七話 勇者タムラス
薄暗い廃城で大柄な人型怪人が遠くを眺めていると後ろから声を掛けられた。
「ブシャーンよ、狼男がやられたようじゃの?」
ブシャーンと呼ばれた怪人は表情を変えず答えた。
「ふん、奴が弱いから負けた、奴より強いものがいた、それだけのことだ」
「しかし、警戒しておくに越したことはあるまい?我らが魔王様の復活のためにはな」
「好きにするがいい、俺も好きにやらせてもらう」
そういってブシャーンは立ち去っていった。
「相変わらず無愛想な男じゃ、まあいい、いずれは……。しかし狼男ほどの猛者がやられるとは、人間が力を付けているのか、あるいは新たな勇者が召喚されたのか。警戒せねばならんな」
「ジージラ様、報告と今月分の納品が届いております」
「儂の部屋に置いておけ」
部下に指示するとゆっくりと歩きだした。
「魔王様は必ず復活させる。魔王様第一の部下であるこのジージラがな」
ジージラは力強く宣言すると暗闇の中に消えて行った。
カソッタ村の基地では、博士が忙しく動いていた。クルルが自由に動ける様に装置を開発するためである。その隣ではモモカとクルルの会話が朝からずっと続いていた。
「それにしても博士ってホントすごいわよね~、実験しながら私たちの話を聞いて勉強するだなんて」
モモカはクルルと話しつつも、ときおり単語の意味を博士に説明しながら会話を続けている。
「おじいちゃんってどんな人なの?モモカちゃん」
「本人があんまり話さないから私も詳しくは知らないんだけど、いろんな分野の勉強をしたり、特許もたくさんあってお金持ちだったわよ」
「特許?それにお医者さんだよね、私の怪我も直してくれたし」
モモカが顔をテーブルにくっつけて羨ましそうに博士を見ている。
「いいな~、私もなにか才能があればな~」
ため息をつくモモカを見て、クルルは話をそらした。
「そういえば、レッドさんとブルーさんはもう王都に着いたかな~」
レッドとブルーの二人は、クルルのために再び王都に向かっていた。王都のスラムで育ったクルルには当然家族はいない。しかしクルルたち孤児を支援してくれている人達がいた。スラムにある女神教の司祭である。クルルは自分が突然消えてしまって心配をかけてしまったことを気にしており、見かねたレッドとブルーが司祭に挨拶に向かうことになったのだ。
「霧がでてきたな、レッド急ぐぞ」
二人は足早に駆けて行くと、すぐに王都に到着しスラムの教会に入った。
「教会に着いたぞ、しかし随分ボロボロな教会だな」
「まあ、ここは女神教だからな」
「そもそも女神教ってなんだっけ?」
レッドの疑問に思わぬところから答えが飛んできた。
「女神教というのは魔王を倒した勇者タムラス様をお呼びになった女神アクアス様に感謝する、という比較的新しい教えですね」
「あなたは?」
「私は一応ここの司祭ということになっていますね」
とぼけた話し方をする男であったが、いきなり偉い人に出会ったことでレッドとブルーは緊張からか自然と背筋が伸びてしまう。
「かつて勇者タムラス様と魔王との戦いがあったのはご存じですよね?」
「なんとなくは……」
レッドが応えると司祭は満足したように頷きながら話を続けた。
「地球という異世界からやってきたタムラス様は、今では失われてしまった強力な魔法を操り、仲間と共に魔王を倒し、その後も我々に様々な知恵をお与えになってくれました。本来であればタムラス様を奉り上げなければならないのですが、タムラス様は……英雄色を好むといいますか、手が早い方でしてな、そちら方面であまり尊敬されておりませんので、それならばタムラス様をお呼びになった女神様に、ということになりまして」
レッドとブルーは苦笑いしながら頷いている。
「魔王は倒されました。しかし多くの人々が傷ついていました。タムラス様は孤児に対しても多くの支援してくださっていました。我々もわずかな寄付金で運営していますが、タムラス様の意志を継いで困っている人には手を差し伸べなければなりません。ですので教会がこんなにボロボロなのですよ」
次第に語気を強めて話す司祭の威圧感に、レッドとブルーは思わず寄付を申し出てしまった。
「おお、なんと立派な青年でしょうか。あなたがたにも女神様の祝福があらんことを」
「まだこんなところにいたのですか司祭様、そろそろお時間ですよ」
奥から出てきた青年が困った顔で司祭に戻って仕事しろと促した。
「おやおや、もうそんな時間ですか。ついつい話し込んでしまいましたな。では失礼します」
司祭が戻ると、青年が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「お話の途中で申し訳ありませんでした」
「いえ、大変ためになるお話をしていただきました。実はお話というか、報告しなければならないことがありまして、あなたはここの関係者ですよね?」
青年の名前はシグ。この教会の助祭だと返答がくるとブルーは話を続けた。
「スラムにクルルという女の子がいたのを知っていますよね、縁あってケガした彼女を助けたのです。本人の希望もありまして、そのまま我々が保護する事になったんですが、それでクルルは教会の方に大変お世話になったというのでご挨拶に伺った次第です」
「そうだったのですか、急にいなくなって心配しておりました。皆様のような方に巡り合えるとは良い導きがありましたね」
「我々のことを信じていただけると?」
「怪しい方ならわざわざ報告に来ないでしょう?」
それを聞いて黙っていたレッドが声を上げた。
「ハハハそりゃそうだよな」
「わたしも用事が残っていますので、これで失礼しますね」
シグ助祭が外に出て行くのを見送ると、二人はため息をついた。
「やっぱ年上の人、それも偉い人と話すと緊張するよな」
「俺ばっか話してたじゃん」
「そうだっけ?じゃ俺たちも外に出よーぜ。緊張して腹が減ったよ」
二人が扉を開けると外は大雨になっていた。地面を見ると既に大きな水たまりができており二人が陰鬱な気分になっていると、近くから叫び声が聞こえた。二人が声の方角を見ると人が何かに掴まれて宙を舞っていた。
「あの姿はシグ助祭と、……怪人か!」
「行くぞ、ブルー」
二人は周囲に人がいない事を確認すると変身して助祭と怪人の後を追った。しかし視界が悪く、スラムのごちゃごちゃした作りも手伝って見失ってしまうと、二人は手分けして探すことになった。ブルーが城壁に登って周囲を見下ろすとまだ新しい足跡を発見した。
「この雨の中で外にいる奴なんかほとんどいないはずだ。それにこのへこみ具合、かなりの重さのはず、レッド!聞こえるか」
ブルーがレッドに連絡して城壁を越えて森の中を進む足跡を追跡していると、後ろからレッドが追いついてきて話しかけてきた。
「なあブルー、戦闘は俺に任せてブルーはシグ助祭の救助に向かってくれないか」
「どういうことだ、レッド」
「あの時狼男に言われたことを覚えているか?俺たちは弱い、その通りだ。だから怪人と一対一で戦いたいんだ。もっと強くなりたいんだ。だから頼む」
レッドの真剣な眼差しにブルーは考え込み、やがて答えを出した。
「ああ、怪人はレッドに任す。ただしシグ助祭の安全が確認できたら俺も加勢する、だからそれまでの間だけだ」
「わるいな」
二人はようやく怪人の後ろ姿を捉えるとブルーは回り込んだ。レッドは加速して追いかけて行く。怪人が前方に崖が見えて追い詰めたと思ったレッドであったが、そうではなかった。怪人は掴んでいた助祭を奥にある洞窟に放り投げるとレッドの方へ向き直った。
「オマエが追ってきたのは知ってたピョン」
「ピョン?」
「オマエ俺の事馬鹿にしてるピョン」
目の前にいるカエル男を見て閃くレッド。このまま挑発して洞窟から引き離してブルーに中に入ってもらおう。レッドは瞬間そう考えた。
「馬鹿にしてないピョン」
それを聞いたカエル男は怒って突撃してきた。レッドは攻撃を躱しながらもブルーに目を向けると洞窟に入っていくの見えた。そして戦闘が開始された。
カエル男が助祭を掴んでいた舌で攻撃してくる。レッドはそれを躱すと後ろから木が何本も倒れる音が聞こえてきた。
「こんなふざけた奴がこんな攻撃を持っているだなんて」
レッドは自分の認識の甘さを痛感すると、気を引き締めて攻撃を躱していた。威力は確かに凄まじいが当たらなければ問題ない。観察して相手の動きを読んでいるのか、レッドはカエル男の攻撃に合わせてタイミング良く躱し始めた。カエル男が舌を伸ばすタイミングを見極めて攻撃を躱しながら前進すると無防備になった顔面に向かってパンチを放つ。
「もらった」
攻撃は当たった。しかしレッドの攻撃は効果がなく、手にはぬめっとした液体が付着していた。
「これは油か」
カエル男の柔らかい筋肉、体中にぬられた油、さらに降り続く雨、不安定な足場、全てがレッドの前に立ちふさがっていた。
一方その頃、シグ助祭を救うために洞窟の奥へ向かっていたブルーは、なかなか前に進むことができなかった。敵がいるわけでもないし、罠もない。それでもブルーは奥に進めずに戸惑っていた。
「俺はいったいどうしたっていうんだ」
手足は自由に動くし、誰かに操られているわけでもない。それでも前に進む事だけは体が拒んでいるようだ。
ブルーが前に進もうと必死であがいていると、突然なにかを警戒するように周囲を見渡した。急に動けるようになってブルーは思わずバランスを崩すが、態勢を整えるとすぐに奥に向かって走り出した。奥には助祭とゴブリンがいるだけだった。ブルーはゴブリンをあっさりと倒すと助祭の元に走り寄る。
「大丈夫だ、打撲はあるが息はある。頭にも怪我はないようだ」
ブルーは先程の悪寒を思い出してレッドのことが心配し、助祭を抱えて急いで出口に向かった。出口が近づくと助祭を降ろして一人先を進むとそこには戦いつづけているレッドの姿があった。
カエル男との戦いを続けているレッドであったが、ブルーの姿をはっきりと捉えていた。レッドはカエル男に決定打を与える事はできなかったが、倒す方法をは思いついているのか焦りの表情は見えなかった。
レッドは覚悟を決めたように地面をしっかりと踏みしめると、カエル男が舌を出して攻撃してきた。レッドが左腕を前にだす。雨の中で助祭をしっかりと掴んで離さなかった舌には強力な粘着力があった。レッドはその舌を狙ったのだ。あえて左腕を舌に掴ませると今度は右手で舌を掴み返した。
「ブルー!」
レッドが呼ぶとブルーはすぐさま反応して近づいてくる。カエル男は伸びきった舌を守るためだろうか、レッドの方へ飛びかかると、レッドは舌を掴んだままその場で回転して遠心力を使ってカエル男を遠ざけた。
「や、やめるピョン」
ブルーが目の前に現れた伸びきった舌に手刀を払うと、舌はちぎれカエル男は飛んで行った。レッドはすかさず追いかけて追撃を加える。致命傷を受けていたカエル男の筋肉はそれまでの柔らかさを維持できず、レッドの攻撃をまともに食らってしまい、カエル男は起き上がることはなかった。
勝利した二人であったが、ブルーはボロボロになったレッドを見て声をかける。
「今回も強敵だったみたいだな」
「いや、俺が弱かっただけさ……。あー強くなりてーなー」
その後二人は会話をすることなく、助祭を教会に送り届けると宿に入っていった。雨はまだ降り続いていた。そして彼らを監視する目も止まる事はなかった。