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かつて世界の破滅を願った魔王は転生世界で何を願う?  作者: 零珠音
特別クエスト『熱血王子を護衛せよ』 編
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79.5話_閑話:放課後

 カリン・ビィギナーは、側から見れば家柄にも能力にも恵まれた所謂、果報者だった。

 由緒正しき家柄である〝ビィギナー家〟の長女として生まれた彼女は、幼い頃から何不自由ない生活を送り、自身に秘められた力は凡人という枠組みでは収まりきらない程に、優秀なものだった。

 ビィギナー家は、元々、占術師(フォーチュン・テラー)生業(なりわい)としていた一族だった。それ故に、占術関連の資料や魔道書が、国立図書館並みの広さがある書庫に眠っている。

 彼女は、たった(よわい)5歳にして、これらに記された占術を誰に教わったわけでも無く取得し、身内や屋敷にいる召使い、そして、ビィギナー家を訪れる客など相手に実践も兼ねて占術を使い続け、結果、的中率9割超えという驚異的な数字を叩き出すまでの凄まじい成長を遂げた。この的中率は、短くても120年以上は修行を積まなければ出せない数字だと言われている。

 つまり、普通の人間には成し得ない所業なのだ。

 そんな、過去に例を見ない偉業を成し遂げた彼女は神童とまで呼ばれ、枷の如く重々しい周囲からの期待を背負う羽目になった……のだが、それは一時的なものだった。

 怖れるように彼女を見つめる周囲の目。まるで、腫れ物にでも触るかのように彼女に接する両親。

 ()()()を境に、彼女を取り巻く環境が、悪い意味で大きく変わってしまった。


()()()()さえ無ければ……)


 何か、変わっていたかも知れない……なんて。

 そんな、意味のない〝もしも〟が頭を過ぎった瞬間、彼女は我に返るように首を振った。

 当初の目的も忘れ、柄にもなく過去に浸っていたら、このザマだ。

 それもこれも全て……目の前で不機嫌そうにストローに空気を吹き込みながら、コポコポと炭酸ドリンクを泡立たせているカツェのせいだ。


「……食事中に、はしたないわよ、カツェ。折角の食事が、台無しになっちゃうじゃない」


 ライが王都の城にて意外な人物との対面を果たしていた時、カリンとカツェは王都の大通りにあるレストランにいた。

 レストランといっても学生でも気軽に入れるファミレスのような雰囲気の店だ。それに、コスト的にもやさしい。このレストランは、カリンのお気に入りだった。

 彼女は、窓から見える外の景色を眺めながらの食事よりも、全方位を壁に囲まれた個室での食事の方が好きだった。

 理由は、単純に周囲の存在が気になって食事に集中出来ないからだ。自意識過剰と言われてしまえば、それまでだが、名前も知らない他人に自分が食事をしている姿を見られているような気がして、なんとなく気が引ける。

 だから、今回も例外なく、個室のあるレストランで昼食をとるのだ。つい先ほど、他人の目が気になると言ったばかりだが、不思議とカツェと食事をとることに不快感は無い。

 思っていた以上に、自分は彼女に心を開いているのかも知れないと驚きの感情とは裏腹に、まるで他人事のような感想を抱いていた。

 だが、それとこれとは別だ。自分と食事をとるからには、最低限のマナーは守ってもらう。


「カツェ、いい加減にしないと怒るわよ」


 先程よりも少しだけ威圧的な声で注意すると、カツェは小さく声を漏らし、ストローから口を離した。


「ご、ごめんなさい……」


 シュンと耳まで項垂れた彼女の姿に、こちらが悪いことをしてしまったような変な罪悪感に蝕まれたが、気付かないフリをした。

 自分は何も悪くない。

 悪いのは、これから食事を楽しもうという時に仏頂面のままでいる彼女だ。


 カツェが、こんなにも不機嫌になったのは学校に着いて、すぐの事だった。

 本日は、ビィザァーナ先生の合同授業が行われる予定だったのだが、急遽変更となり、自習となった。

 それを知った時、彼女はまだ、今のような状態にはなっていなかった。

 彼女の表情を変えたのは、ビィザァーナ先生の代理として来た自習監督の教師が出欠確認を終えた際に放った一言だった。


「それじゃ、今日の欠席は、ライ・サナタス君とリュウ・フローレス君だけ、っと……」


「え……」


 隣の席に座っていた彼女の口から、僅かに戸惑ったような声が聞こえた。

 どうしたのかと首を傾げていると、彼女は悲しげな表情を見せた後、ゆっくりと俯いた。


「また明日、学校で会おうって……言ったのに」


 ボソリと吐かれた彼女の独り言に、カリンは、昨日、彼女が〝彼〟に放った言葉を思い出した。


 ーーライ・サナタス! 今日は、ありがとニェ! また明日、学校で会おうニェ!


 彼女は確かに、そう言っていた。

 昨日は、色々とあって疲れて、疑問に思うことすら無かったが、よくよく考えれば変だ。

 あの男とカツェの間に、これまで接点は無かった。それなのに昨日、彼らは一緒にいた。

 カツェから、まだ何の詳細も聞いていないカリンからすれば、カツェがライと行動していたこと自体が不思議な話だ。

 自分が苦しんでいる間に、2人の間に何があったのか……カリンは、何故か無性に気になった。

 結局、自習の間、カツェは頬を膨らませ、頬杖をついていた。

 その拗ね方はまるで、最後まで残していた大好物を横取りされた子どものようだ。

 そんな彼女を見兼ねて、カリンは自習時間が終わると、すぐにカツェを昼食に誘った。

 単純そうな彼女のことだ、美味しいご飯でも食べれば、すぐに元通りになる……なんて、いかにも人が良さそうな理屈を並べているが、彼女の本音は別にあった。


(部屋に帰っても、あんな調子だったら……変に気を遣って、(くつろ)げないじゃない)


 残念な事に、彼女の脳内辞書には〝思いやり〟という言葉は存在しなかった。

 友達というものも、よく分かっていない彼女だからこそ(いだ)ける、人として何かが欠如したままの未完成な感情だった。


 こうして、決して親切とは呼べない彼女の計らいにより、2人は共にレストランで食事をする事になったわけなのだが……各々の注文した料理が運ばれ、食欲をそそる匂いが立ち込める空間にいるにも関わらず、2人はフォークにすら手を伸ばしていない。

 これなら1人で食べに来た方が良かったと早くも後悔したカリンだったが、今更、そんな事を言っても仕方がないと、カツェの損ねた機嫌を直すことに徹底する事にした……と、いっても、これまで誰かを慰めたことなど無い彼女に出来るのは、彼女の意識を()()()()()()()()()()事くらいだ。


「ねぇ、カツェ……1つ、聞いてもいいかしら?」


「え……うん」


 カリンの言葉に、カツェは控えめに首を傾げた。

 そんなカツェを見つめ、彼女は数秒の間を空けた後、淡々と問いかけた。


「……貴女、今日は語尾を付けて話さないのね」


 ピシッと、彼女が石化したのが分かった。

 器用にも顔を赤らめたり青ざめたりしながら、彼女は唇を震わせた。


「ど……して……?」


「どうしてって……昨日、貴女が、ずっと語尾を付けて話してたからよ。確か……〝ニョ〟とか、そんな感じの……もしかして、気付いてなかったの?」


「に、ニェ……」


 カツェの呟きに〝あぁ、それだ〟と、カリンは思い出したように頷いた。


「〝ずっと〟って……いつから……?」


「さぁ……でも、少なくとも私が貴女と会った時は、既に、その語尾を付けて話してたわ」


 なんて、カリンも違和感に気付いたのは、寮に戻ってからだが……

 カツェは、魂が抜けたかのような力無い表情で、虚空を見つめていた。


「それじゃあ……ライ・サナタスも……?」


「多分、違和感は感じていたんじゃないかしら」


 変に濁すこと無く、カリンは淡々と思ったことを述べた。


「……折角、隠してたのに」


「あら、どうして?」


 カツェの言葉に、カリンは目を丸くして尋ねた。


「その語尾、なんとなく貴女らしくて私は好きよ。それに、その耳と尻尾(見た目)にも合ってるしね」


 カツェは、心底驚いたように目を見開いた。そんなこと、今まで1度も言われたこと無かったからだ。


「変、じゃない……?」


「どこが変なのよ。貴女の語尾なんて、可愛らしいもんじゃない。世の中には、憐れなほどにヘンテコな語尾を付けて話す種族もいるのよ?」


 カツェが、この語尾を封印していたのには訳があった。

 彼女が王都に来る前に住んでいた獣人(ケモノビト)の集落では、各々の特徴を表した語尾を付けてコミュニケーションを図ることが普通だった。だからこそ、彼女は、どこの場所も似たようなものだと思っていた。

 しかし、彼女は残酷にも、王都に来たばかりの頃に語尾を揶揄(からか)われた事で、全員が自分達のように語尾を付けて話すわけでは無いのだと、寧ろ、自分のような存在は少数派なのだと知った。そして、獣人(ケモノビト)が、王都では、どのような扱いを受けているのかも……

 そんな現状を知った彼女は、自然に語尾を隠すようになった。

―本当なら、耳と尻尾も隠したかったが、それは不可能だったため、仕方なく、そのままにした。

 出来るだけ目立たないように、彼女よりも目立った容姿のカリンに近付き、共に行動するようになった。カツェ自身、初めは、自分へのカモフラージュのためにカリンに近付いたのだ。

 だから、昨日の寮での彼女の反応に、風化しかけていた自分の本心を見透かされたような気がして……彼女は、新たに芽生えた感情でカリンとの関係を改めて築いていこうと決心したのだ。

 そう決めて間もなく、まさか彼女から、こんなにも嬉しい言葉を貰えるとは思いもせず、彼女は目の奥から溢れ出そうなものを必死に抑えていた。

 苦手な男に頼ってでも、彼女を探しに行って良かった。

 そして、彼女と同じく自分の特徴的な語尾を聞いた筈の彼が何も触れなかった上に、脅すような真似から入った頼み事を最後まで文句一つ言わずにこなしてくれるような心優しい人で良かった。

 カリンがどこまで予測して、この選択を取ったのかは定かでは無いが、少なくともカツェの機嫌を直すという最終目標は達成されたようだ。


「まぁ、貴女にも何か事情はあるんだろうし、これ以上、とやかくは……」


「ありがとう()()、カリンちゃん」


 えへへ、と照れ臭そうに笑いながら、カツェはお礼を言った。

 先ほどまで隠していた語尾を付けて。


「やっぱり……そっちの方が良いわ」


 最初は意外そうに目を丸くしたカリンだったが、最後はカツェの笑みに釣られるように微笑んだ。

カリン、カツェ視点の閑話でした。

次回からは通常通り、本編へ戻ります。

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