その8 独りきりで旅立つことになりました・・・
「大樹! やり過ぎだぞ」
「だけどよぉー、慎吾。コイツのせいで、1年間も春香と会えなくなると思うと腹が立ってきてよぉ!」
ひょっとしたら、大樹は春香のことが好きだったのかも知れない。明らかに正反対の2人だとは思うが、逆にそんな所に引かれたんだろうか。やはり俺には男女の恋愛事情のことは分からない。
「吉村君。君がやったことはこの国の人達にとって、許されないことだと言うことは分かるよね? 君はこの国の人達の希望を1つ奪ってしまったんだ」
「そうよ! アンタのせいで皆が迷惑してるんだからね! えーっと...アンタなんて名前だっけ?」
千恵は俺の名前すら知らない様だ。千恵とは1年の頃からずっと一緒のクラスだったというのに、名前すら知られてないとは、やはりモブキャラである俺の存在など、そんなものなのだろう。
周りを見ると兵士や王、老婆が白い目で俺を見ている。あの美しく気品のあったエリザベス王女でさえも、まるで汚い物でも見るような目で俺のことを見ている。
「私の軽率な行動で、この国に迷惑を掛けてしまい本当に申し訳ありませんでした!」
生まれて初めて土下座をした。頭を床にこすりつけながら俺は何度も謝った。惨めだ・・・そんな自分に涙が止まらなかった。異世界なら強くなれると勝手に思い込んでいた自分。伝えたい気持ちが誰にも伝わらない悲しみ。1人として俺の存在を受け入れてくれる人間がいないこと。
色々な思いが溢れて、流れ出る涙を止めることが出来なかった。
俺の謝罪に対して反応をしてくれる人間は、誰1人としていなかった。
この城を出よう。ここに居ては駄目だ。そう思った俺は、おそらくこの部屋の入り口だと思われる扉へ向かい足を進めた。俺のことを止める人間は当然のようにいなかった。
城の構造も分からないので、城を出る為に城内を適当に歩いて回った。通り過ぎる人達がみんなこちらの方を見ている。俺の格好は向こうの世界の学生服のままなので、転移者だということが一発で分かってしまう。
紺色のブレザーにチェックのズボン。こちらの世界の格好とは違い過ぎて非常に目立つ。先ずは何とかして、こちらの世界の衣服を手に入れる必要がある。
適当に城を歩いていただけだが、城の入り口らしき場所に到達することが出来た。入り口には門があり、その門は開いた状態で4人の兵士によって警備されていた。
さて、どうやって外に出ようか? 取り敢えずは、先程の王の話を参考に兵士に話し掛けてみよう。
「すみません。王様に言われて、南にある[ヤブン]の冒険者ギルドに向かう所なのですが、通っても宜しいでしょうか?」
「ああ、異世界から来られた方ですね。どうぞお通り下さい。あなた方はタリアの希望です。どうかこの国をお救い下さい」
少し胸が痛かったが、城から出る事には成功した。とにかく今は、この国の情報を仕入れておきたい。
俺は南にあるという[ヤブン]へと向かうことにした。