その59 誰だって死にたくはありません!
恐る恐る目を開けると、目の前には白眼を剥き出しにした男の死体があった。それを見た瞬間吐き気が込み上げてきた。
「ぐっ、うぁっ!」
人を殺してしまったという現実に心がおかしくなりそうになる。
「こっ、こいつ! よくも仲間をやりやがったな!」
もう1人の男が剣を振り上げながら襲ってきた。
男に目の前で振り下ろされた剣を横に転がりながら必死に避けると、俺は男の武器を奪うべく、左手を男に向けてスティールを使った。
『スティール!』
そう唱えたが、辺りには静けさが漂うだけで何も起きなかった。
SPが足りないのか? いや、違う! スティールはさっきの男のスキルだったが、今の俺のステータスは目の前の男のものへと変化をしているんだ。スキルを確認したが、現在俺が使えるスキルは村人の一撃だけだった。
何とかしなければと思った俺は、必死に男の足にナイフを突き立てた。
「ぐうぅっ!」
俺が突き立てたナイフは男の靴の上から足へと突き刺さった。
「痛ってぇ! 何しやがんだ!」
男に身体を蹴飛ばされると後方に飛ばされ、馬車の側面に背中をぶつけた。
「くうっ!」
蹴飛ばされた傷みよりも、背中を打ち付けた傷みの方が上だった。
男は俺に近付き大きく剣を振り上げた。
「うわぁぁぁ!」
俺はナイフを構え、必死で男へ体当たりをした。男に当たった瞬間にグサリと鈍い音がした。
「ぐっ、うぅぅ...」
俺は闇雲に体当たりをしただけだが、右手のナイフが男の腹部に突き刺さっていた。
さっきの男の場合は刺さった場所が胸だったので、直ぐに息絶えたが、今度は腹部に突き刺さっている。男は苦しそうな声を上げながら両手で腹部を押さえている。
男は腹部を押さえる為に剣を床に置いている。俺は直ぐに左手でその剣を拾い上げた。
「た、助けてくれ...死にたくない...」
勝手なものだ。自分はついさっきまで俺を殺そうとしていたくせに、自分が死ぬのは嫌だということか? 誰だって死にたくない。そんなのは当たり前だ。お前達が馬車を襲ってこなければ俺だって誰も殺さずにすんだんだ! お前達さえこなければ! 気付くと俺は左手の剣を男の喉元に突き刺していた。
「カ...カッ...カァァ...」
男は声にならない声で苦しみながらその場に倒れた。
俺が刺した首からは大量の血が噴き出している。俺は短時間の間に2人の人間の命を奪ってしまった。
「こ、こっちに来るな!」
3人の内、最後の男が俺の顔を見ながら怯えている。男は持っている少し短めの剣をアンナの首元へと突き付けた。
「来るんじゃねーぞ! 来たらこのガキの命がなくなるだけだぞ!」




