父の覚悟
連載形式にして書いてみます。そんなに長くはならないと思いますが、時代物を書こうとすると、調べるのがやっぱり大変です。宗茂公の覚醒前の姿、鬼姫とよばれた妻誾千代公の夫婦やりとり楽しんで描きたいです。
天正14年7月のある日。月輪の脇立の兜をかぶり、胴具足を身に着けていると身体じゅうがうだるように熱い。これはひとえに盛夏の暑さのせいなのか否。後に西国無双と呼ばれる九州一の武辺者、立花宗茂(統虎)は焦っていた。もどかしさが、ただただ悔しかった。苦渋の顔で唇を噛む宗茂。
必死の足音と近づく甲冑の重なり合い鳴る音。使いの者が戻って来た。
「申し上げます。紹運様、岩谷城撤退は由とせず。神命賭して最後まで戦うとのこと!」
「何という事じゃ、父上は岩谷城を枕として死すおつもりか、我らを守るために!」
「は、我らのことは案ずるに及ばず、今は己のやるべきことを全うせよとの仰せです」
「ぐぬっ!しかし父上を見殺しにする訳にはいかん。者供・・・」
宗茂は言いかけた号令を止めた。目の前には凛々しく真っ赤な甲冑に身を固めた妻、誾千代が瞳に怒りをあらわし立ち塞がる。自分の背丈よりも長尺の長薙刀の柄を地面に叩きつけた。
「おまちください。あなた様、立花家をお潰すおつもりか」
「誾千代、どかぬか!父を見捨てたとあっては、わしの信義が立たん!」
「いいえ、どきません」
「どくのだ」
「どけい!」
誾千代の凛とした声が響く。
「宗茂!わが父との誓い忘れたか!」
「ぐっ」
「父の臨終の際、言った言葉忘れたか」
「・・・・・・」
「言うてみよ」
「・・・・・・立花家とおぬしを守る」
養父道雪は2年前、戦の最中に陣没した。宗茂は臨終の際、自分をここまで育ててくれた父に誓いを立てたのだった。
「しかし、ワシは・・・」
宗茂の心は引き裂かれそうだった。己が命を賭しても父を助けたい。
すると、高橋家の頃から宗茂に仕えている吉田兼正が進み出た。
「殿、ここは兼正が行ってまいります。殿の思い、しかと兼正、紹運様にお伝え申す」
「・・・すまぬ。頼む」
がくりと宗茂はうな垂れた。
誾千代は諭すように、ゆっくり宗茂に言った。
「我が父道雪、義父紹運様は無二の友。そして私たちの父、痛いほど気持ちは分かりまする。しかし、あなた様は立花山城の主!」
「・・・・・・」
「立花の現兵力では今島津軍に対抗するのはあまりに無力、それは弟統増様、母君のおられる宝満城も同じことです。何より今は城を固めて守り、太閤の島津征伐軍が来るまで、持ちこたえることが、立花、高橋家ひいては主家大友を守る唯一無二の方策じゃ。その礎石になろうとする父紹運のお気持ちを分からぬ、あなた様ではあるまい!」
二人はともに涙を流し、我が身の無力さを憎くむ。
誾千代は毅然と言い放った。宗茂はだらりと固めていた拳をおろした。
「・・・わかった。誾千代、そなたのいう通りじゃ」
「あなた様・・・」
宗茂はゆっくりと甲冑着こむ誾千代の胸に顔をうずめた。
「・・・父上、ご武運を」
「どうか、愛染明王のご加護を」
二人はともに涙を流し、我が身の無力さを憎んだ。