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68話_依頼達成……?

 ハヤトが簾の奥へと姿を消して、どれほどの時間が流れただろう。

 未だに出て来る気配の無い彼に、何も危険なことは無いと分かってはいるものの、少しばかり心配になってきた。


「……気になりますか?」


 デルタの問いかけに、素直に頷いた。

 あの簾の奥は一体、どうなっているのだろう?

 今となってはシルエットすら分からないカグヤの姿は?

 心配事に加え、気になることが多過ぎて、どの謎から追及すれば良いのか分からない。


「この場所は現世にあって、現世に無い……通称、御伽領域(フェアリーランド)と呼ばれる、カグヤ様の結界魔法のみで構成された特別な場所なんです。少し前まで私達がいた階段の中間地点にある2本の蝋燭が立つ場所は、結界師であるカグヤ様と彼女の付き人、そして訪問を許された者だけが入ることを許される特別な場所へと繋がる入り口なんです」


 結界魔法だけで作られた世界?

 そんな話、今まで聞いた事がない。

 恐らく、カグヤだからこそ出来る芸当だ。

 それほどに彼女は、結界魔法において抜きん出た能力を持っているのだろう。


「ギルドの職員は全員、この場所を知っているのか?」


 俺の問いかけに、デルタは緩く首を左右に振った。


「いいえ。ギルド職員の中でも、あの転送魔法と、この空間の存在を知っているのは異世界転生課の我々と、このギルドの創造主であるギルド長だけです」


 思っていたよりも、把握している人数が少な過ぎて驚いた。

 つまり俺達が今いる、この場所は、王都の心臓部と言っても過言では無いほどに重要な場所、という事か。


「転送魔法の事といい、この場所といい……俺に教えて良かったのか?」


 俺だけじゃない。

 元々、招待されていたハヤトは兎も角、カツェも知ってしまった。


(……全てが終わって帰るときに、記憶操作でもされるのか?)


 その記憶魔法が俺に効くかどうかは、とりあえず置いておくとして……そうでもしてもらわなければ、色々な意味で困る。

 万が一、何の細工も無く普通に帰されたなら、主にセキュリティーに関してギルドの御偉いさんに色々と話を伺わなければならない。


「ご心配なく。先ほども申し上げましたが、ここはカグヤ様と彼女の付き人と訪問を許された者だけが入ることを許される特別な場所。この場所に足を踏み入れることを許された時点で、その者は充分、信頼に値する存在であると判断されたも同然で……」


 この話の流れは……なんだか嫌な予感がしてきた。

 まだまだ話の終わりが見えそうに無いデルタには申し訳ないが、その多弁な口は1度、閉じてもらい、簡潔に結論だけ述べてもらおう。


「……つまり?」


「この空間を出ても、私達は貴方方の記憶を消すことはしません。まぁ……万が一、貴方方が他言するような事があれば話は別ですが」


 それなら一層の事、もう初めから記憶を消してくれ。

 そう言いたいのを抑えてデルタをジトリと睨んだが、彼女の言葉には続きがあったようで小さな口を再び開いた。


「これは私個人の意見ですが、ライさんやカツェさんが私達の信頼を裏切るような事をする人達だとは思えません。寧ろ、貴方は信頼されればされる程、それに()()()()()()()方だと、私は推測しているのですが……違いますか?」

 

 知らぬ間に、これまた随分な過大評価をされたものだ。

 デルタのような純粋な子どもの目には、周囲にいる誰もが良い人に見えるフィルターがかかっているのかも知れない。

 その純粋さを保ったまま大人になってほしいと思う反面、そんな彼女の純粋さが卑しい輩に利用されないかと心配になる。

 とりあえず俺はデルタの推測を首を振って否定すると、彼女は、どこか納得していないように眉を顰める。

 そんな顔をされても、俺の答えは変わらない。

 俺は、そこまで出来た人間じゃない。


「お、お待たせしました……」


 場の空気を変えるかの如く、カグヤと会っていたハヤトが姿を現した。

 何だか少しだけ吹っ切れたような表情をしているような気がする。

 先ほどよりも若干、赤みがかった瞳と何か関係しているのだろうか?


「お疲れ様です。カグヤ様の加護を、無事に受け取れたようですね」


「大丈夫だったっすか? あの人、時々、辛辣で容赦ねぇんで……虐められなかったっすか?」


 ガチャールとファイルも、きっと彼の変化に気付いていた事だろう。

 だが、2人とも何も言わず、彼へ労いや心配の言葉をかけた。


「大丈夫ですよ。月姫さん、とても優しい人でしたから」


 ファイルの言葉にハヤトは、ふわりと花が綻ぶような笑顔を見せた。

 〝花が綻ぶ〟なんて男の彼には相応しい表現では無いかも知れないが、それでも……そう表現してしまいたい程に、彼の笑顔からは春を呼びそうな穏やかさを感じた。

 あのカーテンの奥で、どのような会話を繰り広げていたのかは想像もつかないが、彼にとって、何か大きな一歩を踏み出すきっかけになったのは間違いない。


「ほぉ……ファイルよ。御主は、少しばかり儂の為人(ひととなり)を誤解しておるようじゃの……どれ、良い機会じゃ。これから、じっくりと時間をかけて、儂が、いかに素晴らしい人間か聞かせて(しん)ぜよう」


「あ、大丈夫です」


 カーテン越しからも、やんわりと伝わる殺気に、いつもの砕けたような語尾ではなく、一般的な敬語で返したファイルを、思わず意外そうに見てしまった。

 ……どうやら彼は、あの巫山戯(ふざけ)た語尾無しで話せるらしい。


 ハヤトに関する件は、これで終わり。

 次は俺……かと思いきや、カグヤが指名したのは、意外にもカツェだった。


「カツェよ。御主は、カリン・ビィギナーに会いたいんじゃったな」


「そ、そうですニェ!」


 どうやら既に、カツェの要望を把握していたらしい。一体、いつ話した? ……と、疑問が頭を過る前に思い出した。

 この部屋に1番最後に辿り着いたのは、俺だったという事を。

 俺が、この部屋に辿り着くまでの間に、話をしていたのだと結論付ければ、なんら不思議は無い。

 力強く返事をしたカツェの目は、既に期待で染められていた。

 無理もない。念願だった彼女(カリン)との再会が果たせるのだから。


「……と、言っておるぞ、カリン。御主の心中は察するが、せめて無事であることくらいは、御主自身の口から伝えても良いのではないか?」


 まるでカリン自身に語りかけるかのような口振りに思わず周囲を見渡したが、やはり彼女の姿は見当たらない。

 カグヤは呆れたように大袈裟に溜め息を吐いた。


「全く……困った娘じゃ。少々、乱暴になるが、致し方ない」


 カグヤが独り言のように呟くと、簾の奥でパンと両手を叩く音が響いた。


「ぎゃあっ?!」


 その瞬間、色気のない女の声と何かが落ちる音が後ろの方から聞こえた。

 振り向くと、毛布のような布に包まれた何かがピクピクと痙攣するように小刻みに震えている。

 布から唯一、顔を出しているのは何やら見覚えのある尻尾だ。

 尻尾も例外なく、ピクピクと沖に上がった魚のように震えている。


「カリンちゃん!!」


 誰よりも早く、布に包まれた〝何か〟の正体を見破ったカツェは、猪の如く、一直線に駆け寄った。


「……っ、来ないで!!」


 そんなカツェや俺達の耳に届いたのは、会いたいと願っていた相手からの拒絶の声だった。

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