔界門を確認しにきたしだいでっ」


「……魔界門が?」


 怯える兎の耳は動き、森の奥を示した。

 木々の奥深く。進んだ先には文字の刻まれた石碑が置かれていた。

 

「……なんて書いてあるの? こんな文字初めて」


「魔界文字だよ。魔界と人間界を繋ぐ門だ。……こんな所にもあんのかよ」


「ありますよ。でないと、我ら行商兎はこちら側に来れませんからね。そういう炎蛇殿も魔界門を通ってこちらに来られたのでは?」


 魔界の住人がこの門を通って人間界に訪れる。

 触れることで魔力を察知し、門を開くことができる魔界門。ニーズヘッグとフレズベルグも此処とは違う門を利用して人間界にやってきた。

 

「我ら行商兎は中立関係のドワーフ族にも品を届ける仕事がありますからね。そのため、この門が正常に作動するかを確かめただけであります」


「……あっそ。じゃあもう帰れ。俺の縄張りが近くにあるから、お前みたいなの彷徨いてると目障りなんだよっ」


「ひぃっ! わかりました、わかりましたぁ!!」


 クリアの後からぴょいっと出てきたアルミラージは荷物をまとめて、せっせと魔界門を開く。

 ニーズヘッグはクリアが余り近づかぬようにさせる。門が開いた時に巻き込まれて魔界に行かぬようにだ。

 石碑の文字が発光し、光は扉にへと形を変える。

 それはゆっくり開き、アルミラージはそれをくぐり抜けていった。

 しばらくすると門は閉じ、石碑は輝きを失ってただその場に存在する。


「……すごーい。なんかすごいね!」


「お前ってほんと恐れ知らずだよな……」


 そろそろクリアが家に戻る定時だ。珍しいモノを見た事により、クリアは気分上々で家にへと戻り出す。

 まだ副作用である獣の姿が残っている。魔界門が近くにあったせいか、人間界で育ってしまったグリアの実。クリアは忘れずにそれをカゴに入れて持ち帰ろうとする。

 毒でなかったのは幸いだが、いつかクリアは毒でも平然と口にしてしまいそうだ。


「……ちょっとは警戒とかしろよ。毒だったらマジで死ぬぞ?」


 何度目かの忠告。

 それにクリアは目を丸くして振り向く。


「――例え死んだとしても、誰も悲しまないもの」


 以前にも聞いた言葉をクリアは再び口にする。

 クリアに死の恐怖がないのは理解していた。だが、忠告することになんの不思議もない。生き物に死の恐ろしさを気付かせるのは、当然のことではないか。

 しかしそれはクリアには届かない。


「…………そういうこと、言うなよ」


 死を恐れないのはわかっている。

 だが、クリアにはそんなことを言ってほしくなかった、のかもしれない。

 気落ちしてしまったニーズヘッグに、クリアは苦笑する。


「ごめんごめん。でも面白そうだから、これ持って帰るね」 


 


 ……その時からだっただろうか?

 不思議と。クリアの無色透明に違和感を感じたのは。

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