73話_王都の城
王都という国は複雑そうに見えて、意外とシンプルな構造だ。
中心にある城を囲うように建てられた市場や住宅街、魔法学校や勇者学校にギルド。
そして、これらの建物も含めて王都と呼ばれる領地を全て覆い囲んだ空高く伸びる城壁で構成されている。
東西南北見渡しても、この城壁が見えない場所は無い。
カグヤの結界があるのに、こんな城壁まで用意する必要があるのかと疑問に思うが、目には見えない結界だけでは心許ないという小心者なお偉いさん方の判断だろう。
正方形に囲まれた城壁を見る度に自分が玩具箱に入れられた人形にでもなったような妙な気分になる。
そんな王都が一見、複雑そうに見えるのは城を囲むように建てられた様々な建築物の配置が原因だ。
道なりに歩いていけば、基本的には何処へでも辿り着くのが王都の道だが、城へと続く道だけは土地勘の無い者ならば必ず迷ってしまう程に入り組んでおり、そう易々と城まで導いてはくれない。
王都の城はギルドに行く途中で何度も遠目からは見ていたが、こうして直接、城を訪れるのは初めてだった。
城へと続く道は普段通っている道と比べて人通りが少ないため、同じ王都内でも別世界に迷い込んだかのような不思議な感覚に襲われる。
少ないと言っても全く人がいないわけでは無い。
王都全体において常に監視の目を向けている巡回兵が、通りすがる俺達に険しい視線を向けながら通過していく。
居心地の悪い視線に耐え切らず、道を変えることは出来ないのかとビィザァーナに問いかけたが、彼女から返ってきた答えは〝この道を通らなければ城へは辿り着けない〟だった。
つまり、この道を通らないという選択肢は無いという事だ。
兵士からの視線に耐えながら進み続けると、ようやく細い道を抜けた。
細い上に、周囲の建物や壁の影となっていて全体的に暗い道だったせいか長い間、身を潜めていた土の中から漸く顔を出した虫のような気持ちで空から世界を照らす太陽の眩しさに目を瞑りながら大きく背伸びをした。
「さぁ、着いたわよ」
ビィザァーナの言葉に薄く目を開けると目の前に魔法学校なんて比では無いほどに、やたらと長身な建物が聳え立っていた。
魔法学校でさえ初めて見た時は敷地の広さや建物高さに驚いたが、今回は、その時以上だ。
そんな俺以上に驚いていたのは隣にいるリュウ。あんぐりと大きく口を開けて、この世の物では無い何かを見るような目で城を見上げている。
俺も前世で自分の城を築き上げていなければ、彼と全く同じ反応をしていたかも知れない。
自分の城と大層に言っても、俺の場合は何の知識も労力も必要としない魔法で適当に作った物だが……
そもそも城の外観や内装をよく理解もせずに築いたあれを〝城〟と呼んで良いのかも微妙なところだ。
「おや? ビィザァーナさんでは、ありませんか」
ビィザァーナに気さくな様子で声をかけてきたのは意外にも、城の中へと続いているのであろう大きな扉の番人である兵士だった。
見るからに重量のある鎧を身に纏っているにも関わらず、軽快な足取りで駆け寄ってきた兵士にビィザァーナは街中で友人にでも会ったかのように手を振った。
「あら、久しぶりね。貴方と最後に会ったのは、いつだったかしら?」
そんな言葉を交わすや否や、ビィザァーナと兵士は親しそうに談笑をし始めた。
俺とリュウは取り残された者同士、2人の会話に耳を傾けることしかできない。
「それで……本日は、どのような御用件で? 珍しく、同行者を連れているようですが」
有り難いことに、兵士の方から俺達の存在に気付き、話を上手く誘導してくれた。
ビィザァーナは俺達を見た瞬間、何やら思い出したように小さく声を漏らした後、俺達に手招きした。
「実は、今回は私が同行人なの。〝お客様〟は彼らの方よ」
そう言うと彼女は、やって来たばかりの俺達の背中をポンと押した。
兵士と向かい合うような形になってしまった俺達は、訝しげな表情で見つめる兵士の視線から流れるように目線をゆっくりと逸らした。
「彼らは魔法学校の生徒ですよね? とても〝客〟として招かれるような大層な方々には見えませんが……」
先ほどまでビィザァーナと親しげに話していたから、すんなりと中へ通してくれるかと思ったが、この兵士……公私を、しっかりと判別しているらしい。
ただ、顔見知りであるビィザァーナを疑うような行為に良心は痛んだらしく、申し訳なさそうに眉を下げている。
そんな兵士の姿を見てもビィザァーナは怒る様子も無く、何か考えるように口元に手を添えた。
「ライ君、例の物を彼に見せてあげなさい」
例の物と彼女は曖昧な表現を口にしたが、その正体が彼女から渡された封筒のことだと、すぐに察しがついた。
中に入っている手紙が本当に王子本人から送られてきた物ならば、この手紙は俺達が〝客〟として招かれたという充分過ぎるほどの証拠になる。
不安に駆られながらも手紙を取り出し、兵士に封筒を手渡した。
中を開いて手紙を読むかと思いきや、兵士は封筒を手に取った瞬間、大袈裟なほどに目を見開いて封筒と俺達を交互に見た。
「そんな馬鹿なっ?! いや、しかし、これは確かに……」
何やらブツブツと呟きながら頭を抱え始めた兵士に戸惑ったようにリュウと顔を見合わせていると、ビィザァーナが兵士から封筒を奪い、俺に渡した。
「分かってもらえたかしら? 彼らは王子に直々に招待された〝客〟なの。……通してもらえるわよね?」
ニッコリと微笑んだビィザァーナだが、その笑顔に影が出来ているのは、気のせいだと思いたい。
「そう、ですね。あの紋章を見せられてしまっては……」
紋章?
兵士の言葉に改めて封筒を見たが、封筒自体には紋章どころか模様すら無い。
ならば、注目すべきは封蝋しかあるまい。
封蝋には確かに、何かの紋章のようなものが施されている。その紋章のようなものこそが、フリードマン王家を証明する歴とした紋章だったのだ。
「大変、失礼致しました。どうぞ中へお入り下さい」
頭を深々と下げた兵士の言葉に反応するように、閉ざされていた大きな扉がゆっくりと開き始めた。
誰の手も加えられず、大きな扉は自分の力で中へと続く道を解放してくれた。
恐らく、この大きな扉には何かの魔法が施されているのだろう。
扉からは、微量ではあるが魔力らしき何かが漂っていた。
「さ、入るわよ。2人とも」
扉が完全に開くのを待たずに、ビィザァーナは躊躇なく城中へと足を踏み入れた。
客である俺達よりも先に城へ入るとは、これまた随分と図々しい〝同行人〟だ。
未だに城に見惚れていたらしいリュウを軽く小突き、俺はビィザァーナを追うように城の中へと入った。




