59.5話_閑話:見つけた
子守唄のように安らかで懐かしい魔力が途絶え、名残惜しむように、ゆっくりと目を開けた。
目を開けると、まるで変質者でも見るかのような目で自分を見つめるキャンディの姿があった。
最悪だ。
つい先ほどまで、あんなにも満たされていた心が、一気に冷めていった。
「なに目ぇ閉じて、ニヤニヤしてんの? キモッ」
「……一応、僕は今、お面を付けているので貴女から、僕の顔は見えてないと思うのですが……」
やんわりと言うと、彼女はハッと小馬鹿にしたように笑った。
「そんなの、気色悪いお面してても分かるってぇ。なんて言うのかなー、雰囲気?」
世の中には、女性に罵られたりすると興奮するという変わった性癖を持った者達がいるらしいが、自分には全くもって理解できない。
しばき倒したいという意味では血が沸き立つが、興奮はしない。
(魔王様も何故、彼女を魔王軍に……)
いくら崇高な魔王様の判断といえど、未だに納得できない。
確かに、彼女の能力は重宝すべきものだとは思う。
だが、彼女の場合、それ以上に性格に難があり過ぎる。
他人を見下すような目。
他人を敬うということを知らない口。
そんな彼女が唯一、気味が悪いほどに猫を被る相手は、昔も……そして、きっと今も、魔王様だけだろう。
他に向ける見下しの目を笑顔で隠し、使い慣れていない感じが拭えないが、一応、敬語で話していた。
そんな露骨な対応の差別が、余計に忌々しいと思っていた。
ここまで語って、ある程度、察して頂けているとは思うが、自分は彼女に対して、あまり良い感情は抱いていない。言ってしまえば、嫌いだ。
恐らく彼女も、似た感情を自分に抱いていることだろう。所謂、お互い様という奴だ。
「それより、ロゼッタ知らない? あの日に出てったっきり、影も姿も見てないんだけどぉ」
それが今日、初めての会話だと言わんばかりに彼女は淡々と自分に問いかけた。
「さぁ? 日頃の鬱憤でも晴らしに、近くの森にでも行っているのでは?」
「……その近くの森にいないから、聞いてんだっつーの」
ボソリと吐かれた言葉でさえ、容赦が無い。
あからさまに落胆したように肩を落とされても、知らないものは知らないのだから、仕方がない。
心の中で愚痴を吐いていると、彼女は当然、ハッとした表情を浮かべた。
「もしかして、また王都に行っちゃった、とか?」
「まさか……」
彼女の考えを否定しようと、僅か3文字吐いたところで口を閉ざした。
(いや。彼女なら、あり得る)
何故か、矢鱈と王都を気にかけていた彼女のことだ。1度、奇襲は失敗に終わっているから、さすがに変装はしていると思うが、それでも万が一という事もある。
「探してきます」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、大砲の弾でも降ってきたかのような勢いで、今まさに探しに行こうとしていたロゼッタが扉を蹴破って、なだれ込むように入ってきた。
驚きのあまり、キャンディは目を見開いたまま硬直している。
「少し見ない間に、貴女は扉の開け方も忘れたのですか?」
ゼェ、ハァと獣のような荒い息を繰り返し、他に伏せている彼女は、少しだけ顔を動かし、視線だけを自分に向けた。
「っ、はぁ……あら、ギィル……わた、しに……っ、そんな、こと言って……良い、ゲホッ!!」
言葉が完結する前に吐き出すように咳き込んだ彼女は、それを機に少しずつ落ち着きを取り戻していった。
少なくとも言葉が繋げられるようになるまで回復した彼女は他に伏せていた身体を起こし、胡座をかき、何故か勝ち誇ったような表情で自分達を見上げた。
「とうとう見つけたわよ……えぇ、確かに見つけたわ。キャンディでもギィルでも無い、この私がね!!」
突然、何を言い出すのかとキャンディと顔を見合わせた。
「……見つけたって、何を?」
呆れた様子ではあったが、それでもキャンディは律儀にロゼッタの話を聞き、問いを投げかけた。
すると、ロゼッタは、その質問を待ってましたとばかりに口角を上げた。
「決まってるじゃない…………魔王様よ」
その言葉を耳にした瞬間、疑いよりも先に期待への興奮が身体中を駆け巡った。
「……てゆーかさ、まさか、ここから王都まで走って往復したの? ウケるんですけど」
まぁ、その興奮も、横にいる彼女のせいで、一気に冷めてしまったわけだが。
次回、《異世界から来た青年 編》突入。
[新たな登場人物(現時点での情報)]
◎ギィル
・今回の閑話の主人公(初登場は15話)。
・常にお面を被り、その素顔を隠している。
◎キャンディ
・容赦という言葉を知らない少女(初登場は17話)
・長いツインテールが特徴。
◎ロゼッタ
・蜂蜜色の瞳と桜色の長髪を持った女性(初登場は、ギィルと同じく15話)
・ずっと探し続けていた魔王を見つけ出した……後に、上記の2人と共に、ある事をしでかし、とんでもない事態を引き起こす事になる。




