59話_大人達の時間
夜は、大人達の時間だ。
正確に言い直すと……夜は、大人達が内緒話をするのに適した時間だ。
子どもが大人達には内緒で作った秘密基地で内緒話をするならば、大人達は子どもが易々と入ってこれない空間で秘密話をする。
よくある例としては、未成年者は飲むことを許されないジュースを飲む場所とか。
本日も例外なく、2人の大人が内緒話をつまみに、ウイスキーを嗜んでいた。1人は口に含んでゆっくりと喉に潤いを与える過程から楽しんでいるのに対し、もう1人はゴクゴクと逞しい喉仏を上下させながら流し込んでいた。
「君と飲んでいると、ウイスキーが紅茶に見えてくるよ」
呆れたように溜め息と言葉を吐いたのは、アルステッドだった。
無事に試験を終え、喜んだのはライ達だけではなかった。
多くの反対を押し切って、実行段階まで移せたのは良かったものの、彼らの理想に近付くどころか厳しい現実を容赦なく叩きつけられた結果となっていた、あの実技試験。
それが今日、ほんの少しだけ希望の光を見い出せた結果となったことを、彼らは静かに喜んでいた。
もしかしたら、この試験が終わって最も安堵したのは、彼らかも知れない。
「学校の方は、どうかね?」
「うむ、特にいつもと変わりはありませんな。良い意味でも悪い意味でも……アルステッド殿の方は如何ですかな?」
「君と同じだよ」
彼らはこうして時々、互いの近況を報告し合っている。各々の学校の教師、生徒達のことは勿論、王都全体的な話まで。
その中でも、彼らの話の中心となったのは、意外にも今回の試験ではなく、ある少女だった。
「そういえばビィギナー家の令嬢殿の体調は、その後いかがですかな?」
「カグヤさんのお蔭で、なんとか落ち着いたよ。ただ、それも時間稼ぎ程度にしかならないようだが……」
アルステッドの言葉に、ヴォルフは表情を曇らせた。
「まさか、竜の腰掛けが壊されるとは……」
「そして……それを守っていた鬼人達も殺された」
そう言って、アルステッドがグラスを円を描くように揺らすと、氷がカラリと音を立てた。
「……これ以上、何も起こらなければ良いのですがな」
心からそう思って、呟いたのだろうが……アルステッドは知っていた。
今の彼の言葉は所謂、フラグという奴だと。
そして、この先、更に厄介なことが待ち受けているに違いないと、彼の中で誰かが忠告していた。
心の中では、決して明るいとは言えない未来を見据えながら、ヴォルフの言葉が現実となるよう願いに近い想いを込めて、同意の頷きをすると、氷が溶けて少し味が薄まったウイスキーを一気に流し込んだ。




