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ふて腐らずに何とかやってます

 プロローグ


 気が付くと、一面に白い光景が広がっていた。いや、この場合は全面といった方が正しいだろうか。上下左右どこを見渡しても、分かるのはただ白いということだけ。空と地面の境界すら定かにならず、唯一足が地を踏みしめる感覚だけが、自分という個の存在を証明している。そこはどこまでも続いている真っ白な空間だった。

「ここは、一体……。」

 思わず、そんなありきたりな言葉が出た。

「いやほんとになんだ、ここ?明らかに普通の場所じゃないし、周りに何もないし……地面?はあるみたいだけど……。」

 とりあえず、暫定地面に座って考えようと胡坐をかく。

 普通、突然前後不覚になるような場所に投げ出されれば取り乱してもおかしくないと思うが、不思議と心は平静を保っていた。しかしそれは、この場所自体に心を落ち着ける働きがあるかのような不自然なものに思えた。

 と考えたところで、奇妙なことに気付いた。(奇妙だなんて今更だが。)

「温度が、ない?」

 景色の異常さに気を取られて気付かなかったが、体や地面を触っても、触った感覚はあるのに温かいとか冷たいとかが一切分からなかった。試しに手を擦り合わせるが、熱くなる気配はない。

「いよいよおかしいというか、これはもうつまりあれだ。夢ってことだな。」

 いわゆる明晰夢という奴だろう。今まで見たことはなかったけれど、こんな感じなのかーー

「いいえ、夢ではありません。」

 突然、思考を遮るようにどこからか声が聞こえてきた。

「ぅえ!?何?誰?」

 いきなり聞こえた声に驚きながら周囲を見回すも、相変わらず白い空間が広がっているだけで声の主の姿は見当たらない。

「探しても私の姿は見えませんよ。私に明確な実体はありませんから。」

 姿は見えず、声もどこから聞こえているのかはっきりしない。まるで頭に直接情報を流し込まれているようで気持ちが悪い。なんとなく上を向いて、

「は?えっと、それってどういう……というか、そもそも誰なんだ?夢じゃないってのは?じゃあここはどこなんだよ?」

 訳の分からないことを言う相手に、つい疑問をまくし立ててしまう。すると、

「私は世界を管理しているモノです。ここは死んだ者を呼ぶ場所であり、あなたは死んでここに呼ばれました。故に夢ではありません。」

 さらに訳が分からなくなることを言ってきた。

「いや……え?世界を管理って……てか俺が、死んだ?いや、いやいやいや。そんな訳ないだろ。こうして普通に話してるし、体だってあるんだし……。」

 言いながら、尻すぼみになってしまう。どう言おうと、ここが異常の空間であることは疑いようがない。夢を見ているとか仮想現実の中とか言われた方がまだ納得できる。でも、もしそうでないとしたら、本当に……。

「いいや、やっぱり信じられないな。あんたの世界の管理者ってのも胡散臭すぎる。中二病かよ。ほんとはここが夢みたいなもの で、あんたは外から交信しているとかじゃないのか?姿がないのも、直接は入れないからとか。そうだろう?」

 そう、少し縋るような気持ちで言う。我ながらとんでもな考えだと思うが、死んでいる、などという話を真に受けるよりよほどいいと思った。だが、

「そうですか。信じられないというのであれば、それでも構いません。あなたの理解は重要ではありませんので。」

 と、突き放すような声が返ってきた。予想外の答えにあっけに取られてしまうが、声の主はお構いなしに続けた。

「では本題ですが、あなたには元居た世界とは異なる世界に行っていただくことになりました。そして、そこで生きてもらいます。」

 その言葉に、俺は驚きよりも先に困惑した。

「どういうことなんだよ。本当に意味が分からないぞ?もっとちゃんと説明してくれよ。」

 気を取り直して尋ねると、

「言った通りです。あなたは死に、私がここへ呼びました。あなたにはこれから異世界へ行って生きてもらいます。」

 先程と同じことが繰り返し語られる。暖簾に腕押し状態のやり取りにもどかしさが募る。しかしどうやら話は聞いてくれるようだと分かった。そこで、

「じゃあ、なんでそんなことを?世界の管理者のくせに、俺一人に構ってるなんておかしいだろ。」

 と、色々不可解なことを棚上げにして、別の角度から質問することにした。

「私は意識と言えるものを多重に存在させていますから世界の管理に支障はありません。あなたを異世界へ送る理由は、そうすることによる世界への影響を確認するためです。」

 序盤に何やら宇宙な内容が混じっていたが、ともあれ問題ないらしいとぐっと飲みこんで最も重要なことを尋ねる。

「俺は…元の世界へは戻れないのか?別の世界に行けるなら、戻ることもできるんじゃないのか?」

 ここまで来ると、もう夢であるとは思えなくなっていた。夢にしては意識がはっきりし過ぎだし、自分の想像外の事柄が多すぎだ。だったら、ここが死後の世界だろうが何だろうが、戻れればいいのだからそこを聞き出そうと思った。

「それはできません。本来、死んだ後その魂と言えるようなものは世界から完全に消滅します。ですがあなたの場合は私が消滅前 に保存したので今も残っています。私の目的は先ほど言いましたが、あなたを生き返らせても保存した意味がなくなりますから。あなたに拒否権はありません。」

 果たして、返ってきた答えは最悪のものだった。死んでるにせよ生きてるにせよ、今の言葉で抵抗する選択肢が消えた。もし俺が生きて閉じ込められているのだとしたら、逆らえば殺されるだろう。死んでいるのならそのままだ。死しかない。

「要するに、言うことを聞くしかないのか……。」

「ええ。理解したようですね。」

「どうして俺なんだ?自分で言うのもなんだが、至って平凡な人間だぞ?」

 半ば自棄になりながら、自分に実は特別な素養か何かがあったのかと少しの期待を込めて聞く。

「私はあなたの居た世界で一定の文明を築いた知的生命体の中から無作為に一個体を選んだに過ぎません。あなただから選んだ、のではないということです。」

 しかし返ってきたのは無慈悲な、偶然という回答。自分の不幸に思わず溜息が出た。

「人間であるのすら偶然ときたか…。」

 もう戻れないのだろうという不安が徐々に確信へと変わっていき、同時に寂しさが胸に去来する。もっとやりたいことが沢山ーー

「話が長くなりました。そろそろ行ってもらいます。」

 感傷に浸ろうとした瞬間、こちらの感情など取るに足りないと言わんばかりの声が掛かる。

「少しは考える時間くらいくれよ…。で?どんなとこに行くんだよ。」

 まだ話を全て信じてはいないが、こんな真っ白い頭のおかしくなりそうな場所でないところへ行くのならもういいかと投げやりになっていた。

「環境は元居た世界と大差ありません。十分生存可能です。それと、そちらを観測するに当たって私の分け身を〝目″としてあなたにつけます。」

 分け身?目?新しく出た言葉にどういうことかと考えたのも束の間、

「うわっ!」

 目の前で突然強い光が生じ、目を閉じて身構えた。そして数秒程だろうか、光が収まったのを感じ恐る恐る目を開ける。するとーー

「へ?」

 目の前1メートル程のところに女の子が立っていた。しかも滅茶苦茶美少女だ。腰ほどまである艶やかな黒髪。肌は白くシルクのようで、黒髪とのコントラストが映える。無表情で感情は窺えないが、そのつり目が気の強さを感じさせる。そしてこちらを見据える金色の瞳が、彼女の存在を神々しいものであるように思わせた。ワンピースのような服を纏い立つ姿はそれだけで一枚の絵のようだった。

 ここへ来て初めて会う人というのもあって、しばし彼女に見惚れてしまう。実際に思考が止まったのはほんの一瞬だったろうが、数分にも感じられた停滞からはっと我に返り、声をかけたほうがいいだろうかとどぎまぎしていると、

「それをあなたにつけます。向こうへ行った後、多少のサポートになるでしょう。では行ってください。」

 やはりこちらのことはお構いなしにかけられる言葉に、最後まで一方的だな。と思うも、そう締めくくられた瞬間、視界が暗転し、意識が闇へと落ちていったーー。


暗く、暗く、ひたすらに暗い。何も見えず、何も聞こえず、頭もぼんやりとして、自分があやふやになっていくような、そんな闇。海の底はこんな感じなのだろうか、と、ぼやける頭で思う。このまま漂っていれば、どこかへたどり着くだろうか、それともさらに沈んでゆくだろうか。この暗闇に身を任せてしまいたいような気持ちが生まれる。

ふと、何も見えなかったはずの闇の中、小さな光を見つけた。自然と手を伸ばしてつかもうとする。すると、徐々に光が大きくなってくる。膨らんだ光は段々と視界を覆い、暗闇はその領域を狭めていく。そして、全身が光に包まれた。


「うぅん…」

 眩しさを感じ、目を開けた。まず目に入ったのは青空、そして眩しさの原因である太陽だった。どうやら寝転んでいるらしい。若干の気だるさがあったが、状況を把握するために体を起こす。周りは一帯が草原となっていて、花などがそこかしこに咲いている。吹き付ける風が眠りから覚めた肌を撫で、心地よい。もうひと眠りしたくなる、のどかな風景だった。

「ここは…どこだ?」

 なんだか少し前にも同じようなことを言った気がするが、まだ寝ぼけているのかよく分からない。ひとまず誰かいないかと立ち上がって視線を巡らせる。すると、

「目が覚めたのね」

「うへぁ!?」

 いきなり背後から声を掛けられ、頓狂な声を上げてしまった。驚きのままに振り返る。そこには美少女が立っていた。

腰ほどまでのびた光沢のある黒髪、整った顔立ちに、神々しさを感じさせる金色の瞳が二つ、自分と同じ高さでこちらを捉えている。と、そんな風に思ったところで先程と同じような既視感を覚えた。日本人のようには見えないが、外国人とも思い辛い不思議な形容を感じる容姿だ。しかし何より整っていて、目の前の女の子に見惚れる。

「うわ、かわいい」

 思わず声が出てから、まずいと思った。

「ふむ、異常は無さそうね。良かったわ」

 気にも留められなかった。それはそれで悲しくはあったが、一人で得心されたままでは困る。

「えーと、なんて聞けばいいか……色々と、

 どういうこと?」

とりあえず、ふわっとした質問になってしまったが、話の入りにはなるだろうと切り出してみる。

「何についてか分からないけど、今のは転生の影響が出ているかどうか見ていただけよ」

 転生?どういうことだろうか。確か仏教かなんかの思想に合ったような気がするけれど…。すると、こちらの表情から不理解を感じ取ったのか、

「あなた、本体わたしの話を聞いてなかったの?あなたは死んでこの世界に転生するって、そう説明したでしょう」

 いやそんなこと言われても…、というかそもそも、

「君と話すのって今が初めてだよ…ね?」

 まだ思考がはっきりしないのもあって、少し自信なさげになってしまったが、こんな美少女と会っていたら忘れないと思う。

「ここにいる分身わたしじゃなくて、本体の本体わたしに よ……あなた、まさか憶えてないの?」

 え?とやはり戸惑ってしまうが、事情を知っている素振りの彼女なら何か分かるのだろうか?

「こっちに来る時に上手くいかなかったのかしら…」

何も分からないこちらをおかまいなしに、彼女は顎に手を当て、横目でこちらを見ながら考え込み始めた。こちらは話しかけるタイミングを失ってしまい、言葉を飲み込んだ。

十秒程経って、若干の気まずさを感じ始めてきたところで彼女はこちらに向き直った。

「よし。あなた、自分が誰かは憶えている?名前、年齢、出身とか。どう?」

 そして聞いてきたのは意図の分からない質問。ではあったが、とりあえず答えようとして、

「えーと、出身は日本で歳は十七、いや十八だったかな?で名前は……」

 そこまで言って言葉に詰まる。何かおかしい。いつもならこんなことは考えなくても声に出せる筈だ。それがどれだけ考えてもぽっかりと穴の開いたように出てこない。というか、いつもとは何だろうか。日本にいるのは憶えているし間違いない筈なのに、どんな風に過ごしているのか、過ごしてきたのかが完全に空白になっている。むしろ、なぜ今まで何の違和感もなかったのか不思議な位だ。考える程にその違和感は膨れていき、徐々に不安が押し寄せてくる。心臓の鼓動が速まり、今までしっかり踏みしめていた筈の地面すらふわふわとした物に感じられてくる。

僕は若干のパニックに陥りかけていた。

「なるほど。なんとなく分かったわ。やっぱり、記憶が一部無くなっているみたいね」

 黙り込んでしまった僕を見て、彼女は何やら得心したようだった。

「大丈夫?ボーっとしてるけど。まあ見知らぬ場所でいきなり記憶喪失になっていたら無理もない、のかしら?」

 なぜ最後が疑問形なんだろう。と思わず心の中で突っ込んで、「記憶がないのを考えててもしょうがない」と言う理性が働き始めたのでぶんぶんと頭を振って切り替える。

「ああ、うん。もう大丈夫。多分」

「そう。それは良かった」

 大丈夫だと思いたい、というのが本当のところではあるが。それよりも、そろそろ彼女が一体何者なのか知りたいところだ。先程からの口振りからすると事情を分かっているようだし、僕自身の事も知っているかもしれない。

「ところで、君は一体誰なの?あ、こういう時、まず自分から名乗れってよく言うけど、記憶喪失だからノーカンで」

 こういう慣用句は憶えているのに記憶喪失とは一体どうなっているんだろう。それとも記憶喪失ってどれもこんな感じなんだろうか。

「私?あーはいはい憶えてないのよね。どこから説明したものかしら…あなた、転生直前に何を聞いたと話したとか、分からない?」

 ふむ。何のこっちゃ。

「何のことやら、って顔ね。分かったわ、じゃあ面倒臭いけどもう一度最初から簡単に話すわね」

 面倒臭いとか言われると非がなくても少しばかり罪悪感を感じてしまうので止めていただきたい。

「まず、あなたは元の世界で一度死んで今いるこの世界に転生してきたの。記憶が無くなってるのはその副作用ってところじゃないかしら。私はあなたを転生させた存在、まあ分かりやすく言うなら神みたいなものね。その分身、というか観測する目としてあなたに付いていくように作られた端末よ。本体の私があなたを転生させたのは、異世界に生命体を転生させた結果を観測するためだから。ざっとこんな感じよ。分かった?」

 早口ではないものの、一気に話されたので飲み込むのに少しかかったが、

「まあ、なんとなく」

 つまりここは異世界で、日本じゃない。彼女は神様の付けたガイド役って感じだろうか。にわかに信じ難くはあるが、疑っても状況が好転する訳じゃなし、とりあえず受け入れることにする。細かいことはまた次に聞こう。後はーー

「それで、君の名前は何て言うの?そして僕の名前は何て言うの?」

 さっきから彼女を彼女や君としか呼称出来ていないのでここで知っておきたいところだ。あと神様の分身というなら僕のことも教えて欲しい。

「名前?そんなもの無いわよ。あなたの名前も知らないわ。本体わたしは一個体の識別記号なんてどうでもいいもの」

「そんな殺生な」

 果たしてバッサリだった。呼び名には困るし、名前も知らないなら僕のことは全く聞き出せないと考えていいだろう。そして打つ手が無くなり、天を仰いだーー。

 この間約五秒。それで現実逃避をやめる。

「…どうしようか。流石に呼び名がないと何かと面倒だと思うんだけど」

「知らないわよ。好きにすればいいじゃない」

「本当に暖簾に腕押しというかなんというか…。それじゃあ…あ、さっき、僕は死んだって言ってたよね?」

「ええ。転生だもの」

「なら、幽霊みたいなもんだし、レイでいいかな。幽霊の霊で。安直だけど」

「そう」

「君はどうする?」

「だからどうでもいいって…まあ、じゃあ、セナでいいわ」

 意外とすんなり決めてくれた。どうでもいいと言っていたけれど、少しは気になったのだろうか。

「えーと、じゃあ呼び方も決まったところで、これからどうしようか?」

 このままここで立往生している訳にもいかない。とはいえまだ何の指針もないため話し合おうという意図だったが、

「好きにすればいいわ。私はついていくだけだから」

 とやはり打てども響かない。仕方無く、少し考えて、

「ここは開けているし、ここを中心に辺りを探索するのはどうかな。それでここで野営する感じで」

 見たところ、僕たちがいるところは開けているものの周囲は木々に囲まれていて、空はよく見えるがここが高地か低地かも分からない。だから無闇に動いて遭難するリスクより

中心地を決めて動いた方が良いと思ったのだが、

「どうしたって構わないけど、今知らない場所で野宿は危ないんじゃないかしら」

 そう言われ、それはそうだと気付く。そもそも何の道具も持っていない上、道具を作ってサバイバルするような知識も無い。夜になって火を起こせるかすら怪しいのだ。セナも道具らしい道具も持っていないようだし、凶暴な野生動物に襲われでもしたら目も当てられない。

「そうだな。移動して現地人でも探す方が……って、そもそも人がいるのか?」

 今更ながらにそう懸念する。異世界と言われたが、ならば当然あるものやいるものも違うはずだ。人が居ないどころか、危険生物まみれということも十分考えられる。

現状が存外に楽観視出来ないことを悟り緊張する。少し黙り込んでしまって、

「それは大丈夫だと思うわよ。その辺も含めてここに転生したはずだし」

 と言われる。が、少し引っ掛かる物言いだ。

「はずって、セナが決めたんじゃないの?さっき分身とは言ってたけど」

「ええ。だから少しは本体あっちと繋がってるけど、少しのことしか分からないわ」

「それ、連絡とか取れないの?」

「応えないわよ。根本的にはどうでもいいのよ」

「なんて適当な……。本当に大丈夫?それ」

 正直不安要素しか無いのだけれど。

「まあ大丈夫でしょ。一応、あなたに命の危険があったら守ることになっているし」

「え、何それ」

「何って、死なれちゃデータが取れないでしょう?」

 まあ理由は分かるが……。セナを改めて見る。身長は自分と同じくらい。手足は細すぎないが少女らしく華奢に見える。

「なんとなく考えてることは分かるわ。安心して。見た目よりも力はあるから」

 視線から気付いたのか、そう言ってくる。

「あ、そうなんだ。神様パワーみたいな?いや、それでも何というか……」

 歳が同じくらい(多分)の女の子に守ってもらうというのはこう、何かもやもやとした感じがする。それで良いのかと。

「何よ、面倒臭いわね。もういいでしょ。何度も言うけど大丈夫よ」

 煮え切らない態度にしびれを切らしたのか、そう言って話を切り上げられてしまった。

 ともあれ、一応余裕はありそうな事が分かり安心する。そう気持ちを切り替え、

「あー、じゃあまあ、どこか見通しのいい所か、人がいないか探そうか。」

 セナに問い掛ける。

「そう」

 果たして返事は、やはりつれなかった。

 兎にも角にもとりあえず、人の住んでいる場所を目指して移動することになったのだった。

 僕達がいたのは森の中の少し開けた場所だったようで、周りを探索すると幸いにも森の中へ続く人道らしき道が見つかった。これでおそらく人のような生物はいるということになり、ほっとする。意思疎通ができるかは別問題だけれど。

 ひとまずその人道を歩くことにし、道すがら、セナにこの世界のことを聞いてみた。終始面倒そうな表情はしていたものの、きっちり答えてくれた辺り真面目というか、人が良いのかもしれない。ともあれ聞いたのはこんなところだ。

ここは環境が地球に近い異世界の星であり、ここでどのように生きるも自由ということ、セナはできるだけ干渉しないが、命の危険があるときは僕を守ることになっていること。そしてーー

「魔法がある、ね……」

「といっても、多分あなたの考えているようなものじゃないわよ」

「え?どういうこと?」

「あなたの居た世界と少し違うだけってこと」

 答えになっていない。魔法と聞いて目を輝かせて飛びつくようなことはないが、それでも興味を引かれはする。知っているならもう少し詳しく教えて欲しい所だ。

「もうちょい詳しく」

「詳しくって……言ったでしょう。私もそんなにこの世界のこと知らないって」

「それはそうなんだけど、流石にあれだけじゃ分からないし……」

 そう伝えると、セナは「はあ…」と息をつき、少し思案するようにして、

「……何て言うか、この世界とあなたの居た世界で物質が完全に同じ訳じゃないから、魔法みたいに見える現象もある……って感じかしら」

 そう気だるげに言った。

「あー、なんとなく分かったかも。ありがとう」

「そ、良かったわね」

 セナは感情を浮かべずにそう言った。

 彼女の言ったことを考えると、恐らく、この世界の魔法はファンタジーにあるような理を超えたようなものじゃなく、理屈はあるが僕には、もとい僕の居た世界の理屈では分からないというだけのもの、ということだろう。

「それなら科学とそう変わらないのかな。科学だって理由を知らなきゃ魔法みたいなも のだろうし」

 飛行機なんてあれ、何も知らない子供に「魔法で浮かんでいるんだよ」って言ったら信じるんじゃない?と続けると、

「そういうことの記憶はあるのね」

 と思ってもいなかった所を言われる。

「ああ、うん。なんか、自分のことだけ忘れてるみたいなんだよね……」

「そうなのね」

 聞いてきた割には反応が淡泊だった。

「まあ、今の所困らなさそうだし、このままでも良いんじゃないかと思ってるよ」

 これは本心だ。無くなった記憶が自分のことだけであれば、自分を知る人のいないここでは問題にならないだろう。もちろん気にならない訳ではないが、重要とも思わない。記憶が無いことに、自分でも不思議なほど落ち着いていた。

「そう」

 と応えはやっぱり簡潔だった。

話題が途切れ、二人黙々と道を進む。歩いている道はやはり人が通っているものなのか、今のところ危険な場所も無くすらすらと進めていた。不安だった野生動物も、さっき鳥を数羽見かけたくらいであとは特に遭遇していない。あとどれくらいこの森が続くか分からないが、この様子が続くなら最悪夜になっても大丈夫かもしれないと考えていた。

丁度そんな時、

「きゃあぁぁぁ!」

 と甲高い悲鳴が聞こえてきた!

声は僕たちの進行方向から聞こえていた。それを認識した瞬間、セナへ向けて「見てくる」とだけ言い残し、声の方へ向かって走り出した。

走りながら思う。僕が行ったとして、その先で起こっていることに対して何ができるという考えがある訳じゃない。しかし悲鳴を聞いた瞬間に体が勝手に動いていた。その先のことは考えない。今はとにかく駆け付ける。

声が届くくらいなのだから距離がそう離れているはずはない。然して、いっそ拍子抜けするくらい現場は近かった。

走り出した所から少し先に見えていた曲がり道を曲がる。目に飛び込んで来たのは、尻をついて動けないでいる少女。そしてその先、少女を襲わんとするように立つ、大きな四足歩行の獣だった。


「熊!?」

見た瞬間に声が出た。体長は2メートルくらいあるだろうか。全身を黒い体毛におおわれている。異世界に来て初めての、動物との対面であった。

思わずそう声が出たものの、大きさは確かに熊のようだが顔の造りは狼のようにも見える。そこには、この世の全てを憎んでいるような、何かに苦しんでいるような凶相が浮かんでいる。いつこちらに飛び掛かってきてもおかしくない事は明白だ。

「くっ!」

 尻もちをついている少女の前に割り込み、少女ーー身長から考えれば幼女という程かーーを抱える。獣との距離は5メートル程で、距離を詰められる前に来た道を戻ると決める。そして走り出し、

「ガアァァァ!!!」

 と後ろで獣の咆哮が聞こえ、少しの身震いを覚えるが、振り返らずに足を進める。

「ちょっと、大丈ーー」

「逃げて!」

 追いかけてきたセナが見え、短く危険な事だけを伝える。

その時、背後にさっきの咆哮以上の悪寒を感じる。そして耐え切れず顔だけ振り返った。

見えたのは大きく口を開けた獣、それは何かをした後のようだと思った次の瞬間で自分の背の間近に迫る光を認識しーー背中に、突風に吹き付けられたような衝撃を受け、体勢を崩して地面に転がる。

「ぐあっ!」

「レイ!」

 初めて慌てたような声を出し、セナが駆け寄ってくる。だが、衝撃を受けてこけただけだ。腕の中の女の子はさっき抱き上げてから気を失っているが、転んだ時もけがはないはずだ。

「大、丈夫!」

 そう言い、セナも僕を見て大事はないと判断したのか、獣の方を向く。獣は今したことと同じことをするつもりなのだろう。口の中に光が生じていた。全く知らない生き物の訳の分からない現象。これはもしかしてーー

獣が光を今にも放とうという時、セナの獣に向けた手のひらから同じような光の塊が獣よりも早く放たれる。それは瞬く間に獣へと到達し、ゴッという鈍い音と共に獣を吹き飛ばしたーー

「言ったでしょう。見た目より力はあるって」

 吹き飛ばされた獣はピクリとも動かない。僕は呆然としてしまって、

「ははっ」

 と乾いた笑いが出た。僕には理解できないだけ、とは言っていたが、目の当たりにしたことで実感する。なるほど、これは確かに魔法だ、とーー。

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