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かつて世界の破滅を願った魔王は転生世界で何を願う?  作者: 零珠音
特別クエスト『熱血王子を護衛せよ』 編
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72話_早朝の訪問者

 今日も、昨日と同じ時間に目が覚めた……が、目は覚めても身体を起こすのが億劫で、まだ布団から抜け出せていない。

 昨日の疲れが、未だに身体を蝕んでいるようだ。

 そのまま二度寝出来るなら、どれほど良いか……しかし、現実は優しくない。


(ライ、ライ! オハヨウ!)


 そんな俺とは裏腹に、元気の良い挨拶をしてきたのは俺の腹の上で飛び跳ねているスカーレットだ。

 違和感は感じるが、腹が押し潰されるような圧迫感は無い。

 それだけスカーレットが軽いという事だ。


「……おはよう、スカーレット」


 挨拶を返してスカーレットを撫でれば、照れたように触手を擦り合わせた。

 俺が身体を起こそうとすると、スカーレットはすぐに飛び退いた。


「スカーレット、リュウも起こしてやってくれ」


(リョーカイ!!)


 擬態した手でビシッと見事な敬礼をしたスカーレットに頼んだぞという意を込めて、俺も小さく敬礼で返した。

 どこで、こんな事を覚えてくるのやら……


(まぁ、大体の見当はついてるが……)


 スカーレットが腹の上に乗っていることにも気付かず、スヤスヤと眠っているリュウを一瞥し、身支度をしようと洗面台へと向かった。

 その直後、


 ────バチン!!


「ぃ……っ、てぇぇぇぇえ?!」


 乾いた音が響いた後、朝という穏やかな時間には不似合いなリュウの叫声に、思わず耳を塞いだ。

 昨日の罪滅ぼしというわけでは無いが、今日は確実に起こしてやろうという俺の配慮だ。

 決して、悪意は無い。

 顔を洗い、寝癖を整えて洗面所を出た俺を、不機嫌そうに目を細めたリュウが待ち構えていた。

 彼の左頬には、くっきりと見事な紅葉が浮かび上がっている。


「おはよう」


 何事も無いように挨拶した俺に、リュウが挨拶を返す……わけも無く、何か言いたげな表情で俺に詰め寄った。


「なぁ、ライ……突然、スカーレットにビンタされたんだけど、アレ、お前が命令したの?」


「あぁ。昨日みたいに遅刻しないようにな」


 淡々と答えると、リュウは返す言葉も無いとばかりに言葉を詰まらせた。この様子だと昨日は相当、ビィザァーナに絞られたようだ。


「お、お前さ……昨日、どこ行ってたんだ? てか、いつ帰ってきた?」


 リュウにしては賢明な判断だ。これ以上、自分の首を締めないように話題を変えてきた。


「昨日は、ギルドに行っていた。何時に戻ったかは覚えてないが……真夜中だった事だけは覚えている」


「え、ギルドに? ……そんなに苦戦するクエストだったのか?」


「まぁ……」


 昨日のことはリュウには伏せ、適当に誤魔化した。

 特に疑われもしなかったので、この話は、これで終わりだ。


 ────コン、コン、コン。


 まるで俺達の会話が終わるのを待っていたかのようなタイミングで廊下へと通じる扉が3回、一定のリズムで叩かれた。

 寮での生活を始めて結構な時間が経つが、こんな早朝から誰かが訪ねてくるのは初めてだった。

 リュウと顔を見合わせ、返事をしながらも少し警戒するように扉へと近付いた。

 場所が場所のため、奇襲される心配は無に等しいだろうが、念のためだ。

 ドアノブを掴み、ゆっくりと回しながら扉を少しだけ開くと、その隙間から顔を覗かせたのは、なんとビィザァーナだった。


「おはよう、ライ君。朝早くから突然、ごめんね」


「ビィザァーナさん……?!」


 彼女が何故、この時間に、この場所にいる?

 予想外どころの話じゃないと驚きを露わにした俺に、彼女は申し訳なさそう眉を下げた。


「ライ、誰かいるのか? オレの聞き間違いでなければ〝ビィザァーナ先生〟の声が聞こえたような……」


 俺の肩に顔を乗せ、リュウが扉の奥にいる来客者の姿を捉えた瞬間、ゆっくりと後退りをした。

 そんな彼を逃がさないとばかりに、ビィザァーナはニッコリと嫌に爽やかな笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、後退っていたリュウの身体は何かに縛られたかのようにピタリと立ち止まった。


「どこへ行くのかしら、リュウくん?」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ……っ!」


 魔法を力技で解こうとしている憐れなリュウの姿を視界に捉えつつ、ビィザァーナの方を見た。


「それで、ビィザァーナさん……どうして、ここに?」


 今、彼女に問いかけたい疑問を、ようやく投げかけると彼女は思い出したようにポンと手を合わせ、ポケットから何かをガサゴソと取り出し、俺の前に差し出した。

 彼女が差し出したのは、何かの紋章が施された封蝋の目立つ、白一色のシンプルな封筒だった。


「これをライ君とリュウ君に届けにきたの。アルステッド理事長から至急、貴方達に届けて欲しいって……まったく、あの人ったら朝から人使い荒いんだから」


「俺と、リュウに……?」


 封筒は1通しか無いが、この1通で俺とリュウ宛なのだろうか?

 それにしても、この封筒……上品さというか高級感というか……封筒の分際で、気安く手に取るのも恐れ多いと思わせるオーラが漂っている。

 

(一体、誰から……?)

 

 封筒を両面裏返して見てみたが、宛先は記されておらず、外見からの情報は、この封蝋からしか得られない。


「とりあえず開けてみなさい。私も、中身については何も教えてもらって無いの」


 要は、〝私も中身が気になるから、さっさと開けて中を見ろ〟という事か。

 興味深そうに封筒へ視線を落としたまま、去る気配も無いビィザァーナに、思わず苦笑すると、彼女の期待に応えるように封蝋を剥がし、中に入っている1枚の、一つ折りにされた紙を取り出した。

 紙を広げた瞬間、びっしりと埋められた文字の羅列に、早くも読む気力を失った。

 とりあえず、この手紙は誰から届いた物なのか。

 そして、誰からの手紙か分かったら、適当に流し読んで要点だけ掴めば良い。

 そんな軽い気持ちで、最後に書かれた、自分達に、この手紙を送りつけてきた主の名を見た。

 送り主が誰なのか分かった瞬間、この手紙は一字一句、読み流して良いものでは無いと理解してしまった。

 何も言わない俺に訝しげな表情を向けたビィザァーナが、俺が見つめている手紙を覗き込むように黙読し始めた。


「え゛……こ、れ……嘘でしょ……?」


 あり得ないとばかりにビィザァーナは緩く首を左右に振りながら、そう呟いた。

 彼女の反応を見る限り、この手紙の内容は、俺だけが見える幻覚の類では無く、現実として書かれた文字の羅列のようだ。


「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……っはぁ! やっと動けた……」


 ビィザァーナが動揺した事により解けたのか、それとも本当に力技で解いたのかは定かではないが、ようやく解放されたリュウが再び俺の肩に顎を乗せて、手紙の内容を食い入るように見つめた。


「え、は……? 何これ、誰かの悪戯? それとも、ビィザァーナ先生渾身のドッキリ?」


 俺と同じく、最初に宛名を見たのであろうリュウは、この手紙に関して様々な憶測を立て始めた。

 暫くの間、言葉を失い、目をパチパチと忙しなく瞬きをしていたビィザァーナだったが、ようやく冷静に現状を整理できたのか、改めるようにコホンと咳払いをした。


「……どれも違うわよ、リュウ君。これは正真正銘、アンドレアス・ディ・フリードマン王子から届いた手紙ね。いえ……手紙というよりコレは……()()と言っても良いかも知れないわね。しかも、王子から直々の」


「…………何で?」


 リュウの疑問は尤もだ。

 王子ならば、俺達のような学生よりも、もっと頼りになる存在が、周囲にごまんといる筈だ。

 それを何故、わざわざ俺達に依頼を申し込む?

 そもそも、俺もリュウも王子とは直接的な関わりは無い筈だ。

 だからこそ、ますます意味が分からない。


「私に聞かれても分からないわ。だって、私も今、知ったんだもの。でも……これだけは言える。この手紙は、間違いなく本物。貴方達は何らかの理由で、アンドレアス王子から直々に依頼を申し込まれるだけの〝信頼〟を得たのよ。一応、聞くけど……心当たりある?」


 ビィザァーナの問いかけに、俺とリュウは即座に首を左右に振った。

 顔を見合わせたことも、一言の会話すら交えたことも無い相手の信頼を得る〝心当たり〟など、あるはずが無い。

 というか、彼とは前世のこともあり、正直、関わりを持ちたく無い。

 そう思い始めると、この手紙、実は送り先自体を間違えているのでは無いかと、初期の段階から疑わずにはいられない。


「そうよねぇ……うーん……ま、とりあえず、手紙が届いたことは事実なんだし、確認のためにも1度訪ねた方が良いかも知れないわね」


「え、あの……訪ねるって、どこに……?」


 嫌な予感を覚えながらも、ビィザァーナに問いかけた。


「決まってるじゃない。アンドレアス王子がいる〝お城〟よ」


 彼女はキョトンと目を丸くしながら、当然の如く言い放った。


(…………あのまま、二度寝してしまえば良かった)


 今更な後悔を宿しながら、俺は避けられないと知った運命に、静かに心の涙を流した。

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