その89 馬車を降りることになりました
「魔族を連れて旅をするとか信じられんな! 俺は魔族と一緒に旅をするなどゴメンだ!」
ハンスは俺が二アを連れて行くという発言を聞いて呆れている。グレンとバウアーも言葉にこそ出さないが、驚いた顔を見せている。
「分かりました。それじゃあ俺と二アの2人はここで馬車を降りて、サームまでは歩いて行くことにします。それなら文句はありませんよね?」
「フン!」
ハンスはそっぽを向いてしまったが、反論はしなかった。
つい、そう言ってしまったが、ここからサームまではかなりの距離がある筈だ。俺はともかく、二アは大丈夫だろうか? 二アを何日も歩かせるのに申し訳ない気持ちはあったが、自分に憎しみを向ける者と一緒に居るよりは良いだろう。
「すみません。俺達はここで降りるので、馬車を止めてもらっても良いですか?」
「分かりました」
俺が御者に馬車を止める様に頼むと、ハンスとの会話を聞いていたのか、御者は何の躊躇いもなく馬車を停止させた。
御者としても魔族の二アを乗せているのは嫌なんだろう。
「リュート。お前も降りるぞ」
「キュイ! キュイー!」
俺が干し肉の入った袋と水筒を手にし、馬車から降りる素振りを見せると、リュートは俺の意図を察知したのか、アンナの元を離れ、俺に付いて来た。リュートがこちらへ来るのと同時にジェシカが俺の傍に寄ってきた。
「この服を使って。その娘の今の服じゃ、色々と不便だと思うから」
そう言ってジェシカに渡されたのは、女性用の服とスカートだった。
サイズ的にアンナの着替えに用意していたものだろう。
確かに囚人服では街に入るのすらままならない。二アは角さえ見られなければ普通の人間との区別はつかないので、街に入ることも可能だと思う。
「ありがとうございます」
俺は干し肉の入った袋に水筒も一緒に入れて、リュートの身体にくくりつけ、空いた左手で服とスカートを受け取った。
右手を使い、お金の入っている袋から金貨を10枚取り出すと、ジェシカに差し出した。
「これは服の代金です。受け取って下さい」
「こ、こんな大金貰えないわ...。その服は安物だし、干し肉のお礼として受け取って頂戴」
「気にしないで受け取って下さい。俺はどうせ元の世界に帰ったら、お金なんて持ってても意味がないので。サームに着いたらアンナちゃんと美味しいものでも食べて下さい」
遠慮をするジェシカに無理矢理金貨を握らせると、諦めたのか受け取ると、何度も俺にお礼を言った。
「二ア。じゃあ行くよ」
「はい」
「リューちゃん。シオンお兄ちゃん。またね!」
俺達が馬車を降りると直ぐに馬車は発進した。馬車の後では俺達の姿が見えなくなるまで、アンナがずっと手を振ってくれていた。




