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71.5話_閑話:全ては、貴方との未来のために

※今回は、いつもより長いです。

 ロゼッタは憤慨(ふんがい)していた。

 それはそれは、周囲の岩や大木(たいぼく)を薙ぎ倒してやりたい衝動にかられる程に。

 原因は彼女の目の前で今日の分の食料と薪を調達しているキャンディとギィルだ。

 昨日、ロゼッタは確かに自分が魔王と会ったことを話した。その証拠として自分の言葉にキャンディと……恐らくギィルも驚いていた事を、しっかりと記憶している。

 しかし問題は、その後だった。


「てゆーかさ、まさか、ここから王都まで走って往復したの? ウケるんですけど」


 ウケると言っている割に、無に近い表情のキャンディの発言で空気が悪い意味でガラリと変わったのが分かった。

 彼女の言葉に我に返ったギィルは、やれやれと肩を竦めた。


「ロゼッタ……まさか、貴女が現実との境目(さかいめ)が曖昧になってしまう程に追い詰められていたとは知りませんでした」


「は? 私が嘘を吐いてるって言いたいの?」


「頭を冷やせと言っているんです」


 お面から聞こえた声は、珍しく動揺していた。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに。


「貴女が本当に見たのは、魔王様なのですか? もう一度、よく思い出して……」


「間違いないわ、絶対に」


 ロゼッタはギィルの言葉を遮り、自分の目で見た真実を突きつけた。それだけ、彼女には自信があったのだ。

 こうなってしまったロゼッタは自分が正しいと信じて疑わない。聞こえは良いが、言い換えれば他の意見には耳を傾けないという事だ。

 ロゼッタの性格を把握している彼らだからこそ彼女の言葉に下手に反論はせず、互いを見て呆れたように息を吐いた。


(……どうすんの、これ?)


(何を言っているんですか。こういう時こそ、()()()()()でしょう?)


 言葉の無い会話(アイコンタクト)で迅速に、この状況を打破する策を考えつくと早速、実行へと移したキャンディによって、この話はオチも付かないまま強制的に終了となってしまったのだ。

 お蔭でロゼッタの昨日の記憶は、中途半端なところで途絶えており、彼女が意識を取り戻した時には既に次の日(今日)になってしまっていた。


「ねぇ、さっきから薪割り全然進んでないじゃん。ワタシ達が真面目に仕事してる間、ずっとサボるつもり? あり得ないんですけど」


 両手一杯に木の実を抱えたキャンディがロゼッタの周囲に積まれた木材の山を見て、顔を歪めた。


「……うるさいわね。アンタ達が真面目に話を聞いてくれていれば、もう少しやる気も出たわよ」


「うわー。この人、まだイジけてるんですけど。メンドくさ」


 話しかけなければ良かったと、隠すことなく表情に出したキャンディにロゼッタは額に青筋を立てた。


「その話し方、どうにかならない? 聞いてて腹立つんだけど」


「ロゼッタってば、心せまーい。魔王様はワタシの話し方〝好き〟って言ってくれたよぉ?」


「……現実との境目が曖昧になってたのは、アンタの方だったみたいね」


 結局、この世界でも彼女のことを好きにはなれないと再確認したところでロゼッタは相手するだけ損だと渋々と薪を割り始めた。

 薪を割る程度なら斧は必要ない。彼女にとっては、拳一つで充分だ。


「うぉるぁ゛っ!!」


 ロゼッタの拳が薪に触れると、斧で割られたかのような綺麗な断面図を見せながら薪が左右に倒れる。


「……怖っ」


 後退りをしたキャンディに、ロゼッタは得意げな笑みを見せた。


「この力は魔王様から絶大な信頼を得ていたんだもの。この程度、造作もないわ」


「うわ……この人、薪を1本割った程度でドヤ顔してるんですけど。本当、引くわー」


 キャンディの言葉はロゼッタの耳には届かなかったのか、彼女は景気良く薪割りを続けた。

 てっきり怒って暴走するかキノコが生えそうな程にジメジメと落ち込むかのどちらかの反応を見せてくれると思っていたのに、逆に彼女を励ますよ結果となってしまった事にキャンディは不満そうに頬を膨らませる。

 そんなキャンディの頭に軽い衝撃が降ってきた。


「あたっ!」


 本当は痛くはなかったが、反射的に声に出してしまった。


「彼女にちょっかい出してないで真面目にやって下さい」


「えぇ〜?! ワタシ、ちゃんと真面目にやってるよぉー?」


 彼女の頭に容赦のある一撃をくらわせたのは片手に複数の薪を抱えたギィルだった。

 相変わらず彼の顔はお面で隠れているため、彼が今、キャンディをどのような表情で見つめているのか分からない。


「貴女の短所は、相手の気持ちを察せられる繊細な感覚を持ち合わせていながら、その感覚を利用して相手を茶化すことです。魔王様にも、何度も注意されたはず。これを機に、きちんと悔い改めなさい」


「……それ、アンタが言える立場?」


 キャンディは頭に置かれたギィルの手をはたき落とし、お面越しの彼を睨みつけた。


「誰よりも魔王様に執着してたアンタは結局、グレイや()()()に全部、取られちゃったじゃん。魔王様の1番も、魔王様の隣も……アンタは何一つ、手に入れられなかった。ワタシの短所が他人を茶化すことなら、アンタの短所は、余裕ぶってる癖に結局は何も手に入れられないダサいとこだよ。きちんと悔い改めろ? 自分のことを棚に上げといて、ワタシに説教しないで」


 言いたいことを全て言い切った彼女は謎の達成感と満足感で満たされていた。

 自分が正論過ぎて言い返す言葉も見つからないのかギィルはキャンディを見つめたまま微動だにしない。

 そんな彼の様子を見て、彼女は更に上機嫌になる。

 

「そういうわけだから、これからは気安く説教とかマジで止めてよね」


 ギィルは終始、無言。キャンディは自身の完全勝利を確信した。

 これ以上、この場に留まる理由も無くなった彼女はギィルの横をすり抜け、抱えた木の実を保管するために小屋の隣にある小さな貯蔵庫へ向かおうとした。


「キャンディ!!」


 突然、ロゼッタに名前を呼ばれて反射的に振り返ろうとする前にキャンディの身体は宙に浮いた。

 彼女の名前を呼んだロゼッタが、一瞬で彼女を横抱きにして高く飛び上がったからだ。


「は?! ちょ、何?!」


「何、じゃないわよ! アンタ、なんて事してくれたの?!」


 ロゼッタの言葉の意味も彼女に抱えられている今の状況も分からず、キャンディは戸惑いを隠せない。

 だが、彼女の声が、表情が、焦燥に染まっている事だけは分かった。

 まるで何か目覚めさせてはいけない怪物を目覚めさせてしまったかのように。


 ────ドォォォオオン!!!


 今の状況も把握出来ていないというのに、それに追い討ちをかけるかのようにキャンディは鼓膜が破れそうな勢いの轟音を聞いた。

 あまりに突然のことだったため当然、耳を塞ぐ間も無く、轟音の凄まじい威力が彼女の耳の奥まで直に届いた。

 キーンと耳鳴りのような音が大音量で彼女の脳内にて響いている。

 耳を塞ぐことが出来なかったのはロゼッタも同じで、表情筋がつりそうな程に顔を歪ませながらも何とか小屋の屋根の上に着地した。

 地面から小屋の屋根までは約5メートルほどの高さがある。

 その高さを魔法も無しに、しかもキャンディを抱えたまま己の脚力のみで見事に着地まで成功させたロゼッタは女という概念以前に人間という概念から見直していくべきだ……なんて巫山戯(ふざけ)ている場合では無いと、ロゼッタから降りたキャンディは轟音のした方を見た。

 轟音の正体は爆発音だった。

 音の大きさの割に地面が抉られている範囲は狭く、地面の割れ目からは細々としたものから幕のように幅の広いものまで、様々な形の黒煙が昇っている。


「ぇ……マジ……?」


 キャンディが注目したのは地面の抉れ具合でも煙の多さでも無く、地面が抉れている()()だった。

 あの場所は、ギャンディが先ほどまでいた場所。

 もし、あのままロゼッタに抱えられること無く、普通に歩いていたら。そう考えた瞬間、あの見るも無残な自分の姿が脳裏で再生されて思わずキャンディは戦慄した。

 一体、誰が……そんな探偵の犯人探しのような作業は不要だった。

 彼女には既に分かっていた。自分を狙ったかのようにピンポイントで且つ強力な爆発を仕掛けた犯人が。


「チッ……外したか。おい、ロゼッタ。余計な事すんじゃねぇよ」


 いかにも不機嫌そうな声は少しだけ衰えを見せた煙の奥から聞こえた。

 それはキャンディだけでは無く、ロゼッタにとっても聞き馴染みのある声。

 しかし、声に込められた感情やトーンは今まで聞いてきたものと全然違う。その者と同じ声を持った別の誰かが話しているかのような不思議な感覚だ。


「嘘……()()()もいたんだ」


「ギィルがいるんだもの、()もいるに決まってるでしょ」


 抉られた地面を避けるように通り、斗折蛇行(とせつだこう)する煙の奥から姿を見せたのは、見つめられただけで蛇に睨まれた蛙のように動かなくなりそうな程に威圧感のある三白眼と軽く開かれた口からちらついている(さめ)のように鋭い歯が特徴的な青年だった。

 青年の片手には明らかに彼には不似合いなお面が握られている。

 あの青年は、ギィルなのだ。


「うわ……久々に見たよ、〝(こわ)ギィル〟。ワタシ、いつもの〝陰湿ギィル〟も苦手だけど、アイツは、もっと苦手なんだよなぁ」


「その苦手な彼をアンタ自身が呼び出したんだからね」


 ギィルは所謂、()()()()と呼ばれる存在。簡単に言うと、1つの身体に2人分の人格が入っている。

 両者の性格は見事なまでに真逆で、1人は敬語が日常会話の堅物、もう1人は何か気に食わない事があればすぐにキレる短気な性格をしていた。

 前者の彼は自分の顔がコンプレックスのため常にお面で顔を隠している。

 その彼こそがギィルという1人の人間の人生のほとんどを構築してきた張本人なのだ。

 後者の彼は、前者の彼が必死に抑え込んでいるのか滅多に姿を現さないが、前者の彼の精神が不安定になったり意識を失ったりと、それなりの条件が揃いさえすれば予告もなく姿を現わす。

 しかも不思議なことに前者の彼には魔力が無いため魔法が一切使えないが、投げナイフが異常に上手い。

 対して、後者の彼には魔力を感知する能力と爆破魔法という天と地の差と例えても過言では無いほどに与えられた能力の優遇差が激しい。

 普段のギィルならば、この件も話し合いで穏便に済ませられただろうが、今のギィルは話どころか下手をすれば戦闘沙汰にまで発展してしまう。

 今の自分達の立場上、目立つような事だけは避けたい。


「久しぶりね、ギィル……いえ、貴方は()()だったわね」


 出来るだけ刺激しないように言葉、声のトーンなど普段は気を遣わない部分にまで細心の注意を払いながらロゼッタはギルに声をかける。


「久しぶりだな、ロゼッタ。どうやら、俺のことを完全に忘れてたわけじゃ無さそうだな」


 キシシと愉快そうに笑いながら、ギルはお面の持っていない方の手をズボンのポケットに突っ込んだ。


ギィル(あのヘタレ野郎)が、この俺を狭っ苦しいところに押し込めやがるもんだから窮屈で仕方なかったんだ。だから感謝するぜ、キャンディ。お前のおかけで、俺は久々に外に出られたんだからよぉ」


「……アンタは、感謝する相手に爆破魔法を使うの?」


 ロゼッタの咄嗟の行動が無ければ今頃、キャンディは爆破に巻き込まれて最悪、怪我では済まなかったかも知れない。

 そんな未来を想像したら身震いが治らないが、それでもキャンディは、しっかりとギルを睨みつける。


「俺だって久々の登場で(しょ)(ぱな)から爆破魔法ぶっ放すなんて展開は避けたかったさ。でも今回は、お前が悪いんだぜ? お前はギィルを追い詰めた。ギィルと俺の地雷を容赦なく踏み抜きやがった。だから俺が直々に少しだけ制裁を喰らわせてやろうと思ったんだよ」


(少し? ()()が、少し?! 殺す気満々だった癖に……っ!)


 地面の抉れ具合といい、あの轟音といい、まともに受けていれば少しの怪我では済まなかっただろう。

 自分の言葉でギィルが精神の中へ(こも)り、ギルが身体を乗っ取ることに成功したのは分かったが、命を取られかけた彼女からすれば、そんなものは、どうだって良かった。

 キャンディは声を震わせながらも、ギルを鼻で笑った。


「何それ……あんな言葉で引きこもるとか精神弱すぎ。てか、どんだけ魔王様のこと好きなわけ?」


 相変わらず容赦の無い言葉を吐いたキャンディだったが、今の言葉は自分にも刃となって襲いかかってきた。

 彼女だって魔王が好きなのだ。好きだったのだ。

 出来ることなら彼女は魔王と、ついでにロゼッタ達と、もっと一緒に居たかった。……実際、その願いは叶わなかったわけだが。

 ギルはキャンディの今の感情を全て理解しているかのようにニヤリ笑う。


「お前も人のこと言えねぇじゃねぇか。此処にいる奴は全員、〝同じ穴の(むじな)〟だろ?」


 違うか?

 そう問いかけるギルにキャンディもロゼッタも複雑そうに顔を顰める。

 彼の言う通り、ロゼッタもキャンディもギル(ギィル)も皆、魔王を慕っていたのは事実だった。


「ロゼッタ、お前……魔王様に本当に会ったんだな?」


「え? ……えぇ、本当よ。間違いないわ」


「本当に間違い無いんだな? それは他人の空似なんかじゃなく正真正銘、本物の魔王様だったと誓えるか?」


「えぇ、誓うわ!」


 まさか自分に話を振られるとは思わなかったロゼッタは反応が遅れたが、ギルの問いかけに、しっかりと頷く。

 これが最終確認だとばかりに再度、問いかけたギルに力強く答えると彼は満足そうに笑った。


「よし……それじゃあロゼッタ、お前が魔王様に会った場所を教えろ。それから魔王様の身なりもな。そしてキャンディ。お前は、今持っている力の全てを使って()()()()()を使役しろ」


 そう言うや否や、ギルは上機嫌に口笛を吹きながら小脇に抱えていた薪を適当に放り投げ、小屋の中へと入っていった。

 呆然とギルが小屋に入っていく様子を見つめていたロゼッタとキャンディだったが、ギルがロゼッタの名を呼ぶと我に返ったように慌てて屋根を飛び降り、中へと入った。

 屋根に1人とり残されたキャンディは、ギルの突然の命令に呆気にとられながらも、頭の中では冷静に情報を処理していた。


(〝あの化け物〟って……生きる厄災(リヴ・ディザスター)の事? 無茶言うなっつーの)


 悪態をつきながらも屋根を恐る恐る飛び降りた彼女は小屋の中には入らず、小屋が建っている場所の奥に広がる〝弱肉強食(ウィークミート・)の森(フォレスト)〟へと誘う自然に出来た並木道へと足を進めた。

 キャンディが森の方へと確認したギルは、自分の野望を叶える道が少しずつ確立していることへの嬉しさに思わず口角を上げた。


(ずっと、この日を待ってたんだ。やっと……やっと、アンタに会える……! 今度こそ、俺があの人の隣に立つんだ。あの()()()()()なんかじゃねぇ、この俺がっ!!)


 決意にも似た言葉を心に零したギルの瞳は、憎悪の色に染め上げられていた。

[新たな登場人物(追加)]


◎ギル

・ギィルの中にある、もう1つの人格。

・ギィルと違って、荒々しい言動。

・魔力感知と爆破魔法を得意としている。

・ロゼッタとキャンディの協力(強制)を得て、何か企んでいるようだが……?



異世界から来た青年編は前話で終了し、今回から新しい話へと突入する予定でしたが、急遽予定を変更して、もう1話だけ閑話を追加することにしました。(前も、こんなことあったような……←)

新しい話を楽しみにして頂いた方……もし、いらっしゃいましたら、本当に申し訳御座いません。

次の話からは、ちゃんと新しい話へと突入致します。

それでは、改めまして……


次回、

《特別クエスト〝熱血王子を護衛せよ〟 編》突入。

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