春告鳥
鶯が花が散るのを嘆いて鳴くのも無理はないと、そう詠んだ者がいた。
あたたかな恵みの春の訪れを告げる小鳥はその散り際を嘆くことを許されているのに、それと同じ名前を持つ俺はそうすることを許されなかった。ゆえに俺は、この春という季節が最も嫌いなのだ。
「どうして、俺のことを置いて行ったの」
冷たい石の前でいくらかのくぼみを指で辿ってそう訊ねてみるも、その問いに答える人はとうに温かさを失い、この石の下に仕舞われてしまったものだから、それは俺の独り言のようなものとして春一番の風とともにどこか遠くへと連れ去られていってしまった。
優しく頭を撫でるあの大きく暖かなてのひらも、俺の名前を呼ぶおだやかな重みのある声も、慈しむように細められる黒色の瞳も、もうニ度とこの肌で感じることも、この目で見ることも叶わない。目の前に鎮座するこの物言わぬはずの石の塊が、静かにそう語ったように思えた。
俺のそばを離れたがらなかったあの人が俺のもとを去ったので、もう何遍かこの季節を、俺は独りで迎えなければならなかった。
テレビもなければ新聞も取っておらず、外の世界からは切り離された小さな鳥籠のなかであったが、俺はたしかに幸せに暮らしていた。それが世間一般では異質であることに気づいたときには、もう手遅れなほどにあの人を愛してしまっていたのだった。
眩しい、広々とした、外の世界へと連れ出したとき、あの人はどんな思いでおれに「すまない」と言ったのだろう。俺にはほんとうの両親も、頼れる友人も、騒がしいメディアも、自由な世界も、なにも要らなかった。
ただひとつ、あの人の愛があれば、それでよかったのだ。
それが俺の、すべてだったから。
「あなたが愛していたのは、どうか俺だけだと言って」
俺は母親に似ていた。あまりにも瓜二つだった。
だからあの人は、自分が得ることのできなかった彼女の愛を、俺から得ようとしたのだろう。
狭くて小さな幸せな世界から俺を無責任に連れ出して受け止めた社会は、それを異質だと言った。だから俺はあのひとの亡き骸に縋り付くことも許されず、ただ誰にも知られぬよう、愛しいあの人のことを静かに想うことしかできなかった。
『すまない、春告。僕のことはどうか忘れて、自由になってくれ。きみは自由なんだ』
母と初めて出会ったとき、あの人が俺に向けた愛おしくて堪らないといったようなあの目つきや声音はその向こうにある彼女の姿だけを捉えていて、俺という存在は彼女の代わりにすぎなかったのかもしれないと気づいたけれど。
俺を自由にしたいと言ったあなたの最期の言葉は、この世でただひとり、俺にだけ向けた愛だったのだと、あなたの返事をもう聞くことができないからこそ思わせてほしい。もう今更、勘違いでもいいのだ。
あなたが自由になれと、そう告げたから俺は生きているけれど。
籠の外の自由を知った春告鳥は、いっそ笑えるくらいに不幸せだよ、優人さん。