63話_異世界転生課
関係者以外立ち入り禁止。
そう書かれた看板が掛けられた扉を通っただけなのに、変に気持ちが昂ぶるのは何故だろう?
普段なら通れない場所を通っているという興奮からなのか、普段なら見られない景色に対する好奇心からなのか……兎に角、先程から視界に入ってくるもの全てが気になって仕方がない。
カツェも同じなのか、視線を忙しなく動かし、周囲を見渡しながら足を進ませている。
「ここです」
そう言ってデルタが足を止めたのは、長い一直線の廊下の最奥にある扉。つまりは、廊下の終わりを示す場所だった。
その扉は、他の扉に比べて艶があり、最近設置されたものだと、すぐに分かった。
「どうぞ、お入り下さい」
デルタによって開かれた扉の奥には、真新しい扉とは裏腹に、物置だと言われても違和感が無いほどに……お世辞にも、清潔感のある場所とは言えない空間が広がっていた。
使い古された事務机、使い古された椅子、使い古された本の山。
本来は愛らしい桃色であっただろうカーテンは、少し黒ずんでいる。
「……埃臭いニェ」
カツェは不快そうに眉を顰め、周囲で舞っている埃を、手で扇ぐように振り払った。
「すみません……最近、忙しくて掃除まで手が回っていなくて……」
折り畳み式のパイプ椅子を2脚持ってきたデルタが、申し訳なさそうに眉を下げた。
両手でパイプ椅子を持ち抱えながら、ヨタヨタと頼りない歩みで近付いてくる彼女に、こちらが申し訳ない気持ちになり、すぐさま椅子を回収し、組み立てた。
「ライさんには以前、お話したと思いますが、この異世界転生課は、設立されて、まだ1年にも満たない新参者なんです。なので部屋は元々、物置だった場所。そして、家具などは他の課からの御下がりばかりで……」
デルタの話を聞きながら、俺は少しだけ記憶を遡り、以前、彼女から聞いた話を思い返していた。
カツェは横でフンフンと頷きながらデルタの話を聞いているのに対し、スカーレットは彼女の話よりも周囲の古びた家具に興味があるようで、さっきから部屋の中を行ったり来たりしている。
「異世界転生課は、デルタ1人なのか?」
「いいえ。メンバーは、私と……ファイルさんとガチャールさんの3人です」
名前を言われたところで誰かは分からないが、とりあえず異世界転生課は3人の職員で成り立っているらしい。
「2人とも仕事で今はいませんが、もうそろそろ戻って…………来ましたね」
確かに、扉越しから2人……いや、3人分の気配を感じる。ギィッと音を立てて開かれる扉と同時に、ゆっくりと振り返った。
真っ先に部屋に入ってきたのは、耳に沢山のピアスを付け、肌の所々が岩のような何かに覆われた風変わりな男だった。
「デルタちゃん、遅くなって申し訳ないっす……って、え? 誰?」
予想通り過ぎる反応に、緩みそうになった口元を隠すように会釈をした。
「彼は、貴方が審判を務めるはずだった模擬決闘で見事、勝利を勝ち取ったライさん。そして彼女は、ライさんの同級生のカツェさんです」
デルタが淡々と紹介してくれたが、男からの反応は無く、俺達とスカーレットを転々と見ていた。
そんな男の様子を見て、デルタは呆れたように息を吐いた。
「仕事においても、そうですが……貴方は、もう少し臨機応変に対応する技術を身に付けた方が良いですよ、ファイルさん」
「はは……デルタちゃんは、相変わらず容赦ないっすね」
ファイルと呼ばれた男は頭を掻きながら、誤魔化すように笑った。
これでは、どちらが歳上か分からない。
「えーっと……ライ君とカツェちゃんっすね。オレっちは、ファイルっていいやす」
彼が一歩ずつ、こちらに近付く度にピアスが揺れてはぶつかりを繰り返し、小さな金属音を響かせていた。
そして、先ほどは死角となっていたため見えなかったが、彼の腰辺りから振り回すだけでも殺傷力の高そうな尻尾が伸びている。
「あ……」
カツェも尻尾の存在に気付いたようで、小さく声を漏らした。
俺達の視線が尻尾に向けられていることに気付いたファイルは複雑そうに顔を歪ませた。
「あー……そうマジマジと見られると、恥ずかしいっす……」
その言葉は嘘だと、すぐに分かった。本当に羞恥を感じている者が、苦虫を噛み潰したような表情をするわけが無い。
だが、俺はあえて何も気付かなかった振りをして、すぐに尻尾から視線を逸らした。
カツェはファイルの言葉を真に受けたようで、慌てた様子で何度も頭を下げていた。
「ご、ごめんなさいニェ! ウチの友達も、ファイルさんと似たような尻尾が生えてるから、つい……」
カツェの言葉に、ファイルはピクリと眉を動かした。
「……友達?」
「カリン・ビィギナーさんの事ですよ。彼らは、彼女の御友人だそうです」
代わりに説明してくれるのは非常に有り難いが、1点だけ訂正させて欲しい。
俺とカリンは、とてもじゃないが、友人と呼べる関係では無い。
もしも今、彼女がこの場に居たならば、激しく否定していた事だろう。
思えば、元々、俺は一緒にカリンを探してほしいとカツェに依頼されて、ここまで来た。
彼女の居場所が分かった今、俺の役目は終わったも同然だ。
(……頃合いを見て、帰ろう)
そう決意した時、開いたままの扉の陰から、こっそりとこちらを覗く女性の姿が見えた。
まるで肉食動物に追い詰められた小動物のようにフルフルと身体を震わせている。
「あの、ファイルさん……あちらの方は?」
「え? あぁ! ガチャールちゃん、入って来ても大丈夫っすよ。取って喰いやしないんで」
まるで俺達が、危険な獣か何かと勘違いされたかのような口振りだ。
まぁ、俺は兎も角として、1人は獣人、そして残りの1匹は人喰いスライムときた。
(当人達に、その気は無いとはいえ……ある意味、危険といえば危険だな)
勿論、そんなことは口が裂けても言えないが……
俺が、そんなことを考えている間に、女性が恐る恐るといった感じで部屋へと入った。
「紹介するっす。彼女は、ガチャール・リンファちゃん。異世界転生課では貴重な召喚士なんすよ!」
「ょ、よろしく……お願い、します……」
どこか緊張した趣で固いお辞儀を見せた女性が、俺達と視線を合わせることは無かった。
「ガチャールちゃん、ちょっと人見知りなとこがあるだけなんで……悪く思わないでやってくだせぇ」
そんな彼女をフォローするように、ファイルが俺に耳打ちをした。
「ガチャールさんが来たということは……例の準備が出来たんですね?」
「は、はいっ! いつでも、大丈夫です」
なんの話だと、俺とカツェが首を傾げている間も、デルタとガチャール……更に、ファイルも加わってポソポソと何かを言い合っている。
暫く、その様子を見守っていると話し合いは終わったのか、デルタが俺達の方へとやって来た。
「お待たせして申し訳ありません。良かったら、お2人も、お会いになりませんか?」
「え?」
「会うって……誰にですかニェ?」
部屋を出て行こうとするファイルとガチャールの背中を見ながら、カツェがデルタに問いかけた。
「この世界とは別の世界、所謂、〝異世界〟から来てもらった大事な、お客様に……ですよ」
彼女は年相応の愛らしい笑みを浮かべて、そう言った。




