58.5話_閑話:届かない手紙、届けられない手紙
ライ達と別れた後、ヒューマの姿は寮の自室にあった。
勇者学校の敷地内にある寮の部屋は魔法学校と同様で2人部屋だが、ヒューマのいる部屋は生徒数の関係により、特別に1人部屋となっている。
だからヒューマがどう過ごそうが、それを咎める者はいないし、彼自身も同居人に遠慮せず伸び伸びと身体を伸ばせる。
つまり、良いこと尽くしなのだ。
そんな小さな幸運を手にした彼は、ベッドには横にならず、机へ向かっていた。
電気スタンドだけが点けられた部屋は薄暗いが、彼が机で作業をするには充分な明るさだった。
疲れを訴えているはずの身体に鞭を打って、彼は1枚の便箋の上でシャーペンを走らせていた。
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父さん、母さんへ。
今日は、実技試験がありました。
魔法使いと組んで、ジャイ・アントという巨大な蟻を倒すという変な試験でした。
変と言えば、その試験で変な奴等に会いました。ライとリュウという魔法使いです。
特に、ライは変です。
俺の周りにはプライドだけは無駄に高い嫌な奴ばかりなのですが、ライは、アイツらなんかとは比べものにならないくらい強い力を持っているのに、心配になるくらいのお人好しです。
色々とありましたが、試験は全員合格しました。
母さんと父さん……そして、妹にも見てもらいたかったです。
…………父さん、母さん、会いたいです。
今までは手紙が届いていたから我慢できましたが、最近は、その手紙も来ません。
手紙が書けないほど忙しいのか、それとも、誰かが病気になったのか。
2人との唯一の約束を守るため、俺は、その確認すら出来ません。
1文でもいい、なんなら1文字でもいい。手紙をください。
俺は、2人との約束を守りながら……また、手紙が届く日を待っています。
ヒューマ・クルス
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手紙とはいえ、なんて幼稚な文章だと、ヒューマは書いた自分の手紙を見て思った。
しかも書いた文字は、便箋の半分程度しか埋まっていない。
元々、文章を書くことを得意としない彼にとって、手紙を書くのは無謀に近い所業だ。
それでも彼は、苦手な手紙を書き続けてきた。しかも、その手紙は全て、ポストに投函される事なく、机の引き出しへと入れられる。
彼が苦手な手紙を書き始めるようになったのは、約半年前から最低でも週に1日は届いていた両親からの手紙が届かなくなってからだった。
両親からの手紙は、1人で王都にやって来た彼にとっても、唯一の心の支えだった。
村で起こった出来事、妹のこと……王都にいる自分では得られない情報に、彼は両親から届く手紙を心から楽しみにしていた。
時には村で咲いたという花を添えて、時には両親、赤ん坊の時から一緒にいた竜、そして妹が写っている写真を添えて、その手紙は届いた。
その写真は全て、今でも大事に保管している。
力尽きたようにシャーペンを離すと、カランと軽い音を立てて、コロコロと転がった。
転がっていくシャーペンを暫く見つめていたヒューマは、何かを吐き捨てるようにハッと笑った。
「…………何やってんだろ、俺」
彼の胸に空いた風穴に、今日も冷たい風が抜けていった。
[登場人物(おさらい編)]
◎ヒューマ・クルス
・今回の実技試験編で初登場。
・ファミリーネーム初公開。彼のファミリーネームにピンときた方がいたら、とても嬉しい←




