決戦、岩谷城!
九州制覇の野望燃える島津軍に、最後の防波堤ともいえる岩谷城を守る高橋紹運は大いに戦った。島津軍4万の大軍に高橋軍はわずか763名。勝敗は誰の目から見ても明らかだった。さらに岩谷城は防衛には向かない城である。宗茂が懸命に撤退をすすめたのもこの点にある。
「これが最後通告でござる。降伏なされよ」
「使者殿、丁重なお言葉痛み入りまする。」
「しからば」
使者は紹運が折れたと思い膝を叩いた。紹運は手で制した。
「しかしながら、この紹運、主家が盛んなる時は忠節を誓い、主家が衰えたときは裏切る。なんと昨今、そのような輩が多いことか、私は大恩を忘れ鞍替えすることなど出来ぬ。恩を忘れることは鳥獣以下である。島津の軍門に下るなど到底出来ぬ」
「ならば、これまでですな」
使者は立ち上がり、肩を怒らせて退出した。
「殿・・・」
「よい。この後はとにかく時を稼ぐのじゃ、我らがすぐここを破られれば、島津の九州統一が目前となる。主家大友の為に是が非でも守り抜かねばならぬ」
「殿、しかし・・・」
「皆まで申すな。我が死すべき場所はここなり。高橋の名に恥じぬ見事な戦花、咲かせようぞ」
紹運率いる高橋軍はよくもちこたえた。援軍をも期待出来ない中、ゲリラ戦法を駆使し、兵力に勝る島津軍を一時、圧倒した。死を背にして兵士達の士気は高まり、大いに奮闘した。まさにその戦ぶり鬼気迫るものだった。
同月27日。島津軍を率いる島津忠長は、全勢力をもって岩谷城に総攻撃をしかける。
さすがに多勢に無勢、次々と柵、外丸、内丸を破られていった。残る詰丸に紹運はわずか手勢10人の者とともに徹底抗戦を行う。
得意の得物薙刀で、幾人もの兵士を斬り倒す。顔には島津兵の返り血を浴び、鮮血に染まる。目に血が入り視界は真っ赤となる。その視線はどこを見渡しても敵の兵、兵、兵、兵。しかしながら、死に物狂いで戦う。やがて、紹運は自分の死に場所が定まったのを理解した。敵兵の波を睨み、足早に駆ける。
「兼正!」
「はっ」
「しばし持ちこたえよ」
「御意」
紹運は全体が見渡せる高見櫓をのぼった。
戦況を見渡す。足の踏み場もないほど続く敵兵、敵味方の屍。紹運は満足気に頷き、両手を合わせ祈った。それから両手を大きく広げる。島津の矢の斉射が止む。戦いの終わりとその時が来たのだ。
「よく持ちこたえたものじゃ。天晴、高橋の士!」
どっかりと腰をおろし、胡坐をかく。深く息を吸うと、ずいぶん疲労していることに気づいた。紹運は苦笑した。空を見上げる。夕暮れに雲がたなびいていた。
「屍をば岩屋の苔に埋みてぞ 雲居の空に名をとどむべき」
懐剣を取り出し、自らの首の頸動脈を斬り、腹に突き立てる。
「ぐっ!すまぬ、道雪殿・・・宗茂」
最後の力を振り絞り、紹運は櫓から飛び降りた。
高橋紹運、享年39歳。岩谷城の高橋軍兵763名すべてが、討ち死にを遂げるという。壮絶な岩谷城の戦いは幕が降りた。
総大将島津忠長は勇将の死を心から悔やんだ。その島津軍の損害は著しく、態勢の立て直しを余儀なくされた。
壮絶な岩谷城の戦いは後年、島津の九州制覇が叶わなかった要因の一つとされる。