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67.5話_閑話:結界師と青年の内緒話《上》

 (すだれ)の奥は、(たたみ)8(じょう)ほどの広さがある部屋へと繋がっていた。

 床は畳、壁は障子(しょうじ)で囲まれたシンプルな和室で、中央には木で作られた台座のような物が置かれている。

 そして、その台座の上で正座をして俺を見据えている女性。この女性こそが、カグヤさんなのだろう。

 年寄り臭い話し方をするものだから、てっきり老人だと思っていただけに静かな衝撃を受けていた。

 アニメや漫画でよく見る巫女服を身に纏い、顔は白色の覆面で隠されている。

 だから彼女が、どんな顔をしていて、また、今どんな表情で自分を見つめているのかは分からない。


「ささ、こちらへ来るのじゃ」


 そう言って彼女は、自分とは違う女性らしい細長い手で、こちらに向かって手招きをした。


「あ、はい……」


 簾が、しっかり地に付いていることを確認すると、俺は平均台の上を歩いているかのように慎重に足を前へと進めた。

 カグヤさんの前まで来ると、彼女は手招きしていた手で座れと指示を出した。

 指示通りに腰を下ろし、あまり慣れていない正座をすると、彼女は首を左右に振った。


「そう(かしこ)まらなくても()い。我が家に居座る時と同様、楽な姿勢で良い」


「え、いや、でも……」


 とは言われたものの、明らかに自分よりも位の高い相手を前に、そう易々と胡座をかけるわけもない。

 正座を崩そうとしない僕を見て、カグヤさんはクスリと笑った。


「御主は、真面目な男子(おのこ)じゃのぉ。それに顔も、そこらの女人(にょにん)よりも美しい」


「……あ、ありがとう、ござい、ます?」


 予想もしていなかった相手からの言葉に、僕は御礼を言うことしか出来なかった。しかも、心の中の戸惑いが、言葉にまで現れてしまった。

 そんな僕が微笑ましいとばかりに、カグヤさんはホホホッと一昔(ひとむかし)前の貴婦人のように笑った。


「ほんと、()い男子じゃ。儂があと、100年ほど若ければ、本気で狙っておったものを……」


「は、はは……」


 最早、愛想笑いを充分に浮かべることも出来なかった。

 ある意味、就職活動中での面接試験よりも居心地が悪い。


「さて……雑談は、ここまでじゃ。ハヤト・クレバヤシ……いいや、紅林(くればやし)隼人(はやと)と言った方が、御主にとっては聞き馴染みがあるかのぉ」


 そのまま聞き流してしまいそうな程に静かに吐かれた言葉に、思わず息を飲んだ。

 ……デルタちゃん達から、前もって聞いていたのだろうか?


「驚いておるな。御主は真面目が故か、感情が素直に顔に出るから分かり易いわ」


 フフフッと楽しげに笑うカグヤさんに、何も言えなくなった。


「では、改めて自己紹介をしよう。儂は、天草(あまくさ)月姫(かぐや)。〝かぐや〟は、月の姫と書いて月姫(かぐや)じゃ。不治の病に倒れた末、気付いたら、この世界におった。まぁ、つまり……儂も御主と同じ、異世界転生者という奴じゃ」


「え……」


 驚きのあまり目を見開くと、カグヤさんは側に置いてあった脇息(きょうそく)に肘を置き、頬杖をついた。


「御主()、元は〝日本〟と呼ばれる国で暮らしておったのじゃろう?」


 日本。

 まさか、もう1度、その言葉を聞けるとは思わなかった。

 初め、自分が異世界転生を果たしたという事実に少しだけ浮かれはしたものの、世界の危機を救う勇者として召喚されたわけでも無いと分かった時点で、何かが冷めた。

 世界の危機も何も、この世界には魔王すら存在しないらしい。平和過ぎる。

 いや、平和なのは良いことだが…………ん?

 予想以上に日本というワードが心に染みて自分の思考に浸ってしまっていたが、彼女は今、とてつもない爆弾を落としていった気がする。

 思い返したのは、彼女が最後に放った言葉。

 まるで……自分も、かつては日本で暮らしていたかのような口振りだった。


「え、あ、あの、月姫さんは、この世界に、ずっといたんじゃ……?」


 カグ……月姫さんは首を横に振り、自分が初めて、この世界に来た時の話をしてくれた。

 時は、今から約200年も前。病の苦しみから、ようやく解放された月姫(かぐや)さんは意識が浮上していくような奇妙な感覚に身を委ね、ふと目を開けた時には既に、この世界に迷い込んでいたらしい。

 初めは死後の世界かと思ったらしいが天使もいなければ閻魔様もいないという、なんとも根拠の無い理由で、それは違うと自ら断定したらしい。


「そう見えるか? まぁ、200年近くも()れば、嫌でも染まってしまうか……」


 どこか寂しそうに呟かれた言葉は、心なしか暗い和室の空間に音もなく溶けた。

 彼女は、どんな表情で今の言葉を呟いたのだろう?

 好奇心に煽られ、覆面越しに彼女の顔がうっすらとでも見れないかと目を凝らしたが、覆面は彼女の顔を隠すという役割をしっかりと果たしていたため、僕の思惑通りにはならなかった。


「久しぶりに同郷者に会えて嬉しいぞ。また御主と会える機会があるならば、その時は、じっくりと語り合いたいものじゃ」


 容姿や声は自分と近い年代の女性のものなのに、その物腰はとても柔らかく、幼い頃に母親から感じていた体温とは違った温もりと同じものを感じた。


「転生者か……つまりは御主も1度、命を落としたという事じゃな」


 彼女からは、微塵の悪意も感じられなかった。

 だが、その言葉は獲物の心臓を貫く矢の如く、鋭く、容赦のない言葉だった。

 特に、温もりを得たばかりの今の僕にとっては、治りかけた傷をグリグリと刺激をされたような、思わず叫びたくなるような痛みを伴うほどのものだった。

 目の前の彼女に、今の僕の心情を悟られていないのが、唯一の救いだ。


「酷なことを思い出させて、すまぬ。じゃがな、隼人。どうか、自分の運命を恨まないでくれ。御主にとって、元いた世界がどのような場所だったのかは分からぬが、儂は……いや、儂を含めた、この世界の者達は御主を心から受け入れる」


 そう言った月姫さんは、聖書でも読み上げているかのような清らかな声で、僕の心に直接、問いかけた。


「隼人よ。御主にとって、元いた世界は、どうだった? どう見えた? どう感じた?」


 非常に、答え難い質問だった。

 良い世界だった……とは正直、言い難いが、だからといって悪い世界だったわけでも無い。

 僕のいた世界は悪くない。悪いのは、寧ろ……


「隼人」


 それ以上は言ってはいけないと、言われたような気がした。


「おいで」


 脇息(きょうそく)に置いていた肘を上げた月姫さんは、俺に向かって両手を広げた。

 この腕に抱かれよと言わんばかりに、大きく。

 20歳を過ぎた大の大人が、女性の胸にすがりつくなんて、そんな格好悪いことは出来ない。出来るわけが無い。

 戸惑いや羞恥が勝り、視線を泳がせている間にも、時間が過ぎていく。

 僕が来ないと分かった月姫さんは焦れったそうに息を吐いた後、片膝立ちになると目にも留まらぬ速さで僕の腕を掴み、力一杯、引っ張った。


「ちょ……っ?!」


 予想外のことに、踏ん張ることも出来なかった僕は、月姫さんに引っ張られた方へ、まんまと倒れ込んでしまった。

 数秒後に感じたのは、痛みではなく、弾力のある柔らかさ。

 そして、程よい体温と心地よい心臓の鼓動。全てに包まれた瞬間、羞恥も戸惑いも一瞬で何処かへ消え失せた。


「大丈夫、大丈夫じゃ。御主にとって、この世界は、きっと〝掛け替えの無い存在〟で溢れる素敵な場所になる。だから……辛そうな顔をするでない」


 辛そうな顔?

 僕は今、辛そうな顔をしているのか? 

 鏡の無い部屋で自分の顔を確認することも出来ないが、それでも、分かることが1つだけあった。

 目から頬へと流れ落ちる水滴。

 1つの水滴が流れると、その後を追うようにポロリとまた1つ、水滴が流れ落ちる。

 あぁ、そうか……


(僕、泣いてるんだ)


 彼女は、きっと僕が泣きそうな顔をしていたから、このような行動に出たのだろう。

 この温もりから離れるのは、まだ少し惜しくて……彼女に身を委ねるように目を閉じた。


「……月姫さん。もし良ければ、聞いてもらえませんか? 俺が、この世界に来る前の話を」


 気付けば僕は、そんな事を口走っていた。

この閑話……続きます←

今回の主人公でもある隼人君の話なので、特別に閑話を分割していきたいと思います。

分割はしますが、話数としては、どちらも同じものとして扱います。

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