65.5話_閑話:控えめな青年は、リーサルウェポンを手に入れた▼
僕は、小さい頃からゲームが好きだった。
特別に何か1つのジャンルに固執することは無く、面白いと思ったものは全てプレイし、クリアしてきた。
これまで二十数年間を生きてきた中で、どれだけの世界を救い、逆にどれだけの世界を滅ぼし、モンスターを狩り、ゾンビを殺し、可愛い女の子と結ばれたかなど最早、数えるのも馬鹿らしい。
そんな僕の青春時代の相棒とも呼べるゲームがアニメ化された事を知り、興味本位で観た。
その後、僕がアニメという素晴らしき文化にハマるまで、そう時間はかからなかった。
〝異世界転生〟という言葉を耳にし始めたのも、アニメにハマりだした頃と同じ時期だったと思う。
どうやら最近は〝異世界転生〟を題材にした作品が人気を博しているらしい。
大元のあらすじは、どの作品も似たようなもので不運な事故や病気で命を落とした主人公が別の世界へ転生し、チートと呼ばれる強大な力を手に入れ、世界を救ったり、逆に滅ぼしたりと……兎に角、異世界で好き勝手過ごすファンタジー物だ。
また、その転生した世界でイケメンや美女で構成されたハーレムを構築していくのも、このジャンルの醍醐味の1つと言えるだろう。
つまり何が言いたいかというと僕もそれなりに異世界転生に関する知識はあったし、憧れもあった。
まさか自分がそれを実現させてしまうとは夢にも思わなかったが、意外にもすんなりと現実を受け入れられたのは、その予備知識のお蔭だと思う。
それどころか既に少し落胆している事がある。
それは、この世界には平和を乱す〝悪の組織的なもの〟が存在しないという事だ。
ファンタジー世界においての代表的な例を挙げて言うならば──〝魔王〟が居ないのだ。
だが、それはそれで良いとも思う。
結局は平和が1番。来て早々、命の駆け引きを迫られるデス・ゲームのような世界よりは全然良い。
デルタちゃん、ファイルさん、ガチャールさん。
彼らのような元いた世界でも滅多にお目にかかれない程の美人やイケメンを直接、自分の目で拝められただけでも満足だ。
それから、また新しく紹介されたライ君とカツェさん。
ライ君はファイルさんとはまた違った雰囲気のイケメンだし、カツェさんは可愛いだけでなく猫耳と尻尾を生やした所謂〝萌えキャラ〟と呼ばれるに相応しい容姿を備えている。
まだ、この世界に来て5人しか出会っていないが、既に僕の心は飲食店の飲み放題や食べ放題を充分に満喫した後の満腹感に近いもので満たされていた。
ちなみに普段の僕は、ここまで饒舌では無い。
それなりに付き合いのある友人なら兎も角、初対面ばかりの人達に囲まれてしまえば満足に口も開けない人見知り野郎である。
これがビジネスの場であったなら、それに見合った対応も出来たが、今回ばかりは出来そうも無い。
だから、そんな僕を特に気にすることも無く、話を進めてくれる彼らの対応は非常に有り難かった。
何より下手に質問攻めしてこないのが好評価だ。
変に気を遣われて色々と根掘り葉掘り聞かれるのは正直、苦痛以外の何者でもないと思っている。
「えっと……ハヤトさん、私の近くまで来てもらえますか?」
控えめなガチャールさんの声に意識が現実へと帰ってきた。
詳細はよく分からないが、今から僕に力を与える儀式を行うらしい。力というのは恐らく〝チート能力〟のことだろう。
今更、過剰な期待するつもりは無くても自然と胸が高鳴ってしまうのは仕方ないと思う。
「この世界と異世界の境界を守る番人よ。この異世界の救世主に、相応しい力を与え給え」
ガチャールさんが神に祈るかのような呪文を唱え始めた途端、床の大きな魔法陣が虹色の光を放ち始めた。
僕が、この世界に来た時と同じくらいに眩しく神々しい光だ。
そんな神々しい光景を目の前にして思う事では無いだろうが、それを承知で、あえて言葉にさせてもらいたい。
(なんか……激レア確定の初回限定ガチャを引いてる気分)
悲しい哉。
長年の間、ゲームに侵された僕の脳は、この儀式がアプリゲーム内にあるガチャの演出にしか見えなかった。
しかも今、目の前で儀式を行なっている最中である彼女の名前は〝ガチャール〟。
もう狙っているようにしか思えない。
くだらない事を考えていたら、いつの間にか何かが召喚されたらしい。その存在に気付いた時には落下している最中だったので慌ててキャッチした。
(……剣?)
僕の手にあったのは、紛うこと無き〝剣〟だった。
鞘に収められていて、その姿を確認することは出来ないが、きっと幻想的な青い月のような光を放ち、その月に照らされた野生の狼の牙ごとく鋭き刃を持っていることだろう。
その剣の柄には、夜の海のような深い青色の宝石が埋め込まれており、その宝石を囲うように施された細かな装飾が、これまた一流の職人の技が見事に刻み込まれた立派なもので、剣というよりも一種の芸術品を眺めているようだった。
しかし、その割には手に持った感覚として、世の剣豪達が振るうに相応しい重量感というよりも寧ろ、料理の時に使う包丁を手に持った時のような、妙な、しっくり感の方が大きい。
まるで、この剣を使い続けて既に10年以上は経っているかのような……まぁ、実際は10年どころか今日が初めましてなのだが。
手に持った瞬間、そんな奇妙な感覚が芽生えた。
そんな不思議な感覚に支配された僕は、らしくも無いが〝運命〟のようなものを感じた。
僕と、この剣は出会うべくして出会ったのだと。
「こ、これは……っ?!」
出会う、べく、して……
「マジっすか……」
出会っ……た
「ま、まさか……そんな……」
……のか?
剣を見た者が次々と顔を蒼ざめさせている異様な光景を見ている内に、早くも〝運命〟に自信が無くなってきた。
あのクールなライ君でさえ、剣から目を逸らしたのだ。
これは何かいわくつきの物件……ではなく、剣に違いない。
呪われる前に、いっそ手放してしまおうか。
「あの……その剣は一体、なんですかニェ?」
僕が血迷って剣を投げ捨ててしまう前に、唐突に差した救いの光。
そうだ。僕はまだ、この剣のことを何も知らない。
手放すのは、この剣のことをある程度、知ってからでも遅くはない……はず!
「これは、魔王殺剣と呼ばれる魔剣です。〝伝説の勇者の伝説〟という絵本を、ご存知ですか? この剣は、その絵本に登場する勇者が持っていた剣のモデルだと言われています」
デルタちゃんの言葉で、救いの光から天使が誕生した。
魔王殺剣……それが、この剣の名前らしい。
なんだ、その妙に厨二心を擽るような単語の羅列は。
「なんだか強そうな名前の剣だニェ……」
「強そうではなく強いですよ、この剣は。史実通りの能力を持っていれば魔王級の魔物の全ての攻撃を無効化し、その刃で相手に切り傷1つでも付ければ気絶もしくは即死に追いやることが出来るらしいですから」
〝いわくつき〟どころでは無かった。
正直、思っていたものと違ったが、これも立派な〝チート(な力を持った剣)〟だ。
「貴方に相応しい力として選ばれた剣です。きっと何か意味があるのでしょう。大事に持っていて下さいね」
思わず見惚れてしまうほどに美しい笑みを浮かべたデルタちゃんに、そう言われたら頷くしか無い……無いのだが……
「で、でも僕、これまで剣とか持った事すらないんたけど……」
少し前まで名刺とスケジュール手帳が必需品だった僕には、荷が重過ぎる代物だ。
そもそも、魔王のいない平和な世界で、この剣の必要性を見い出すことは出来るのだろうか?
「大丈夫ですよ。その剣は脅威となる強者には容赦ありませんが、弱者には優しい剣です。だから相手が魔王級の何かで無い限り、殺すことは愚か、傷1つ付けることも出来ません」
なーるほど、それなら安心……って、ならないよ?!
え、何、この剣?
魔王倒しちゃうくらい強いのに、そんな紳士的な部分まで備わっちゃってるの?
もうチートとか、そういうの通り越して剣として存在してしまってるのが勿体ない気がした。
僕なんかが持ち主になってしまって、何だか申し訳ない気分だ。
でも……
(そうやって、なんでも逃げてばかりじゃ駄目だ。ちゃんと向き合わないと……今度こそ)
誓いを立てるように呟いた後、僕は、手に入れた僕だけの力を誰にも渡すまいとばかりに強く握りしめた。




