64話_異世界の青年
その後、すぐに部屋を出た俺達は再び長い廊下を歩かされるのかと思いきや、向かいの扉の奥にある、石で作られた階段を降りていた。
まさか、こんな所に階段があるなんて、誰が思おうか?
所々に置かれた蝋燭の灯火だけを頼りに、終わりの見えない下へと続く階段を一心に降りていた。
「……この階段は、どこに繋がっているんですか?」
「それは、着いてからのお楽しみです」
階段を降りて数分が経ったが景色は変わらず、地面を掘り進める土竜のような気分で下へ下へと降り続けた。
「あ、着きやしたよ」
先頭にいたファイルの声に、謎の安堵感が込み上げた。
長い階段の終点地は、1匹の蟻の侵入すら許さんとばかりに、隙間なく設置された大きな鉄製の扉だった。
その扉は見ているだけで重苦しく、部屋の扉というよりも重罪人達を閉じ込める監獄へ続く扉だと言われた方が納得してしまう程に、禍々しいオーラを放っていた。
この奥に、大事な客が、いるとは到底思えない。
「ここは、召喚部屋と呼ばれる部屋です。言葉通り、主に何かを召喚する際に使われます。今回も例外なく、この部屋で異世界召喚を行い、彼を喚びました」
数多の鍵がぶら下げられた輪っか状の鎖を持ったデルタが、その中から1つだけ黒い鍵を取ると、扉の鍵穴に差し込む。
ゆっくりと回すと、ガチャッと解錠を告げる音が聞こえた。
重苦しく扉は、見た目以上の重さは無いのかデルタの小さな身体でも、押せば動くようだ。
開いた扉から部屋の明かりが漏れ、仄かに明るい階段を、更に眩しい光が照らす。
暫く、暗い場所にいたせいか、その眩しさに思わず目を瞑ってしまう。
「お待たせして申し訳ありません、ハヤトさん」
「いえ……」
扉の奥から聞こえた控えめな男の声。
眩しさに、まだ目が慣れないせいで男の姿を明確に把握することは出来ないが、声色からして、穏やかな性格の持ち主に思えた。
「ライさん、カツェさん、紹介します。彼は、ハヤト・クレバヤシさん。我々が異世界から喚び出した異世界転生者第1号です」
ハヤト・クレバヤシ。それが、彼の名前だった。
黒髪に伏せ目がちな黒い瞳といった全体的にシンプルな特徴の中で、輪郭の整った女のような美しい顔が際立っている。
後は、やけにピシッと引き締まった新品の黒いスーツが印象的だった。
「ハヤトさん。彼らは私達と同じ、この世界の住人で、男性の方がライさん、女性の方がカツェさんです」
デルタが俺達の紹介をすると、彼は俺達の方を向いて軽く頭を下げた。
それに返すように、俺達も頭を下げた。
(スカーレット! スカーレットッ!!)
自分のことも忘れるなとばかりにスカーレットが念話を通じて主張しているが、悲しいことに、俺以外には、その声は届いていなかった。
「さて、それでは始めましょうか」
互いの挨拶が終わったことを確認すると、浸らせる間も無く、デルタはバッサリと切るように言い放った。
結局、自分の紹介が無かったスカーレットは、ガーンという効果音と共に、溶けるように地面にへばり付いて落ち込んだ。
デルタの声を合図に、ガチャールは部屋の中心へと進む。
部屋自体は隅に小さな棚が1つ置かれただけの寂しい空間だが、その中心の床にはろう石で書かれたような白色の大きな魔法陣が描かれていた。
「ライさんとカツェさんは、こちらへ」
デルタが誘導したのは、先ほど入ってきた扉の前だった。
床にへばり付いているスカーレットを回収し、言う通りに扉の前まで来てスカーレットを降ろすと、扉に背中を預けた。
ハヤトは、ガチャールに手招きされ、戸惑うように魔法陣の中心へと足を進めた。
「……今から、何が始まるんだニェ?」
「異世界転生者に〝特別な力〟を与えるための特殊召喚です。異世界転生者には、他の者は持たない唯一無二の力を与えられる……そういう決まりになっているんです」
そう言って、デルタはハヤトとガチャールの方を見た。
「今から彼に与えられるのは、世界に良くも悪くも影響を及ぼす程の偉大な力。運命が彼に、どのような力を、そして、どのような使命を与えるのか……どうか、私達と共に見守ってあげて下さい」
そんな言葉を紡ぎながら、彼女が異世界の青年に向けた瞳は、無垢な少女というよりも、多種多様な人生経験を積んできた女性と表現する方が相応しいほどに憂いに満ちたものだった。




