この世界
21XX年、人類は魂の模倣に成功した。
そして、人類は案外愚かではなかった。
具体的には現実世界では人工魂の入った、『人間』を作ろうとはしなかったのだ。
まぁそもそも高性能ロボットにより、人工減少による労働力不足は解消されていたというのも一因だろうが。
しかし、じゃあ人工魂が一体何に役に立っているのかというと……それは仮想世界だ。
仮想世界、とりわけ、ゲームのNPCなんかに人工魂は使われている。
これにより、VRゲームの市場は一気に拡大することになる。
例えば、RPGのお爺さんの家の壺を割れば、お爺さんはしっかりと怒るし、その辺のお姉さんの胸を触ろうものなら、半殺しにされ、衛兵に突き出される。
VRゲームはそんな本物の世界になったのだ。
『フリーダム・エデン』、それは人工魂を初めてNPCに搭載したVRMMORPGだ。
今年で発売五年目を迎えるゲームだったが、その勢いは衰えることを知らない。
人間はこの『新しいRPG』に夢中なのだ。
俺は『フリーダム・エデン』でNPC冒険者をしている、レギンだ。
俺はリリース当初から存在するNPCで、自分で言うのも難だが、大ベテランだ。ベテランと言ってもまだ十代ではある。
冒険者ランクを示す胸章の色は黒、最高ランクだ。
そして、突如として、俺の日常をぶち壊す出来事が起こった。
戦争だ。
俺の所属する『王国』と『軍国』との戦争は凄まじいものだった。
互いの兵力が拮抗しているが故に、戦争は泥試合となった。
戦争で負けた者は、また復活し、戦争に再参加することは出来ない。
そして、戦死は普通に死ぬより、デスペナルティが重い。
具体的にはこのゲーム特有の『武器熟練度』と所持金が四分の一になる。
所持金などは別にどうでもいいものだが、『武器熟練度』四分の一というのが重い。
だから、戦争に参加する全員が死に物狂いで戦った。
そして、俺は生き残った。
「大英雄レギンお疲れ!そして、『王国』の勝利に乾杯!!」
『乾杯!!』
はぁ……今回ばかりは絶対に死ぬと思った。
今までにも何度か死んだことはあるが、デスペナが段違いだからな、生きてて良かったぁ……!
「で、レギンくぅん、『報酬』は一体、おいくら万ゴールドだったのかな?」
この軽い感じの女はNPCのアリアで、俺の仕事仲間で幼なじみだ。
実力がある癖に戦争に参加しなかった、チキン野郎だ。
しかし、そこまで薄情な奴でも無いはずなんだけどな。
「ったく、アリア!お前よく、この飲み会に参加出来るよな。これは戦争に参加したメンバーが参加してる飲み会だろ?戦争に参加してないお前が飲み会に参加して、あまつさえ、金までせびろうってか?」
「そういうことじゃなくてさ、単なる好奇心よ、好奇心!」
『好奇心』、ねぇ……。
戦争の報酬は『武器熟練度』とゴールドだ。
システムは現実世界で言う、競馬だ。
戦死者が『武器熟練度』とゴールドの四分の三を失う、それを戦争終了時に生き残っていた両軍のメンバーに分配する。
そして、今回は沢山の方々がお亡くなりになったので、俺は大儲けしたのである。
まぁ手に入れた『武器熟練度』とゴールドの50%は自国に接収され、自国の戦争参加者に再分配されるのだが。
尚、『王国』は『軍国』に勝利したため、『軍国』の首都に10%までの税金を掛けることができ、たっぷり賠償金を搾取できることになっている。
おっと、閑話休題だ。
「……五百万」
「ふーん……今、なんて?」
「二度は言わせんな。自慢みたいで恥ずかしいし、戦死した仲間に顔向け出来ないだろ?」
まぁ戦死者も普通に今生きてて、ここで飲んでるけど。
「……皆、今日は全部レギンの奢りだって!」
『よっしゃー!!』
「ちょっと待て!ここにも生き残りはいるだろ……っていなかった」
「そうよ、この街の人間はアンタ以外生き残れなかったんだから!よ〜し、じゃんじゃん飲むわよ!」
なんか、十万ぐらい楽々飛んでいきそうなんだが……。
「おい、アリア、飲み過ぎだ。帰るぞ」
「別に酔ってにゃい!まだまだ飲める!」
と言いながらもフラフラしている。
俺は仕方なく、ベロンベロンになったアリアを背負って歩き出す。
「……あたしさぁ、思うのよ……この体と記憶は一体なんなのかなって」
「……そうだな、本来は俺達も知るはずのなかった情報だ、ここが偽物の世界だってな」
三年前まで俺達は自分自身は本当の人間だと思い、ここが本物の世界だと、思っていた。
しかし、三年前、『情報災害』が起こった。
それまで、都合よく操作されていた情報がNPCの頭に突如流れて来た。
ここはゲームの中で、仮想世界であること。
俺達の体と三年より前の記憶は偽物であるということ。
本当に、色々な情報が流れてきた。
これによる精神的ショックでNPCの半数の自我が消失、帰らぬ人となった。
俺とアリアが組んでいた、パーティメンバーの三人もその時に亡くした。
これ程の事態になりながらも、サービスが終了されないのは、俺達の存在があったからだ。
俺達には心がある、そのデータが入ったサーバーを処分するということは、殺人になるんじゃないか、と。
俺にとって『情報災害』は大切な仲間を失った憎むべき事件なんだろうけど、実際のところ、俺はやっと、プレイヤーとフェアな関係になれと思っている。
俺のように何かしらの形で『情報』に向き合うことが出来たNPCがこの世界には生き残っているのだ。
それに偽物の世界と言ったが、俺にとってはここが本物で、愛すべき世界だ。
大切な仲間や友人は今でもいる。
そういう奴らと過ごせる、かけがいのない日常なのだ。
「……偽物かぁ……でも、あたしはこの心も世界も本物だと思ってる。あたしがいて、アンタがいて、みんながいる。別に『情報災害』はこの世界にいる誰のせいでもない、もちろんプレイヤーのせいでもない。だからさ、あたし達は仲良くやって行けばいいのよ。NPCもプレイヤーも関係ない。そんな世界でいいのよ……」
……らしくないったら、ありゃしない。
まぁでもお分かりの通り、みんな自分なりの踏ん切りをつけているのだ。
それでもやはり、考えてしまうことがある。
こいつとは本当に幼なじみである訳ではないんだな、と。
俺は何となく、自分を再確認しながら、夜の街を歩く。
この時間になると人通りは少なくなる。NPCは寝て、プレイヤーは現実世界に戻るのだ。
まぁプレイヤーの中にはハードプレイをする奴等がいるから、全くいないって訳でもないのだが。
NPCはこの世界で生活する。
そうなると普通にやっていてはプレイヤーがプレイ時間で俺達に勝てる訳がない。
そういう訳なので、NPCには獲得できるゴールド、経験値、『武器友好度』などがプレイヤーの二分の一に設定されている。大変な世の中だぜ。
『武器熟練度』というのは前にも言った通り、このゲーム特有の数値だ。
このシステムを説明するにはこのゲームの設定を理解する必要がある。
『フリーダム・エデン』は物理攻撃オンリーの中世を再現した世界だ。
世界は戦乱の時代で、『王国』、『軍国』、『神聖国』が覇権を争っている。
争ってるって言っても、国境付近でいつも小競り合いが起きる程度で、さらに言えば、今回のような泥試合の戦争に発展することは今までなかった。
まぁこれには一応ある背景があるのだが、今その説明は割愛させて頂く。
この世界では己と武器の絆を深めることによって様々なスキルを習得できて、武器も進化していく。
スキルが魔法の代わりと思ってくれていい。
最初に一つの武器を選んで、それを使い込む。
使えば、使うほど『武器熟練度』は上がり、沢山のスキルを習得できる。
スキルの種類は無限にあって、その把握は運営にも出来ていないらしく、把握しているのはゲームの根幹を担っているスーパーAI『エデンシステム』だけだ。
武器の進化の仕方も様々で同じ武器から始めたのに、今じゃ全くの別物なんてざらにある話だ。
そういえば、結局新しいスキルを確認していなかった。
俺は早速確認してみる。
空中で指を素早く二度タップ。
すると、ウィンドウが出てきて、その中からスキルのタブを開く。
「えーと、スキル、スキル……何だこれ?」
新しく追加されていたスキルは『擬人化』という物だった。
俺はアリアの家にアリアを送り届けてから、自分の家に帰る。
家に着くと、どうしても『擬人化』が気になったので、庭で使ってみる事にした。
スキルの使用方法は簡単で、特定のモーションを起こすと発動できるようになっている。
例えば、刀の『居合』というスキルは鞘に納めるだけで発動可能だ。
『擬人化』はどうやら、セリフを言うらしい。
すごい恥ずかしいセリフだが、仕方ない。
「永遠を誓った半身よ。我は更なる絆を冀う。ならば、其方も我と同じ人の身に、『擬人化』!」
俺が自分の黒い剣を掲げ、そう唱えると、剣が眩く光りだす。
「永遠を誓った半身よ。我も更なる絆を冀おう」
声が聞こえ、目を開けると、そこにはセリフとは全くマッチしない、可愛らしい幼女がいた。
『NPCも大変なんです。』を読んで頂きありがとうございます。
この作品は突然思いついた物ですので、いつ更新出来るか分かりません。
また何か思いついたら、更新しますので、ご承知の程、お願いします。
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