表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

春告鳥

作者: 英 李生




 鶯が花が散るのを嘆いて鳴くのも無理はないと、そう詠んだ者がいた。

 あたたかな恵みの春の訪れを告げる小鳥はその散り際を嘆くことを許されているのに、それと同じ名前を持つ俺はそうすることを許されなかった。ゆえに俺は、この春という季節が最も嫌いなのだ。

「どうして、俺のことを置いて行ったの」

 冷たい石の前でいくらかのくぼみを指で辿ってそう訊ねてみるも、その問いに答える人はとうに温かさを失い、この石の下に仕舞われてしまったものだから、それは俺の独り言のようなものとして春一番の風とともにどこか遠くへと連れ去られていってしまった。

 優しく頭を撫でるあの大きく暖かなてのひらも、俺の名前を呼ぶおだやかな重みのある声も、慈しむように細められる黒色の瞳も、もうニ度とこの肌で感じることも、この目で見ることも叶わない。目の前に鎮座するこの物言わぬはずの石の塊が、静かにそう語ったように思えた。

 俺のそばを離れたがらなかったあの人が俺のもとを去ったので、もう何遍かこの季節を、俺は独りで迎えなければならなかった。


 テレビもなければ新聞も取っておらず、外の世界からは切り離された小さな鳥籠のなかであったが、俺はたしかに幸せに暮らしていた。それが世間一般では異質であることに気づいたときには、もう手遅れなほどにあの人を愛してしまっていたのだった。

 眩しい、広々とした、外の世界へと連れ出したとき、あの人はどんな思いでおれに「すまない」と言ったのだろう。俺にはほんとうの両親も、頼れる友人も、騒がしいメディアも、自由な世界も、なにも要らなかった。

 ただひとつ、あの人の愛があれば、それでよかったのだ。

 それが俺の、すべてだったから。

「あなたが愛していたのは、どうか俺だけだと言って」

 俺は母親に似ていた。あまりにも瓜二つだった。

 だからあの人は、自分が得ることのできなかった彼女の愛を、俺から得ようとしたのだろう。

 狭くて小さな(しあわ)せな世界から俺を無責任に連れ出して受け止めた社会は、それを異質だと言った。だから俺はあのひとの亡き骸に縋り付くことも許されず、ただ誰にも知られぬよう、愛しいあの人のことを静かに想うことしかできなかった。

『すまない、春告(はるつぐ)。僕のことはどうか忘れて、自由になってくれ。きみは自由なんだ』

 母と初めて出会ったとき、あの人が俺に向けた愛おしくて堪らないといったようなあの目つきや声音はその向こうにある彼女の姿だけを捉えていて、俺という存在は彼女の代わりにすぎなかったのかもしれないと気づいたけれど。

 俺を自由にしたいと言ったあなたの最期の言葉は、この世でただひとり、俺にだけ向けた愛だったのだと、あなたの返事をもう聞くことができないからこそ思わせてほしい。もう今更、勘違いでもいいのだ。

 あなたが自由になれと、そう告げたから俺は生きているけれど。

 籠の外の自由を知った春告鳥は、いっそ笑えるくらいに不幸(しあわ)せだよ、優人さん。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 こんなことを言うと不快に思われるかもしれませんが、とても古風な文体で、折口信夫さんの『死者の書』を思い出しました。 切なくて、あたたかくて。 本当に本がお好きな方な…
[一言] 短い物語の中に『良い』がたっぷり込められている作品だと思います。好きな作品です。 とても良い物語をありがとうございました。
2019/10/22 13:50 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ