65話_与えられた力
この場に相応しくない表情を浮かべるデルタに声をかけようと口を開いたが、ガチャールが詠唱を始めたため、すぐに閉じた。
「この世界と異世界の境界を守る番人よ。この異世界の救世主に、相応しい力を与え給え」
教会で神に祈りを捧げる僧侶のような詠唱に、思わず眉を顰めた。
詠唱とはいえ、神に忠誠を誓った者が吐くような言葉など、死んでも御免だ。
彼女の詠唱に応えるように床の魔法陣が光を放つ。驚いたようにカツェ声を上げ、そんな彼女の声に驚いたスカーレットが跳び上がって、俺の腕に巻き付いた。
やがて、魔法陣から放たれた光は渦を巻き、ハヤトの方へと集まり始めた。
ハヤトへと集まった光は、次第に形を形成していった。初めは球体、それが次第に伸び、人型ゴブリンが武器として持つ棍棒程度の大きさで留まると、ハヤトに受け取れと言わんばかりに、彼の手に収まるように落下した。反射的に落ちてきた物を受け止めると、それは輝きを失い、真の姿を現した。
詳細は、この場所からは分からないが、それが剣であることだけは分かった。
「こ、これは……っ?!」
剣を見て、最初に反応を見せたのは、ハヤトの近くにいたガチャールだった。
最初は純粋に驚いていたように思えたが、次第に彼女の顔は蒼ざめていった。
「どうしたんすか、ガチャールちゃん?」
それ以降、何も発さない彼女を見兼ねたファイルが歩み寄りながら、声をかけた。
歩み寄った彼も、ハヤトの手にある剣を目にした瞬間に歩みを止め、凝視し始めた。
「マジっすか……」
独り言のように呟かれた彼の声は、心なしか、少し震えているようだった。
異世界転生課の2人が続々と言葉を失う中、デルタは呆れたように息を吐き、2人の元へと向かった。
「2人とも、どうしたんです? 一体、彼は、どのような力を手にしたのですか?」
彼らの元へと辿り着く前に、彼女が疑問を投げかけるが応答は無い。
(あれは、そんなにも瞠目されるべき価値のある剣なのか……?)
好奇心に背中を押された俺も、ゆっくりとデルタを追うように足を進めた。
先に、剣の姿を完全に捉えたデルタは、それまでなんの躊躇いも無く進めていた足を止め、狼狽えるような様子で口を震わせた。
「ま、まさか……そんな……」
あり得ない。あり得る筈が無い。
そう言いたげなデルタの口振りを耳にした時、俺もようやく3人を立て続けに硬直させた剣を拝めることが出来た。
────ゾクゾクッ。
剣と対面した瞬間、身体中に憎悪が走った。
ひどく嫌な感じだ。
言葉にし難い不吉な何かが胃へ、食道へ、そして喉へと、よじ登ってきた。
これ以上、この剣を見てはいけない。
誰に言われたわけでもなく、そう判断した俺は、剣から目を逸らした。
耳の奥で木霊する心音が、やけに小刻みなリズムを刻んでいた。
(……ライ?)
心音を遮るように、スカーレットの念話が脳内に木霊した。
腕に巻き付いたままだったスカーレットは、スルスルと床に降りると、伸ばした触手で俺の横髪を耳にかけ、優しく頬に触れた。
俺の体温が高いのか、スカーレットの体温が低いのか……どちらが正しいのかは分からないが、頬に触れるスカーレットの触手はヒンヤリと冷たく、心地良かった。
(ライ、イタイ? クルシイ?)
触手で頬をスリスリと撫でながら問いかけたスカーレットに、俺は笑みで返した。
俺が少し笑うと、スカーレットは、その場で飛び跳ねた。
(ライ、ワラッタ! ヨカッタ! ヨカッタ!)
スカーレットの反応に、思わずフッと声を漏らした。
スカーレットのお蔭で、ほんの少しだけ、気持ちが和らいだ気がする。
改めて、万能念話を教えてくれたビィザァーナに感謝した。
「あの……その剣は、一体、なんですかニェ?」
頭に生えている耳をピコピコと動かしながら、カツェは心底、興味深そうに尋ねた。
そんな彼女の問いに答えたのは、この剣を召喚した張本人であるガチャールだ。
「これは、魔王殺剣と呼ばれる魔剣です。〝伝説の勇者の伝説〟という絵本を、ご存知ですか? この剣は、その絵本に登場する勇者が持っていた剣のモデルだと言われています」
魔王殺剣。
剣の名前を聞いた瞬間、ドッと滝のように汗が流れた。
え、何? なんだって? 何を、殺す剣だって?
ダラダラと俺の身体から溢れ出る汗を、スカーレットが不思議そうに見つめている。
「なんだか、強そうな名前の剣だニェ……」
鈍いというのも、無知並みに罪深く、幸せなのかも知れない。
それとも、俺が敏感に反応し過ぎなのだろうか?
昔なら兎も角、今はもう魔王では無い。
だから、この剣を畏怖する必要は無い。
「強そうではなく、強いですよ、この剣は。魔王級の魔物の全ての攻撃を無効化し、その刃で相手に切り傷1つでも付ければ気絶もしくは即死に追いやることが出来ます」
強いどころか無敵。
ある意味、勇者よりも警戒しなければならない存在かも知れない。
デルタの言葉が本当ならば、この剣だけで世界征服を夢見たって誰も笑わない、てか、笑えない。
「貴方に相応しい力として選ばれた剣です。きっと何か意味があるのでしょう。だから、それまでは大事に持っていて下さい」
「で、でも僕、今まで剣とか持った事すらなくて……」
不安そうな表情で、ハヤトは鞘に収められた剣を見つめた。
そんな彼を、デルタは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。その剣は、脅威となる強者には容赦ありませんが、弱者には優しい剣です。だから、相手が魔王級の何かで無い限り、殺すことは愚か、傷1つ付けることも出来ません」
(相手が魔王級の何かで無い限り、か)
それならば元が魔王である俺は、どうなるのだろう?
今は普通の人間の身体とはいえ、力は魔王だった時のものを受け継いでいる。
(俺も、この剣にとっては執行されるべき対象なのだろうか……?)
そんなこと誰にも聞けるはずがなく、疑問は消えないまま、俺の中に留まった。




