71話_報告
「魔王殺剣か……まさか伝説の魔剣を直接、お目にかかれる日が来ようとは……」
ガチャールからの報告を一通り聞いたアルステッドは、険しい表情で呟いた。
「す、すみません……っ! きっと、わ、私の魔法が、未熟だったから……!」
自分の失態だと今にも泣きそうな表情で頭を抱えたガチャールの肩に、ファイルの手が置かれる。
「ガチャールちゃんは何も悪くないっすよ。それに、君の召喚魔法は未熟どころか優秀っすよ。危険度の高い異世界転生召喚の命を授けられたくらいっすからね」
ファイルの言葉に少しだけ落ち着きを取り戻したガチャールは、僅かに表情を明るくさせた。
「そうだとも。ガチャール君が責任を感じる必要は無い。君の召喚魔法は実に優秀なものだ、自信を持ってくれ給え。ただ……その優秀な君の召喚魔法で、よりにもよって、転生者に与えられた力が魔王の脅威となる魔剣とは……これは、何かの暗示だろうか?」
「異世界転生者に与えられる力は、この先の未来を仄めかすものだとも言われています。ハヤト君に、あの剣が与えられたという事は……それ相応の未来が待ち受けていると覚悟しておいた方が、良いのかも知れません……」
ガチャールの言葉に、アルステッドは深く息を吐き、肩の力を抜いた。
「成る程……つまり、存在していてると見ても構わないという事だね──〝魔王〟が」
アルステッドの確信めいた言葉に、ガチャールは不安そうに、だが、しっかりと頷いた。
「まぁ、魔王の件に関しては、今すぐに何か出来るわけでは無い。もう少し様子を見るとしよう。私としては、もう1つ……ライ君のことも気になる。カリン君の擬竜化の進行を止めただけでなく、症状を緩和させたというのは本当かね?」
「間違い無いっすよ。オレっち達とデルタちゃん、それに、カグヤさんも見てやしたんで」
「ふむ……それだけの目撃者がいるなら、本当なんだろうね。あのカグヤさんの結界魔法でさえ、少しの間、進行を抑えるのが、やっとだったというのに……」
「や、やはり、彼も……贄、なのでしょうか?」
ガチャールの言葉を否定するように、アルステッドは首を振った。
「いや、彼は贄では無い。それは私が保障しよう。……贄は既に全員、こちらで把握しているからね」
アルステッドの言葉に、ファイルの眉がピクリと動く。
「彼には、私の方からも探りを入れてみるよ。2人とも、報告ありがとう」
そう言ってアルステッドは軽く頭を下げ、ガチャールとファイルも彼に釣られるように頭を下げた。
「さて……こちらが情報を貰ってばかりではフェアでは無いからね。私の方からも1つ報告をさせて頂こう」
てっきり、もう解散だと思っていた2人は、アルステッドの言葉に互いに顔を見合わせた。
「実は、君達がカグヤさんと会っている間に、私の元に面白い物が届いたんだ」
そう言って、アルステッドが懐から取り出したのは1枚の封筒。
白一色に染められたシンプルなデザインだ。だが、注目すべきは封筒では無く、その封筒を密封するために使われていた封蝋だ。
封蝋に刻印されている模様には、ガチャールもファイルも見覚えがあった。
だから、2人が、その模様の正体に気付くまで、そう時間はかからなかった。
「……フリードマン王家の紋章」
それは中央にある剣を挟むように向かい合う2人の騎士を表現していると言われているフリードマン王家の紋章。
フリードマン王家の血を受け継ぐ者だけが使用することを許されている特別な物だ。
「まさか王様から……?」
ガチャールの問いかけに、アルステッドは首を左右に振った。
「それが違うんだよ。……読んでみたまえ。そうすれば相手が誰なのか、すぐに分かる」
アルステッドから手渡された封筒を受け取ったファイルは既に開けられた封筒を開け、中に入っていた1通の便箋を取り出した。
カサリと音を立てながら一つ折りにされた便箋を開き、その便箋に書かれた内容を目で追っていけばいくほど、彼の表情は次第に強張っていく。
彼の隣で一緒に手紙を読んでいたガチャールも信じられないとばかりに口元を両手で覆った。
「……嘘だろ」
「私も、その手紙を初めて読んだ時は、君と同じ気持ちだったよ」
そう言うと、アルステッドは机に置いてあったカップに手を伸ばし、ズズッと紅茶を啜った。
「……彼らは、この事を知ってるんですかい?」
「いいや、まだ知らない。明日の朝、呼び出して伝えるつもりだ。ちなみに……ヴォルフの所にも同じ物が届いたらしい」
未だに現状処理に追われていたファイルは新たな情報に、ヒクリと口元を歪ませた。
「一体、何が、どうなってるんすか……? こんなの前代未聞っすよ?!」
もう、これ以上、情報を詰め込むのは限界だとばかりに頭を抱えたファイルに、アルステッドは同意するように頷いた……が、彼とファイルには決定的な違いがあった。
心底、不可解だとばかりに顔を歪ませたファイルに対し……アルステッドは、この状況が愉快だとばかりに口角を上げていたのだ。
まるで、これから始まろうとする何かが、楽しみで仕方がないとばかりに。
(本当、君は私を退屈させないな……ライ・サナタス君)
そんな彼らの耳にカグヤが口から血を流して倒れているという情報が入ったのは各々の報告を終えた、すぐ後のことだった。




