60.5話_閑話:ようこそ、異世界へ
※今回は、主人公は全く出てきません。
ライがスカーレットとの意思疎通を図れたことに感動している頃と同時刻、ギルド内にある〝召喚部屋〟と呼ばれる場所で、大規模な召喚魔法が行われようとしていた。
大規模といっても、部屋自体はライの住んでいる寮部屋より少しだけ広い程度で、床に書かれた魔法陣も一般的な召喚を行うサイズと殆ど変わらない。
ここでいう〝大規模〟というのは、召喚しようとしている対象のことを指していた。
ちなみに、今から行われるのは召喚魔法の中でも奇矯の〝異世界召喚〟と呼ばれるものだ。
「それでは、始めてください」
召喚部屋の出入り口である扉の近くにいたデルタが、凛とした声で召喚士の女性に言うと、女性は跪き、神に祈るように両手を組んだ。
「召喚士ガーチャル・リンファの命のもと……この世界と異世界を通ずる扉を開き、運命に導かれし救世主に祝福を与え給え」
祈りの言葉を神に捧げるように詠唱すると、窓1つない室内にも関わらず風が吹き始めた。
その風は、ガーチャルのウェーブのかかった亜麻色の長髪を海中の流れのままに揺れ動く海藻のように踊らせた。
それから風の勢いは少しずつ強まり、中央の魔法陣から離れた場所にいるデルタでさえも、風が吹き渡る麦畑のように、艶のある金色の髪を乱されている。
強まる風と雷のように鋭い光を放つ魔法陣に、思わず不安を煽られる中、魔法陣の中心に、何か影のようなものが姿を現した。
初めは、形だけが明瞭なシルエット。そのシルエットに少しずつ色が足されていった。
風が止み、光が収まった頃には、シルエットは、真の姿を現していた。
「ぁ、え? ……ここ、は?」
魔法陣の中心で座り込んでいる青年。
それがシルエットの正体であり、デルタ達が召喚したかった者だった。
青年は唖然とした表情で周囲を見渡し、彼の瞳がデルタ達を捉えると、パチパチと数回、瞬きをした。
彼を召喚した張本人、ガチャールがデルタに確認するような視線を向けると、デルタは即座に頷き、青年の元へと足を進めた。
その間も彼は、言葉を失ったかのように呆然と、近付いてくるデルタを見つめるだけだった。
「……紅林隼人さん、ですね?」
デルタの問いかけに、相変わらず声は発しないものの、僅かに頷いた。
彼の反応を見て、デルタは周囲に気付かれないように小さく息を吐くと、ピンと背筋を伸ばした。
「初めまして、私はデルタと申します。紅林隼人さん、私達は貴方を〝運命に導かれし救世主〟として歓迎します」
「………………え?」
この時、青年の思考は雁字搦めに絡まった糸と化していた。
目の前の状況を理解しようとすればする程、思考の糸は絡み合い、そして最終的には、解くこと自体が不可能なほどに、複雑に絡み合ってしまった。
そんな彼が、まともに言葉を発することが出来る筈も無かった。
※異世界召喚:召喚魔法の一種。非常に難易度の高い召喚魔法のため、一般的な使用を固く禁じている。表立って使われる魔法でも無いので、魔法としての知名度が低い。
[新たな登場人物]
◎ガチャール・リンファ
・デルタと同じ異世界転生課であり、召喚士でもある。
・デルタの要望を受けて、異世界召喚を行った。
・ウェーブがかった亜麻色の髪に、瞳は真夏の青空のような紺碧色。
◎紅林 隼人
・ガチャールの異世界召喚により、召喚された人間。
・年齢は20代前半の、少し内気そうな青年。
・仕事中だったのか、ビジネススーツの格好で召喚された。
・彼の詳細については、追々……




