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60話_万能念話

 試験が終わったから数日が経ったが、何も特別なことは無い。

 また、いつもの日常が戻ってくるだけ……の筈なのだが、今日は、どうも違うらしい。

 朝から、妙な視線を感じる。

 妙とは言っても、品定めするようなネットリとした気味の悪いものでは無い。

 これは恐らく、話しかけようか、かけまいか迷っている視線だ。

 特別に害があるわけでは無さそうなので、とりあえずは様子見だ。

 それに、今日は頼もしい〝護衛〟もいる。

 俺の歩く速度に合わせるようにピョンピョンと忙しなく跳ねながら前へと進んでいる、スカーレットだ。

 リュウは、まだ夢の中にいる。

 何度も起こそうと試みたが、今回は一段と深い眠りについていたようで起きる気配が無かったため、仕方なく置いてきた。

 今日、珍しくスカーレットと一緒に登校する事になったのは、昨日届いたビィザァーナからのメールが原因だ。


 〝明日は特別授業を行うから、必ず全員参加するように! あ、それから相棒モンスターがいる生徒は、そのモンスターも連れて来てね、絶対よ!〟


 相棒モンスターがいるなら、()()()連れて来い。

 わざわざ、そんな指示を出したということは、今日の授業は、モンスターに関する()()であると自然に推測できる。その肝心の〝何か〟までは、さすがに分からないが……

 それにしても、ビィザァーナに会うのは久し振りな気がする。

 最近は、クエストに行くことが多かったこともあって、ロクに学校にも行けていなかった……言っておくが、出席すべき授業は、きちんと受けている。

 決して、サボったりはしていない。

 今のところ、これまで受けた筆記試験も全て合格しているし、初の実技試験も無事に合格を決めた。現時点での成績が公表されているわけでは無いため詳細は分からないが、悪くは無いはずだ……多分。

 俺が、こんなことを考えている間も、控えめな誰かの視線を感じる。

 周囲には何人か生徒がいるが、少なくとも彼らの視線では無い。

 寮から出て、学校まで続く道を歩いて、とうとう校内へと入ったが、視線は感じたままだ。

 でも、これで視線の(ぬし)が絞り込めた。

 視線の主は、この学科の生徒。

 しかも、これから俺と同じ授業を受ける者だ。

 最早、わざわざ、あぶり出す必要も無い。

 教室に入って適当に周囲を見渡していれば、自ずと分かってくるはずだ。


 俺が教室の扉を開けた瞬間、活気溢れていた室内が静まり返った。

 既に来ていた生徒達が皆、俺に視線を向けている。


(あぁ、そうか……)


 俺は、自分が視線の的となっている理由を、なんとなく察した。

 そして、その察した理由を告げる前に、生徒達が一気に押し寄せてきた。


「おはよう、ライ君! 昨日の、凄かったよ!!」


「おはよう。アンタ、いつの間に、あんな魔法を使えるようになってたんだねぇ。さすが、新入生代表に選ばれただけあるよ」


 1番最初に俺に声をかけたのは、愛想の良い笑顔を浮かべた女子生徒だった。

 その後、彼女の横にいる、どこか男っぽい雰囲気の女子生徒が感心したように言った。


「ねぇ、ライくぅん。今度、私に魔法、教えてぇ? ねぇ、いいでしょ?」


「あ、ズルい! 私も! 私も教えてっ!」 


 初会話とは思えないほどにズイッと距離を詰めて俺の腕を取った。

 さっきの2人とは雰囲気が全く違う女子2人組、気のせいだと思いたいが、腕に何やら柔らかな感触が伝わってくる。

 そうだ、今年の新入生は俺とリュウ以外は全員、女だったと、今更になって思い出した。

 だが、俺は、これまで(ドラゴン)クラスの先輩か、または、カリンくらいしかまともに話したことが無かった……いや、そもそもカリンの場合、あれは会話といって良いものなのか?

 どう反応したら良いものかと戸惑っている俺を、神は見捨てなかったようで、タイミング良く、ビィザァーナと彼女の相棒モンスターであるグリフォンが現れた。初めて見た時よりも、少し大きくなった気がする。


「こら! 入り口の近くで、なに集まってるの! もう、授業が始まる時間よ、座りなさーい」


 ビィザァーナが幼い子どもを(たしな)めるような口調で言うと、蜘蛛の子を散らすような勢いで女子生徒達が自分の席へと向かっていった。


「さぁ、ライ君も早く座りなさい」


 俺に向けられた言葉は先ほど全員に向けられた言葉よりも、何故か優しいものに感じられた。

 俺を見て、フフッと笑った彼女は全員が見渡せる場所にある教壇へ向かい、挨拶も程々に、出席を取り始めた。

 名前が呼ばれたら、呼ばれた当人が返事をする。

 それが何度も繰り返され、最後の生徒が返事をすると出席確認は終わった。

 ビィザァーナの呼びかけに返事が無かったのは、未だに寝ているであろうリュウと……カリンだった。


「リュウ君は後で、説教ね。えーと、カリンちゃんは、今日は風邪でお休み……っと」


(……風邪?)


 彼女と風邪がどうも結び付かない。

 寧ろ、風邪という概念すら、彼女なら消し飛ばせそうだ。


「さて……それじゃあ、授業に入りましょうか。今日は、みんなに大事な魔法を覚えてもらいたくて、急遽、特別授業を設けました」


 大事な魔法って……一体、どんな魔法だ?

 誰も口には出さずとも表情で、そう問いかけていた。


「みんな、相棒モンスターは連れて来てくれたわね?」


 ビィザァーナが問いかけると、教室内の様々な場所から生徒達が連れて来たのであろうモンスター達が姿を現し、各々の主人に甘えるように擦り寄っていた。

 思っていたよりも、相棒モンスターを連れている生徒が多くて意外だった。

 ちなみに、スカーレットは我が物顔で机に乗っかり、暇なのか構え構えと触手を揺らしてアピールしている。

 そんな光景を見たビィザァーナは満足そうに頷いた。


「みんな、自分の相棒を大事にしているのね。とても良いことよ。私達も負けてられないわね、グリちゃん!」


「クァー!!」


 ビィザァーナの掛け声に応えるように、グリフォンが元気よく鳴いた。


「それだけモンスターと仲良しになれているなら、きっと、この魔法も簡単にマスターしちゃうわね」


 相棒モンスターを連れて来いと言われてから、なんとなく察してはいたが、やはりモンスターに関わることだった。

 魔法と言っていたが、どんな魔法なのだろう?


「今日、私が貴方達に教えるのは……万能(オールマインド)念話(・テレパシー)という魔法よ。今後、絶対に必要になってくるから、頑張ってマスターしてね!」


 万能(オールマインド)念話(・テレパシー)

 聞いたことの無い魔法だ。念話(テレパシー)の一種であることは分かるが、〝万能〟とは、どういう事なのだろうか?


「この魔法はね……うーん、説明するより、実際にやってもらった方が早いわね。じゃあ、ライ君に代表して、試してもらいましょうか」


「え……」


 何故、俺……?

 そんな疑問を視線を通してぶつけると、ビィザァーナは人によってはコロッと絆されさそうな笑顔で手招きしている。選択肢は用意されていないのだと分かると、抗う気にもなれず、スカーレットを連れて前へ出た。


万能(オールマインド)念話(・テレパシー)は初級の魔法だから、誰でも簡単に使えるわ。ただ……心を通わせたモンスターがいれば、の話だけどね」


 つまりは、俺とスカーレットが心を通わせられているかが分かるという事か。

 ……上手く使えなかったら、ある意味、精神的に辛い魔法だということは、よく分かった。


「要領は、誰かに念話(テレパシー)を送る時と同じ。大事なのは、目の前のモンスターと心を通わせたいという強い気持ち。さぁ……貴方のスライムは今、何を思って貴方を見ているのかしら?」


 スライムに言葉という概念があるかは分からないが、もし、この魔法でスカーレットの気持ちが分かるなら……俺は、もっとスカーレットに近付ける気がする。

 それに、この魔法をマスターすれば、スカーレットの行動の意図を明確に把握することが出来る。

 それは、普段から一緒に住んでいる俺としては、非常にありがたい。


(スカーレット……今、お前は……何を考えている?)


 フルフルと震えている緋色の身体を持ったスライムに、俺は初めて、念話(テレパシー)で問いかけた。


(……………ァ………)


 微かだが、何かを発したような声が聞こえた。

 俺は、先ほどと同じ問いは投げかけず、ただ名前を呼んだ。


(……スカーレット)


 フルフルと震えていた身体がピクリと跳ねた。

 まるで、俺の声に反応したかのように。


(…………ラ……………ィ………?)


 それは、電波を上手く受信できていないラジオのように聞き取り難いものだった。

 しかし、確かに聞こえた。

 〝ライ〟と、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 もう1度、名前を呼ぶ。


(スカーレット)


 すると今度は、その場で飛び跳ね始めた。心なしか、喜んでいるようにも見えた。


(ラ、イ……ッ、ライ……ッ!)


 今度は、先ほどよりも鮮明に聞こえた。聞き間違いなんかじゃなかった。

 スカーレットは、俺の名を呼んでいたのだ。

 人間の肉声より生気が感じられないのは少し残念に思うが、スカーレットが発したのであろう念話(テレパシー)を聞いた瞬間、スライムに言葉という概念があるのかとか、そんな小難しいことは、どうでも良くなった。

 スカーレットと初めて、本当の意味で意思疎通が出来たことに、唯々、感動していた。

 スライムなんて、そこら辺にウヨウヨといて、簡単に倒されてしまう弱い生き物。

 かつての俺にとってスライムとは、その程度の存在だったのに、今は、そのスライムを相棒として引き連れ、こうして念話(テレパシー)を通じて会話が出来ると知ったことに喜びを感じている。

 その後、俺達に(あやか)るように、周囲の生徒達も万能(オールマインド)念話(・テレパシー)を試し始めた。

 無事、全員成功したようで、各々がモンスターと抱き合ったり頬擦りし合ったりと見ていて微笑ましい愛情表現で、初めての相棒との会話に感激していた。正直、もう授業どころでは無い。


万能(オールマインド)念話(・テレパシー)は、初めは限られたモンスターにしか使えないけど、数をこなしていけば、どのモンスターとも意思疎通が可能に……って、誰も聞いてない……今日は、早めに授業を終わらせた方が良さそうね」


 呆れたように、だが、嬉しそうにビィザァーナは呟いた。

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