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69話_謎の声

 カリンの拒絶の言葉は、一直線に向かっていたカツェの足の自由を奪う足枷となった。

 ピタリと止まったカツェは戸惑ったような声を漏らしながら、毛布の中で(うずくま)っているカリン見つめていた。


「……何しに来たの?」


 静かに問いかけた彼女の声には、まだ拒絶の色が強く滲み出ていた。


「ぅ……ウチ、カリンちゃんが帰ってこないから……その、心配で……」


「それだけで此処まで来たって言うの? 何それ、余計なお世話!」


 カツェの善意を、カリンは言葉の刃で容赦なく斬り捨てた。

 折角の再会に水を差すようなことはしてはいけないと最後まで口を閉ざそうと決めていたが、流石に黙ってはいられなかった。


「心配してくれている相手に対して、そんな言い方は無いだろ」


 俺が割って入ってくるとは思わなかったのだろう。予想外だとばかりに、カツェは俺を見る。

 彼女の目は、遠目からも分かるほどに涙で潤んでいた。

 俺の声に反応するかのように、毛布に包まれたカリンの身体がビクリと上下する。


「何で、コイツもいるのよ。ガクヤさん」


「彼は、儂の大事な客人じゃ。それとも何か? 彼が、この場に(おっ)ては、何か不都合でもあるのか?」


 カグヤの問いかけられたカリンは暫しの無言を貫いた後、ハッと小馬鹿にするように鼻で笑った。


「アンタが、此処に居る理由は分かったわ。それで? 何? 妖精(フェアリー)族の男を庇ったように、今度はカツェを庇うわけ? 秀才様は随分と、慈悲深いのね。今度は私と模擬決闘(モックデュエル)でも、するつもりかしら?」


「俺のことが嫌いな割には、やけに詳しいな」


 突然、見違えるほどに、彼女が饒舌になったような気がする。

 とりあえず、彼女はカツェの予想通り、単なる風邪で姿をくらましていた訳では無いことは分かった。

 それでも少しだけ意外だと思ったのは、彼女が俺の身の回りで起こったことを把握していたことだ。

 彼女にとって俺は、気に留める価値も無い相手だと思っていたのに……なんて思いながらも、実は俺が気付かなかっただけで偶々、彼女も、あの場に居たのだろうと自分の中で最も納得のいく答えを導き出していた。


「………………」


 ……え? 何だ、この()は?

 てっきり、それらしい答えが返ってくると思っていただけに、何も言わない彼女に拍子抜けしてしまった。


「あ、当たり前じゃない! 戦いにおいて、敵の動向を探るのは基本中の基本でしょ?」


 彼女の中で、俺は一体、どういう立ち位置にいるのだろう?

 知りたい気もするし、知りたくない気もする。


「あの、ライさん」


 そんな事を考えていたら、クイッと制服の裾を軽く引っ張ったデルタに何故か、小声で話しかけられた。


「どうした?」


 彼女に釣られて、思わず俺も小声になってしまった。


「その、ライさんのご友人である〝スライムさん〟が……」


 彼女らしくない歯切れの悪い言葉に違和感を覚えると同時に、〝スライムさん〟という言葉に、非常に嫌な予感がした。

 恐る恐る彼女が指さしている方向を見て……残念なことに、嫌な予感は的中してしまった。


(なっ?! アイツ、いつの間に……っ!)


 ハヤトの登場で、完全にスカーレットから目を離してしまっていた。

 大人しくしているかと思えば、見慣れない物に対する好奇心に身を任せるように、スカーレットはカリンの方へ、音も無く近付いていく。

 不味い、非常に不味い。

 いくらスカーレット(スライム)が相手といえど、今回ばかりは洒落にならない。

 毛布で完全に顔を隠しているカリンは、当然、スカーレットが少しずつ距離を詰めている事にすら気付いていない。


(スカーレット、戻って来い!)


 すぐさま、万能(オールマインド)念話(・テレパシー)でスカーレットを呼び止めた……つもり、だったのだが。


(ライ、オコッタ。コイツ、テキ。ツカマエル……タベル!)


 俺の声が届いていないのか、そう言うや否や、スカーレットは高く飛び上がり、カリンめがけて急降下。

 複数の触手を身体から伸ばし、カリンを包んでいる毛布を器用に掴み、思いきり引っ剥がした。


「え……?」


 突然、自分を隠していた物が無くなったカリンからすれば何が起こったのか皆目見当もつかないだろう。

 だが、事態を理解した彼女は理性を失ったかのように叫びながら何かを隠すように身体を丸めた。

 彼女の動揺を表すかのように、揺れ動く尻尾が荒々しく何度も床を叩きつける。

 スカーレットは彼女から奪い取った毛布を遠くへ放り投げると、今度は彼女自身を捕らえようと再び触手を伸ばした。

 これ以上、傍観者を貫くわけにはいかない。


【止めろ、スカーレット】


 詠唱する時間も惜しくて〝言霊〟を使った。

 言霊は自分の言葉に魔力を込めれば勝手に発動してくれるから、こういう時には非常に使い勝手が良い。

 スカーレットの触手がカリンを掴む寸前でピタリと止めた。

 ホッと静かに息をこぼし、次の言霊を放つ。


【スカーレット、戻れ】


 スカーレットは何の抵抗も無く、すんなりと俺の元へと帰ってきた。自分の意思とは関係なく動く身体に戸惑いを隠せない様子で。

 そもそも何を見て、スカーレットは俺が怒ったと勘違いしたのだろう?

 元の原因を探るため、俺はこれまでの自分の行動を振り返った。

 そして、見つけた。スカーレットが、このような行動を取った、きっかけとなったものを。

 恐らく先ほど俺がカリンに放った言葉で、そう判断したのだろう。俺が怒った(ように見えた)からカリンを敵だと思い、最終的に〝食べる〟という物騒な発想にまで至った。

 なんとも極端な思考回路だが、俺の行為に何かを感じ取っての行動だと思えば怒ろうにも怒れない。


(ライ? ライ? ドウシタノ……?)


 俺の複雑な感情を理解してなのかは定かでは無いが、俺を気にかけるような言葉をかけるスカーレットに呆れながらも笑ってしまった。

 スカーレットは、もう大丈夫。問題は、目の前で身体を丸め、更に縮こまっているカリンだ。

 彼女の顔を隠している腕は見慣れない鱗のような物で所々、覆われている。


「……やはり、儂の結界でも()たなかったか」


 ボソリと呟かれたカグヤの声が、無言の困惑に包まれた空間に響いた。


「これは、どういう事ニェ?」


 無言の空間は、カツェによって切り裂かれた。


「ビィザァーナ先生からはカリンちゃんは風邪だって聞いたニェ。だけど、いくら頭の悪いウチでも分かる……これは風邪じゃないニェ。カリンちゃんの身体に何が起こってるニェ?! 正直に教えて欲しいニェ!!」


「〝風邪〟っすよ。しかも、とびきり悪質で常に隙あらば身体を()()()()()()()()と目論んでいる厄介な奴っす」


 簾越しのカグヤに畳み掛けるように言葉を紡ぐカツェだったが、彼女の望みを叶えたのはカグヤではなく、意外にもファイルだった。

 これ以上、この話題を持ち込んで欲しくないのか必死に感情を押し殺しながらも、どこか焦燥が垣間見えているのが、彼の声から伝わってくる。

 そこで俺は、漸く気付いた。岩のような物に包まれた肌に、細身の身体とは対照的に見るからに硬い鱗に包まれた立派な尻尾。

 ファイルとカリン、この2人の容姿的な特徴が酷似している事に。

 改めて見比べると、何故もっと早く気が付かなかったのかと不思議に思うくらいに、2人には共通点が多い。

 彼も、カリンと同じ蜥蜴(リザード)族なのか?


(いや……もう、ここまで来たら、カリンが蜥蜴(リザード)であるという話自体から疑った方が良いのかも知れないな)


 一度でも疑ってしまったら段々と疑惑の波に飲まれていってしまうのは俺の悪い癖だが、今回は、その悪い癖に身を任せても良いような気がする。

 そんな事を考えていた時だった。右手首に、針を刺されたような痛みが走ったのは。

 ヒューマと握手を交わした時のような……いや、その時よりも強い痛みが、まるで俺に何かを主張するように右手首を拠点として身体中に駆け抜けていく。

 制服の袖を捲ると、互いに寄り添うように絡み合った深緑(ふかみどり)色と桃色の2色の螺旋模様が、点滅するように淡い光を放っている。


 ──その手で、彼女に触れなさい。そうすれば彼女を助けられる。


 あれだけ主張していた痛みが突如消えると、聞き覚えのない女性の声が脳内に響いた。

 だが、敵意は感じられず、寧ろ身体の力が抜けるような、どこか安心を覚える声だ。

 その声に洗脳されたかのように、俺はカリンの方へと足を進める。


「見ないで……っ、見ないで……」


 彼女に近付けば近付くほど、普段の彼女からは想像も出来ないほどの弱々しい声が聞こえてくる。少し前に見た時よりも鱗に覆われている部分が多くなっているように思えた。

 幸いにも、顔を俯かせた彼女は俺が近付いていることに気付いていない。

 触れるなら、今だ。

 出来るだけ音を立てないように彼女の前まで来ると、片膝を地に付けて彼女の頭に、そっと手を置いた。

 その瞬間、触れた部分からジワジワと侵食するように右手首に浮かび上がる模様と同色の光が彼女を包み込んだ。

 カリン自身も自分の周囲で起こっている異変に気付くと、半分以上が鱗で覆われた顔を上げ、光に包まれた自分の両手を見つめている。


「ど、どうして……」


 彼女が狼狽えたのは自分を包む光に対してでは無いと分かったのは彼女の呟き聞こえて少しだけ時間が経った頃だった。

 彼女の顔を、腕を、足を覆っていた物が溶けるように消えていく。

 その様子を目の当たりにしたからこそ、彼女は狼狽えたのだと察した。


 ──これで、もう大丈夫! すぐ元気になるからね。


 彼女の身体から完全に鱗のような存在が消え失せ、彼女を包んでいた光が徐々に弱まってきた時だった。

 再び、俺の脳内に声が響いた。

 今度は、先ほどの女性の声ではなく、明るい少年のような声だ。

 光が完全に消え失せた後は少年の声の予告通り、見慣れたカリンの姿が、そこにあった。

 カリンは蹲っていた身体を起こし、自分の手足を見つめている。


「無い……」


 未だに状況は把握できないが、彼女の〝風邪〟が完治したのだという事だけは分かった。

 まだ夢の中を彷徨っているかのような声の彼女を見て心の中でホッと息を吐いた。

 自分の身体から俺へと視線を向けたカリンは気まずそうに、しかし、どこか安心したような表情を浮かべると、そっぽを向くように俺から視線を外しながら戸惑いがちに小さく口を開いた。


「アンタが何をしたかは分からないけど、一応、御礼を言っておくわ……助けてくれて、ありがと」


 まさか彼女から御礼の言葉を告げられる日が来るとは思わなかった。

 全く状況が掴めないことに変わりはないが、結果としては彼女の危機を救ったようなので、とりあえず良しとしよう。


「カ……カリンちゃーーーーん!!!!」


 予想していなかった大きな声に、思わず身体がビクリと跳ねる。

 振り返ると、涙を流したカツェが、こちらへと一直線に向かってきて……


「無事で良かったニェーーーー!!!!」


「ぐぇっ!!」


 カリンに飛びかかり、逃がさないとばかりに熱い抱擁攻撃を喰らわせていた。


「ちょ……っ、アンタ、いきなり……」


「無事で良かったぁー! 本当に、良かったニェーー……!」


 スリスリとカリンに甘えるように頬擦りをするカツェの姿に毒気を抜かれたように、カリンは口を閉ざした。

 先ほど、カリンからは拒絶の言葉を受けて泣きかけていたのに、今は、そんなことさえ忘れてしまったとばかりの、この対応だ。


(まぁ……幸せそうだから良いか)


 カツェが、どれだけカリンのことを想っているのかが、ヒシヒシと伝わってくる。恐らく、カリンにも伝わっていることだろう。


 俺と同様、全ての光景を目の当たりにしていたデルタ率いる異世界転生課とカグヤは何故か、その空気に馴染むこと無かった。

 その場所だけ時間が止まってしまったのかと錯覚してしまうほどに微動だにせず、ただ俺を見つめ続けていた。

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