その78 話さなければいけない義務はありません
止まっている馬車の車輪の周りで御者の2人が何か話し合っているのが確認出来る。
「何かあったんですか?」
「あ、貴方は? ハンスさんからヒュドラと戦いに行ったと聞いたのですが、ご無事だったんですね!?」
「ええ。まぁ...それより何でこんな場所に馬車が止まっているのですか? もうとっくに先に行っているものだと思っていました」
「それが...ヒュドラから逃げている時にスピードを出し過ぎたことが原因で、車輪に問題が起きてしまったんです。幸いにも簡単に直せる程度の破損でしたので、直ぐに走れるようになりますよ。貴方も馬車に乗って待っていて下さい」
この先、サームまで徒歩で行くことを考えて気が重くなっていたが、アクシデントが起こったことで馬車に追い付くことが出来た。
他の人には悪いが、俺に取っては助かるアクシデントだ。
俺が馬車に乗り込むと全員が驚いた顔でこっちを見ていた。
「無事だったのか!?」
ハンスが俺の近くへ近付いてきた。俺が無事なことが余程信じられないのか、その顔からは相当な驚きが感じられる。
「ヒュドラはどうしたんだ?」
グレンが馬車の奥に座ったままで俺に声を掛けてきた。グレンの隣にいるバウアーは俺を見ているだけで、何か言葉を発することはなかった。
「ヒュドラなら倒しました。それでサームまで徒歩で向かおうかと思っていたところで、この馬車を見付けたんです」
「ヒュドラを倒しただと? もしそれが本当ならアンタは俺達に何かを隠しているな?」
グレンは疑っているようだ。確かに俺のステータスでヒュドラを倒すなんて真似は不可能に近い。俺がグレンの立場でも当然疑うことだろう。
だからと言ってバカ正直に五十歩百歩のことを説明する必要もない。俺は〖ホワイトアイ〗には入らないと決めたのだから...。
「仮に俺が何か力を隠していたとしても、それを話さなければいけない義務はありませんよね?」
俺はバウアーを犠牲にしようとしたグレンに対して怒りを覚えていた。
「何だと!?」
俺の言い方が気に触ったのか、グレンが起ち上がりこちらへ向かってこようとするが、それはバウアーによって止められた。
バウアーは右手でグレンの左手を掴んでいて、グレンが振りほどこうとしても振りほどけないようだ。
「グレン。止めろ。シオンは間違ったことは言っていない」
「ちっ!」
グレンは諦めたのか、再びその場に座り込んだ。
「それにしてもヒュドラがこんな場所に出現することなどない筈なんだが...ヒュドラとの戦闘で何か気になることはなかったか?」
戦闘後に現れた異世界人はヒュドラのことを知っている口振りだった。
むしろ、あのヒュドラの出現自体が奴等の仕業なのではないだろうか。
俺はヒュドラを倒した後に現れた異世界のことをハンスに伝えた。
「何だと!?」
俺から異世界人の話を聞いた時のハンスの驚きは、俺の生存を確認した時以上のものだった。




