9話_元魔王、スライムの育成を始める
人喰いスライム騒動が終幕を迎えた次の日。ピョンピョンと机の端から端を行ったり来たりしながら跳ね続けるスライムを見ながら俺は考えていた。
「……スライムって何を食べるんだ?」
『モンスターの飼い方〜初心者編〜』と書かれた本を手に取る。
何となく頼りになりそうに無いタイトルだが、俺が今頼れるのは本はこの一冊しかない。
パラパラとページを捲っていくと〝初めてモンスターを育てるにあたって大事な5ヶ条〟と書かれたページが目に入った。
(……とりあえず試してみるか)
他に何の頼りも無い俺は数秒で迷いを断ち切った。
◇
第1条.名前を付けましょう。〜名前を付けると、更に愛着UP!
「名前……スライムじゃ駄目か?」
世の中には、シンプルイズベストという言葉があってだな……
そんな事を言っていると、ベシャッと顔面にスライムが張り付いた。どうやら、お気に召さなかったらしい。
第2条.大好物を知りましょう。〜好きな物をあげると好感度UP!
「好きな物か……確か、人喰いスライムの好きな物は…………」
そこまで考えて俺は思考を取り払う。先ずは家にある食材で試してみよう。
(どれか一つでも気に入るのがあると良いが……)
そんな俺の想いが通じたのかスライムは触手でトマト掴み、夢中になって食べ始めた。
数ある食べ物の中で、何故トマトをお気に召したのか……なんとなく理由を察したが、あえて公表はしない。
第3条.何が得意なのか、又は、何が弱点なのかを知りましょう。〜得意な事は褒めて更に伸ばし、弱点は応援しながら克服させると信頼UP!
「得意なこと……」
そう呟いて、俺が思い出したのは森にいたスライムだった。
あのスライムには擬態能力があった。それなら、そのスライムの一部である此奴にも同じ能力が備わっているのではないだろうか?
「お前……何かに擬態とか出来るか?」
俺がそう問うと跳びはねていたスライムはピタリと止まり、その場でウネウネと形を崩し始めた。
見守っていると段々と形が定まっていき……鹿へと見事な変身を遂げた。
俺の予想通り、このスライムにも擬態能力は備わっていた。備わっていた、のだが……
「……小さいな」
元々の個体が小さいせいか変化を遂げた姿も小さいままだった。
結論、擬態能力は備わっているものの個体の大きさに難あり。
第4条.出来る限り側にいましょう。〜あなたの側が一番安心だと思わせる事が出来れば永遠不滅の絆まで、あと一歩!
「出掛ける時は、なるべく連れて行くようにするか」
スライムが嬉しそうに身体を揺らす。……こんなので本当に絆が深まっていくのだろうか?
第5条.構ってあげましょう。〜モンスターが構って欲しそうにしている時は素直に構ってあげましょう。ちなみに甘えさせる時も同じです。
▼スライムが構って欲しそうに指に擦り寄ってきた!
▼ライはスライムを数回つついた。
▼スライムは、とても喜んでいる!
……こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか?不安しか無いが、とりあえず一週間だけ試してみるか。
こうして俺のスライム育成生活が始まった。
◇
1日目
「そもそも、お前は名前を付けてほしいのか?」
スライムは、こちらに何か期待を込めるように見つめているような気がする。目が見あたらないから本当にそんな風に見ているのか分からないが。
「……分かった。考えておく」
そう言うと、スライムは身体でハートを作り出した。森でも見た反応だが、これは喜んでいると取って良いんだよな?
2日目
トマトを大変気に入ったようで昨日と今日でトマトを二個食べてしまった。たったの二個と思うかも知れないが、このスライムの大きさから考えると二日で二個を平らげるのは結構……いや、相当凄いと思う。
「……少し大きくなったな」
トマト二個が入った身体は掌サイズは変わらないものの誤って踏み潰してしまう事が無いくらいには大きさを増していた。このまま与え続けたら、もっと大きくなるかも知れない。
3日目
最近、良い暇潰しを見つけた。それはスライムによる擬態ショーだ。俺がスライムを見つめ、それに返すようにスライムがお辞儀をしたら始まりの合図。
東の森にいるのであろうモンスター達の擬態を延々と繰り返すだけのものだったが、充分に楽しい。
自分が見た事あるものなら何でもなれるのか、それとも捕食したものにしかなれないのかは、まだ分からない。
出来る事なら少しでもレパートリーを増やしていきたいと思っている。
虫がスライムの近くまで飛んで来た。スライムは身体から伸ばした触手で虫を捕らえ、あっという間に吸収。まさに一瞬の出来事だった。
スライムはたった今、吸収した虫の姿に。これで、また一つスライムの事が分かった。
4日目
「ライ、お使い頼んでも良いかしら?」
「良いですよ」
いつものように買い物カゴを受け取ると、マリアはなんだか釈然としないような表情を浮かべている。
「トマトを買ってきてほしいの。何故だか最近、トマトの減りが早い気がするの……どうしてかしら?」
「さ、さぁ……」
心の中で母に謝罪し、早速お供としてスライムを連れ出してみる。
初めは歩いている人間に襲いかからないか心配で気を配っていたがその様子は無く、俺から離れる様子は無い。
買ったトマトに何度か狙いを定めていたのが気になったが、実際に食べる事はしなかったので今回は見なかった事にした。
5日目
スライムは順調に大きくなっている。同時に身体の色が、徐々に薄まっているように見える。
成長は素直に喜びたいところだが、問題は、このまま大きくなってしまうと母に隠すのが難しくなってくるという事だ。
今のところ大人しいし、よく見れば可愛い奴だ。
余程のスライム嫌いでなければ、きっと母も気に入ってくれる……と思う。
6日目
「ライ、いつの間にクッションなんて買ったの?」
スライムを隠せるスペースが、とうとう無くなってしまった。
幸いにもクッションと勘違いしているアランが、先程から感触を楽しんでいる。
「気持ち良いね、これ。どこで買ったの?」
「……どこだったでしょう。忘れてしまいました」
自然の産物である事は幼馴染であっても内緒だ。
有り難い事にスライムもされるがままで微動だにしなかったからバレずに済んだ。
7日目
「……名前、決めたぞ」
その一言に待ってましたとばかりに、いつも以上に高く跳びはねる。
「緋色。お前の身体の色から取った……どうだ?」
また顔面に張り付かれるのではと思わず目を瞑ったが、いつまで経っても顔に衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けるとスライムは触手を伸ばして大きな丸を作っていた。
どうやら今回は気に入ってもらえたようだ。
ホッと息を吐いてスライム……いや、スカーレットと向き合った。
「これから、よろしくな……スカーレット」
そう言って手を差し出すとスカーレットは触手を伸ばし、手にそっと巻き付いた。
1週間試してみた結果は、悪いものでは無かった。
最初は掌に乗せられる程の大きさしかなった身体が、今では抱き抱える程になった。
お蔭で大きさをある程度自由に変えながらの擬態が可能となった。
トマトを食べ続けたせいか、どこか生々しかった赤黒い色のは今では綺麗な緋色となっている。
しかし、根本的な問題は残っている。コイツを隠す場所が決まっていない。
そろそろ母にスカーレットの存在を正直に伝えた方が良いだろうが……でも、何から伝えれば。
正に、そう思っていた時だった。
「ライ、今日の夕飯の事なんだけど……」
ノック無しに開かれた扉。
恐らく、真っ先にマリアの目に飛び込んだのは俺の腕にじゃれるように巻き付いている緋色の物体(※スライム)だろう。
「………………」
「………………」
言葉の無い空間に、嫌な汗が流れる。
スカーレットは俺と彼女の間に流れる空気を感じ取っていないのか腕にぶら下りながらユラユラと揺れている。
「えーっと……ライの新しいお友達?」
混乱から抜け出せていない彼女の精一杯の一言だった。
本当、ネーミングセンスとか皆無なんです。orz
誰か、オラにセンスを分けてくれぇ…!!




