五話 激戦王都 狼男の脅威
巨体ゴブリン男との戦闘の翌日、博士とモモカから報告が行われた。村人からの聞き込みによるとゴブリン男は窮地に陥ると突然変異を起こし、その状態で卵を産むと強化された個体が誕生することが分かった。それを聞いてレッドは呟いた。
「俺が最初に戦ったゴブリンがきっと生きていたんだ。そいつが成長して卵を産んだんだろう。あの時ちゃんとトドメを指しておけば……」
「うむ、儂らは改めて認識しておかねばならぬ。これは人間と怪人との生存競争なのだと」
それから数日後、レッド、ブルー、モモカの三人は王都に向かうことになった。本来であれば護衛のため、言葉を話せない博士の通訳が必要なために誰かが残る取り決めになっていた。しかし三人の精神状態を見た博士が王都でリフレッシュできるのではないかと考えて強引に決めたのだ。
日本から持ってきた博士印の超3Dプリンターで木細工のパーツを製造し組み立てると、現地風の服装、道具を持って王都に向かい旅立った。
「博士、行ってくるわね~」
「うむ、酒に合う旨い土産物を頼むぞ」
三人は家畜小屋を横目に見ながら村を出発すると騒ぎながら森をかけて行く。王都の事を想像して興奮しているのか、はたまた空元気か。アクエルア王国は王都アクエルア周辺を除きほぼ森林地帯となっており、狩猟で生計を立てる者も多い。
森を抜けて道なりに進むこと数時間、小麦畑を抜けると王都が見えてきた。王都アクエルアである。怪人対策に周囲に城塞が築かれている。城門の前には順番待ちの旅人や商人が並んでおり、やがて三人の順番になった。三人は初めての経験に緊張した面持ちだが、村長からもらった認識票を使って無事に王都に入る事ができた。
「ここが王都か~」
「ちょっとワクワクしてきたわね」
「でもなんかこの雑多な感じ、イメージ通りではあるな」
ブルーのそっけない一言に肩をすくめてレッドとモモカはすぐに言い返す。
「わかってないな~」
「す~ぐクールぶるんだから」
居心地の悪くなったブルーは露店の許可をもらうために商業ギルドを訪れること提案した。商業ギルドは比較的最近にできたと思われる綺麗な区画にあった。登録料を払う事で露店の許可証がすぐに発行されたので、三人は試しに露店を開いて木細工を並べてみた。すると見たこともない木細工に目を奪われた住民たちが我先にと購入していき、あっと言う間に完売してしまった。予定外の出来事に時間を持て余した三人は、各自でご飯を食べて街の見物をすることになった。
そして2時間後、約束した時間になると三人が集まってきた。
「ちょっとそんなの買ったの?早くしまいなさいよ」
モモカは大量の買い物をしたレッドを見て辟易した表情になったが、レッドからプレゼントがあると聞くと一変させた。
「レッド大丈夫?前の戦いで頭でも打ったの?まあいいわ、なにかしら」
態度とは裏腹に声が弾むモモカ。しかし買い物袋を開けると表情が曇り、モモカの拳がレッドのお腹を捉えた。袋を覗いたブルーも呆れた表情をしている。レッドも確信犯なのか苦笑いだ。
「私にこれを付けろって?」
モモカはレッドから渡されたプレゼントのおもちゃの尻尾を見つめてがっかりしていると、博士から通信が入った。
「モモカ、無事か?」
「ええ、博士。大丈夫だけど、どうしたんですか?」
「実はモモカのすぐ側から怪人と思われる魔力を感知したんじゃ」
それを聞いて三人は周囲を警戒したがなにも発見できなかった。博士は誤作動かと疑ったが、今度はレッドから同じ反応があった。その手にはモモカから返されたおもちゃの尻尾があった。なにかに感づいたブルーがレッドから尻尾を取り上げると今度はブルーの側から反応があると博士の通信があった。
「これで決まりだな」
「どういうことじゃ?」
ブルーが皆に説明すると、博士は緊張した面持ちで話し始めた。
「実は先程から少しづつではあるが、魔力が強くなっているのじゃ。すまんが、その尻尾とやらをこっちに持って来てくれんか。なにか嫌な予感がするんじゃ」
三人の中で一番足の速いブルーが博士に届けることになった。残された二人はレッドが尻尾を購入した店主の元に向かったが既に店主はおらず、街中を探しまわっていると博士から通信が入った。
「緊急事態じゃ、この尻尾を付け続けるといずれ狼男になってしまうやもしれん」
「「なんだって」」
博士が実験に使ったマウスを横目でみると、話している間にもマウスは狼のような耳が生え、毛が伸びてきていた。事態を知った二人は尻尾を回収するために店主の捜索を再開すると、日が暮れる前にようやく発見することができた。
店主に販売を止めるように話したが受け入れてもらえず諦めて、すべての尻尾を買い取ることになった。さらに店主から話を聞くと既にいくつかの尻尾が売れていることが発覚した。一つはレッド、一つは少年、一つは上品な御婆さん、これはおそらく孫へのプレゼントだろうとのことだ。二人は状況を博士とブルーに説明するためにひと気のない場所に移動したが、やや離れた所からそれを見ている人影があった。それは尻尾の本来の持ち主、怪人狼男であった。
二人が通信しようと右手を耳に当てた瞬間であった。狼男はすぐさま距離を詰めて跳躍するとレッドの背後に迫り、横蹴りを繰り出す。レッドは無意識に振り向いてガードしたが吹き飛ばされ、あろうことか井戸に頭をぶつけて気を失い、荷物を持ったまま落ちてしまった。
モモカは驚いたが、すぐさま腕を交差させて叫んだ。
「クロースフラッシュ」
光の中から現れるローズを見て狼男が驚いた。
「なるほど、最近怪人が減っているのは貴様らの仕業だな?」
流暢に言葉を話す狼男に驚いた様子のローズであったが、すぐさま飛び込んで蹴りを放つ。
「行儀の悪い嬢ちゃんだな。だが好みだぜ、貴様にも俺の尻尾を付けてやろう」
話しながらもローズの攻撃を避け続ける狼男。ローズを甘く見ているのか、にやつきながらぎりぎりで避けている。これまでにない強敵にローズは焦っているのか、攻撃が雑になっていた。
「付けたらどうなるっていうのよ」
「ようやく話したか、まあいい。教えてやろう。俺の魔力が最大になる時、尻尾を付けた箇所から侵入し、やがて俺に意識を支配され狼男となるのだ。そしてそれは満月の夜、もう間もなくだ、ハッハッハッ」
「そう、そうだったのね。レッドのやつ……よ」
余計な事を、そう言いかけたのだろうか。むしろレッドのおかげで狼男を見つけられたのだ。ちらりとレッドが落ちた井戸に目を向け、ひとり頷くローズ。
話し終わった狼男が攻撃を始めるとローズは防戦一方になった。ローズも攻撃を出そうとするが、狼男はその瞬間を狙って小さな攻撃を挟んでくる。実力も経験も上の相手にローズは追い込まれていった。
狼男がローズの防御の隙間をついて攻撃してくる。ローズも致命傷だけは避けようとしているが、その分他の攻撃への対処が遅くなり態勢が崩れてしまった。狼男がそれを見逃すはずもなく、大きく吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた先、そこはレッドが落ちた井戸であった。しかしこれは偶然ではない。ローズは体を小さく丸めてくるっと回転して着地すると間髪入れずにレッドの方へ向かう。そしてこれからとどめを刺しに来るであろう狼男待ち構えていた。この攻撃を外したら……、一瞬そんな不安な表情になったが、そんな不安を振り払うかのように首を左右に振っていると、狼男がローズを追って井戸に飛び込んできた。
落ちてくる狼男に対してカウンターをとる態勢をとっていたローズだが狼男は落ちてこなかった。両手両足を精一杯伸ばして落ちないように体を支えていたのだ。
「俺が落ちてくるのを待っていたんだろう?残念だったな、ハッハッハッ」
だがそれを聞いてもローズは落ち着いた調子で話し始める。
「ええ、とても残念だわ。でもこれならどうかしら?」
そういって上にいる狼男に向けて何かを放り投げた。それはレッドが博士のお土産に買った、ものすごい異臭のするチーズであった。狼は人間の百倍以上の嗅覚と言われているが、狼男も同様のようだ。狼男はおもわず鼻を塞ごうとして手を当てると、ローズの待つ井戸の底めがけて落下していった。
「お、お嬢さん。ちょっとお待ちになって、ね?」
狼男が落ちながら命乞いをするとローズは力を溜めながら答えた。
「待つわけ、ないでしょーが」
ローズは狼男の大きな口に拳を振り上げると、油断せずに次々と攻撃を繰り出し狼男に勝利した。
ローズはすぐさまレッドをたたき起こすと状況を説明して、尻尾を購入した二人の捜索を始めた。幸いにも一人はすぐに見つかった。上品なお婆さんは孫にプレゼントしようとしたが、孫は見向きもしないので焼却炉に捨てたというのだ。焼却炉からは既に炎があがっていた。
話を聞いて複雑な表情になった二人であったが、気を取り直して少年を探し続けると、ようやく尻尾を付けた少年を発見した。
「良かった。ズボンのポケットに挟んでいるわ。あれなら大丈夫なはずよ」
レッドとモモカは少年に話しかけて危険を説明した。しかし少年は尻尾を気に入っており手放そうと考えなかった。二人がどうしようかと迷っていると少年は人ごみにまみれて逃げ出した。慌てていた少年は青年にぶつかって転んでしまったがすぐに立ち上がると遠くへ駆けて行った。
二人はすぐに追いかけようとしたが、それを止める様に声がかかる。
「もう大丈夫だぜ、おふたりさん」
声の主はブルーであった。
「どういうことなの?」
「さっきぶつかった時に入れ替えておいたのさ。彼が付けているのは博士が作った偽物さ」
それを聞いたレッドとモモカはその場に座り込んだ。安心したのだろうか、あるいはこんな時でもかっこつけてるブルーを見て呆れたのだろうか。
疲れ果てた二人を見てブルーは宿に泊まることを提案すると、二人は力なく了承したのだった。