父の弔い
父紹運の壮絶な死は、その日の内に立花山城に篭る宗茂に知らされた。立花の兵は同朋の死を悼み、島津打倒の怒りの拳をあげ士気は最高潮となる。
「あなた様、今は悲しんでいる時ではありません。岩谷城を攻め落とした島津は、必ずこちらへ向かってくることでしょう」
誾千代の瞳は澄んでいる。冷静かつ明晰な分析を行い、夫を見た。
「ああ、泣いてはおれぬ。父上の思い、無念を果たさなければ」
が、誾千代の予想に反し、島津軍は岩谷城の戦いで思いがけない損害を被っており、建て直しに時間がかかっていた。宗茂は父の戦上手を知っている。
その日の夜半、宗茂はわずかな手勢をつれて城を出た。いずれも高橋家に仕え宗茂に従った者たち。父の訃報の直後、誾千代には秘して腹心小野和泉に策を授け、20人の兵とともに島津の元へと向かわせていた。
宗茂はこの日の為に父を思い、歯を食いしばり、策を練り講じていた。亡き父への決死の弔いを。
宗茂は暗闇に乗じ、島津軍の布陣する観世音寺裏手の小さな山に身を潜めた。手勢の者たちと、じっと息をひそめその時を待つ。夜陰の世界を見つめ、目を慣らす。
「小野殿、真に島津の軍門にくだられるのか」
島津忠長は立花家忠臣小野和泉に疑いの目をむけている。
「島津家の覇道ゆるぎなきものと心得まする。もはやこれまで」
和泉は忠長の目をじっと見据え答える。
「ほう。左様か」
「戦の理とあらば、仕方なし・・・な~んてな、我ら立花みな忠義の士よ」
和泉は後ろに控える兵に合図した。即座に狼煙をあがる。
「おのれ!」
「紹運様の仇、お覚悟!」
和泉の口角がにやりと上がる。
夜空に白い煙があがった。宗茂は大きく頷く、
「よし、皆の者いくぞ!父上の弔いじゃ」
岩谷城の同朋に弔いが出来る喜びと怒りをかみしめ、兵たちは鬼と化した。立花軍は混乱する島津の陣を切り裂き、宗茂は多くの首級をあげた。総大将忠長の首をとる事は出来なかったが、父紹運の奮闘により疲弊し、勝利で油断した島津の兵たちに恐怖を植え付けた。存分に敵陣で大暴れし、和泉と合流する。その勢いのまま悠々立花山城へと戻る。意気揚々宗茂たちは無事帰城を果たした。