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62話_僥倖

 あの後、俺とカツェは裏路地を出て、元々の目的地であったギルドへと向かった。あの薄暗く、埃臭い空間は長話をするには適さない。

 逆に、基本的に人の多いギルドの方が、あまり大きな声では話せない話をするには向いている……というのが、俺の見解だ。

 誰も居ない空間で常に気を張って話すより、あえて日常に溶け込んでいた方が、それだけで自然なカモフラージュにもなるし、何より変に気を張る必要が無い。

 仮に、それでも心配だという極度の心配性が居たとしても、ありがたい事に、この世界には念話(テレパシー)という物が存在する。

 念話(テレパシー)を使えば、基本的に当人にしか聞こえないから、周囲の耳に届く心配は無いだろうと、俺なりに考えて場所を選んだつもりだったのだが……


(いつもより、人が少ないな……)


 今日に限って、ギルドは人の少なさが目立つ寂しい場となっていた。

 いつもなら、目の前にいる人数の5倍以上は居て、近くにいる人の声さえ聞き取りにくいほどに賑わっているというのに。


「おっ! アンタ、昨日、真っ先に勇者と組んでた魔法使いだよな?」


 いつもと雰囲気の違うギルドの様子を呆然と見つめていると、一見、友人から他言無用だと言われて明かされた秘密を平気で言いふらしそうな男に話しかけられた。

 その男は風貌は明らかに勇者であったが、俺が魔法使いだと知っていて話しかけてきた上に、その表情は険しいものでは無く、寧ろ、友好的なもののように感じられた。


「いつもより人が少なくて驚いたろ? けどな、これは、アンタらが原因なんだぜ?」


「……どういう意味ですか?」


 純粋に疑問を投げかけると、男は馴れ馴れしく肩を組み、グイッと顔を近づけてきた。


「それがさぁ、昨日のアンタらに感化されたか知らねーけど、突然、勇者と魔法使いで組んでクエスト行く奴らが出てきたってわけ」


 単純だよねぇと、どこか(しゃく)に触る笑いを見せた男に、反射的に距離を置こうとしたが、男の腕は未だに俺の肩にあるため、それは叶わなかった。


「ライ君……そろそろ、行くニェ」


 服の裾をクイッと引っ張ったカツェが、少しだけ不機嫌そうに俺に耳打ちした。

 男はカツェの姿を捉えると俺から離れ、カツェを品定めするかのように頭から足のつま先まで見た。


「君……獣人(ケモノビト)だよね? こんな所で何をしてんの? 君達には、ここよりも、もっと《・》()()()()()()があるでしょ?」


 男が、そんな言葉を吐いた瞬間、背筋がゾワリとした。

 本能的な何かが、今は後ろを振り向くなと告げている。

 男は何も感じないのか、男の口から紡がれる言葉の雨は止む気配が無い。


「いやぁー、ほんとアイツらも、勿体ない事するよなぁ。俺だったら、嫌いな魔法使いなんかより獣人(ケモノビト)を相手してた方が、よっぽど……」


 ヒュンと何かが横切り、俺の髪が僅かに揺れた。男は何が起こったのか分からないといった表情を浮かべていたが、そんな彼の頬がプツリと切れ、すり潰した果実から漏れ出る果汁のように、血が流れ落ちた。

 表情だけは変わらず、ゆっくりと男は頬に指を添えた。

 そして、流れ落ちているものに触れた指を見つめると彼の顔は、見る見るうちに血色の悪い色へと変わっていった。


「それ以上、喋ったら次は喉ニェ。満足に声も発することも出来なくなるくらい、切り刻んでやる……っ!」


 フーッと威嚇するような息を漏らし、カツェはスラリとした細い指から伸びる鋭利な爪を男に突き出した。

 男はヒクヒクと口角を上げ下げしながら後退すると、逃げるようにギルドから飛び出していった。

 あの程度の脅しで怖気付いて、彼はこの先、勇者としてやっていけるのかと、思わず要らぬ心配をしてしまった。


「あら、貴方は……」


 聞き覚えのある声に、周囲を見渡すと模擬決闘(モックデュエル)で審判をしていたデルタが、俺を見上げていた。


「確か……ライさんでしたね。お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?」


 デルタの問いかけに、俺は即座に頷いた。


「勿論。久しぶりだな、デルタ」


 そう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 スカーレットも彼女のことを覚えていたようで、擬態した手を彼女に向けて振っていた。

 デルタは、そんなスカーレットを見て、口元を綻ばせながら手を小さく振り返した。

 スカーレットとの挨拶も程々に、彼女が興味を示したのは、カツェだった。


「……ライさんの彼女ですか?」


「ニェ?!」


 俺が反応する前に、カツェがビクッと身体を震わせながら声を上げた。

 戸惑っている彼女の代わりに、俺は首を左右に振って否定した。


「違う。彼女は、同級生だ」


「そうでしたか。それは、失礼致しました」


 深々と頭を下げたデルタにカツェは少しだけ頬を赤らめながら、ブンブンと風を切る音を立てて左右に首を振っていた。


「今日も、模擬決闘(モックデュエル)の審判か?」


「いいえ。今回は、ちゃんと〝異世界転生課〟として、仕事をしていますよ」


 異世界転生課というものが未だに、どのようなものか分からないが、彼女は仕事中らしい。

 これ以上、邪魔をしていはいけないと、早々に別れようと口を開いた瞬間、デルタは何かを思いついたような表情で俺を見た。


「ライさん、これから少しお時間はありますか?」


「……時間?」


 カツェをチラリと見た。

 彼女は、一刻も早くカリンを探しに行きたい筈だ。

 デルタには申し訳ないが、ここは彼女を優先しよう。


「すまない、デルタ……今から少し用事があって……」


「用事……クエストですか?」


 ギルドまで来て用事と言ったら、そう考えるのが普通だろう。

 だが、今回は違う。


「彼女の……カツェの友人が、数日前から帰って来ないらしいんだ。だから、今から彼女から詳しい話を聞こうと思っていた」


 あえて少しだけ詳細を明かしたのは、相手がデルタだった事もあるが、理由は他にもある。

 ここはギルド、多くの情報が集まる場所。

 もしかしたら、カリンに関する情報が少しでも得られるのではないかと、1つ賭けをしてみたのだ。

 話を聞いたデルタは、驚いたように目を丸くした。


「それは心配ですね……私も、微力ながら協力させて下さい。その、ご友人のお名前は?」


「カリン・ビィギナー、だ」


 名前を聞いた時、デルタの表情が一瞬だけ強張った。

 そして、何か考え込むように俺とカツェを見ると、どこか覚悟を決めたような趣で口を開いた。


「……カリン・ビィギナーさんの居場所なら、知っています」


 予想外の言葉に、俺とカツェは互いに顔を見合わせた。

 賭けてみるものだと、我ながら感心した。


「ご案内します。ですが……まだ少しだけ仕事が残っているので、それが終わってからでも、よろしいなら……」


 確認の意を込めてカツェに視線を送ると、彼女は迷いなく頷いた。

 どうやら、契約は成立したようだ。


「それで良い。頼む、デルタ」


「……分かりました。それでは、私について来て下さい」


 歩き出した彼女の後について行った俺達は、ギルド職員以外は立ち入り禁止とされている扉の奥へと姿を消した。

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