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67話_結界師

  一寸先も見えない闇へと足を踏み入れたのは良いものの、暫く彷徨うことになるかと思いきや、闇は、すぐに俺達を別の空間へと導いた。

 晴れた闇の先にいたのは、今日で、すっかりと見慣れてしまった5つの人影。

 デルタとファイルとガチャール、そしてカツェとハヤトだった。


「ライさん……!」


 心底ホッとしたと言わんばかりにデルタは俺の名を呼び、駆け寄った。


「申し訳ありません!」


 駆け寄って、すぐに彼女が取った行動は、俺への謝罪だった。

 深々と頭を下げ、彼女の綺麗な金髪が彼女の今の気持ちを表しているかのように項垂れた。

 謝罪されている理由が分からない俺は、戸惑ったようにデルタを見つめることしか出来ない。


「私が、()()を使おうなどと提案したばかりに……っ!」


「落ち着け、デルタ。俺は、この通り大丈夫だから問題ない。それよりも、まずはこの状況について説明してくれないか?」


 謝られている理由といい、彼女が口にした〝近道〟といい……一気に情報が流れてきて整理することも出来ない。

 彼女がこれ以上、1人で暴走化する前に冷却時間を設けることに。

 俺の言葉で我に返ったデルタは、更にシュンと項垂れてしまった。

 そんな彼女を励ますようにスカーレットが触手を伸ばして彼女の頭を撫でている。


「実は、地下の召喚部屋まで続く階段のある場所に特殊な転送魔法が施されているんです」


「転送魔法?」


 確かに、あの空間はある意味、異様さを放ってはいたが、魔力らしきものは感知しなかった。

 余程、意識しなければ感知できない程の極微量な魔力なのか、それとも日常風景の中に違和感なく魔力を溶け込ませる能力に卓抜した者が、その転送魔法を施したのか……恐らく、その辺りだと推測される。

 あくまで推測なので大いに間違っている可能性もあるが。


「あの階段は、電灯の代わりに等間隔で1本ずつ蝋燭が立てられています。ですが、1箇所だけ2本の蝋燭が並んで置かれた場所があるんです。お気付きになられましたか?」


 デルタの言葉に、そういえば……と、少しだけ記憶を掘り起こした。

 彼女の言った通り、確かに、蝋燭が2本立てられていた場所があった。

 あったが、特に何も気になることは無かった。

 何故、ここだけ2本?

 一応、そんな疑問を抱くには抱いたが、すぐに、何かの目印だろうと勝手に解釈して通り過ぎた。

 改めて思い返せば、デルタが立ち止まった場所であり、俺がファイルに突き飛ばされた場所は、丁度、蝋燭が2本立っていた場所だった。


(偶然か? いや、違う……)


 あの蝋燭に、何か施されていた。そう結論付けなければ納得できない。

 魔力は感知出来なかったが、あの空間で何か細工を施せる場所と言えば、あの場所くらいしか……


「あー……コホンッ!」


 わざとらしく吐かれた咳払いに、思考の渦で彷徨っていた意識が強制的に現実へと戻された。

 その咳払いは、女性のものだった。

 しかし、その声の持ち主は、デルタやガチャール、そしてカツェのものでも、況してやファイルやハヤトのものでも無かった。

 声が聞こえたのは、目の前にいる5人からではなく、左方向にある、大きなカーテンのような物で覆われている空間の奥。

 カーテンと言っても、が日常的に見ている布製の物とは違い、細長く切られたくすんだ黄緑色の板のような物を何枚も並べて糸で編んだ見るからに手の込んだ物だった。


「何やら話したいこともあるようじゃが……(わし)も時間が惜しくてな。役者も揃ったようじゃし、そろそろ口を開いても構わんか?」


 カーテン越しに放たれた声は、人が滅多に足を踏み入れることの無い山奥から湧き出る水のように澄んでいた。

 両端には、まるで床から生えたように置かれた木製の土台の上に風船のような柔らかな曲線を描くように張られた紙が中から灯された蝋燭により幻想的な光を発していた。

 その光は辺りを照らし、カーテンの向こう側にいる女性の姿をぼんやりと映していた。


「も、申し訳ありません、カグヤ様!」


 デルタは俺に下げていた頭を今度はカーテン越しの女性に向けて下げた。

 そんなデルタを見て、女性はフフッと上品な笑い声を零した。


「いやいや、謝るのは(わし)の……いや、待て。よくよく考えれば、そもそもの発端は彼奴(あやつ)じゃ。よし、此度(こたび)の責任は全て、彼奴の物としよう。うむ、そうしよう」


「は、はぁ……」


 女性の言葉にデルタは戸惑ったように声を漏らした。

 彼女の人物像が早くも捉えられなくなった俺もデルタと同様に戸惑いを隠さないでいた。

 そんな俺やデルタとは裏腹に、ファイルは呆れたように息を吐いて頭を掻いた。


「相変わらずっすね、貴女も。初対面の人を前にした時くらいは、もう少し威厳くらい放っても良いんじゃないすか?」


 ファイルの言葉にカーテン越しの女性が少しだけ不機嫌になったのが分かった。


御主(おぬし)は儂に、どこぞの傍若無人な王様のように振る舞えと申すか?」


「……それ、本人の前で言わねぇでくだせぇよ?」


 ファイルの真剣な声に対し、女性は何かを考えるような仕草を見せた。


「そうさのぉ。あの王様(クソジジイ)が、儂の機嫌を損ねるような事をしなければ言わんでやろう」


「そんな事をしたら、王子達に嫌われますよ」


 すかさず割って入ったデルタに、女性は初めて不意をつかれたような声を出した。


「それは困る。父親は嫌いじゃが、子ども達は、どちらも同じ血が流れておるとは思えんほどに優しくて立派じゃ。父親は心底どうでも良いが、子ども達との関係まで険悪になるのは御免じゃな……ううむ、分かった。ある程度の無礼は目を瞑るとしよう」


 ファイルが神でも見るかのような視線をデルタに向けると、デルタは彼に向かって控えめなピースサインを送った。

 なるほど、見事なチームワークだ。


「さて、世間話もこのくらいにして本題へ入るとするかの。待たせたな、客人──カツェ・ヴァーニャにハヤト・クレバヤシ、そしてライ・サナタスよ」


 澄んだ声に名前を呼ばれ、自然と背筋が伸びた。

 魔法でも言霊でも無い。

 純粋に、彼女の声がそうさせたのだ。


「儂は、カグヤ……カグヤ・アマクサと申す者。この王都を守る〝結界師〟として、約200年もの間、ここで王都に結界を張り続けておる」


「にひゃ……ニエェ?!」


 カツェが驚きの声を上げると、カグヤはホホホッと上機嫌な笑い声をあげた。


「良い反応じゃ。いやぁ、毎回、この反応が見たくて自己紹介をしているようなもんじゃからなぁ。ただ……男子(おのこ)の方からは反応が無くて、少し残念じゃがな」


 どうか誤解しないで頂きたい。

 反応しなかったのではなく、()()()()()()のだ。

 そもそも俺は、カツェのように大袈裟に反応を表に出すタイプでは無い……が、全く反応しない無感情な人間でも無い。

 喜ぶ時は喜ぶし、驚く時は驚く。今回だって例外なく驚いた。

 ただ、驚きのあまり声も出せなかったというだけで、何も感じていない訳では無い。

 恐らく、ハヤトも俺と同じだろう。これまでの彼の様子を見る限り、彼もまた、感情を積極的に表に出すような人間には見えない。

 つまり今回は偶々、反応を求める相手が悪かった。それだけの話だと、我ながら長い思考を巡らせた末に辿り着いたのは彼女の口から放たれた〝結界師〟という言葉だ。

 どこかで聞き覚えがあると思ったら、俺が王都に初めて足を踏み入れた日であり、王都が謎の襲撃に遭った日に、ヴォルフとアルステッドから聞いた言葉だった。


「……まぁ、良い。ハヤト、目の前の(すだれ)(くぐ)って、儂の元へ来るのじゃ」


「え……」


 簾というのは、目の前のカーテンのことだろうか?

 ハヤトが戸惑ったように視線を泳がせていると、ファイルがそんな彼を落ち着かせるように肩に手を置いた。


「そんなに怯えなくても大丈夫っすよ。ただ、異世界転生者の君に〝結界師の加護〟を与えるための、ちょっとした儀式みたいなものをするだけなんで」


「……結界師の加護?」


 初めて耳にする言葉に、ハヤトだけでなく、俺とカツェも興味深く聞き耳を立てた。


「そう身構える必要は無いっす。君の好きなゲーム風に言うなら……耐久性? 防御力? そんな感じの名前の……パラメータ? を上げるだけの事っすから」


 聞き馴染みの無い単語がツラツラと並べられていく。

 ファイルも普段、言い慣れていない単語なのか、探るように語尾を上げながら言葉を必死に紡いでいる。


「ま、まぁ、兎に角、詳しくは行ってみれば分かるっす! 取って喰われはしないんで、安心してくだせぇ」


 そう言ってハヤトの背中を叩いて送り出したファイルの努力の甲斐あってか、ハヤトの表情は少しだけ緩んだ。

 しかし、それとは裏腹に奥から漏れ出るオーラは不機嫌さを増していく。


「いつまでも待たせるでない。それからファイル……後で覚えておけ」


 周囲の空間が2℃ほど下がったような気がした。

 ファイルはそれ以上の気温の低下を感じたのか、顔を青く染めて現実逃避をするかのように力強く目を瞑っていた。


「えと……それじゃあ、行ってきます」


 そんなファイルを不安そうに見つめながら、ハヤトは、ゆっくりとした足取りで簾へと近付いた。


「……お、お邪魔します」


 彼は簾の前で片膝立ちになり、小さく言葉を発すると、自分の身体が潜れる最低限の高さまで簾の端を持ち上げると素早く中へと入った。

 恐らく、奥に居る彼女への配慮だろう。

 彼女が俺達と直接、顔を合わせず、カーテン越しに対面しているのには何か理由がある。

 それほどまでに高貴な方なのか、それとも極度の人見知りか……少なくとも後者は、あり得ない。

 人見知りの人間が初対面を相手に、あのような態度を取れるとは思わない。

 ハヤトが簾の奥へと入ってからはカグヤの声が全く聞こえなくなった。

 恐らく、外部に会話が漏れないように結界を張っているのだろう。

ファイルは彼に加護を与える儀式をすると言っていたが、それとは別に何か他には聞かれたくない話をしているのかも知れない。

 そんな2人のささやき合う姿さえも見せないとばかりに、周囲を灯していた蝋燭の火が小さくなっていくのに比例して2つの人影も小さくなっていった。

[新たな登場人物]


◎カグヤ・アマクサ

・正しくは、天草あまくさ月姫かぐや

・初登場は、58話。

・一般的には〝王都の守護神〟という所謂、神と同等の扱いを受けているが、れっきとした人間。

・見た目は20代の女性に見えるが、今日まで約200年ほど王都を守るための結界を貼り続けている。

・彼女の存在を知る者は少なくはないが滅多に面会が許されることは無いため、その存在をしっかりと認知している者は極小数。今回は特例として、ハヤトとライ(ついでにカツェ)の面会が許された(詳細は後々)。

・最近、体調を崩すことが多いらしい。

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