58話_決着
運命を託された2人の勇者は、剣を両手で握り締めて高く跳び上がると、リュウに授けられた力の全てを剣に込め、大きく振り下ろした。
2つの刃は、ヒュンと音を立てて空気を切り裂いた。凡人の目から見れば、ただ空振りしただけの滑稽な姿にしか見えなかっただろう。
だが、2人は確かに、空気以外の存在も斬っていた。
それが分かったのは、2人が剣を振り下ろした、すぐ後だった。
────ギィィィィイイイ゛イ゛!!!
断末魔の叫びとも呼べる、その咆哮は、拘束された蟻から発されたものだった。
蟻の身体には竜に引っ掻かれたような大きな切り傷が2箇所見られた。1箇所は背中に、もう1箇所は頭がパックリと裂き、傷口からは錆びた鉄のような色の液体が真っ黒な蟻の身体を染めていく。
今の今まで、あの大きな身体を支えていたのが不思議な6本の足は遠目からも分かるほどにガクガクと震え、ついに蟻の身体は地に伏せた。
「やった……のか?」
「……多分」
蟻にとどめを刺した2人の勇者は互いの顔を見合わせて確認し合うと、ようやく現実を把握できたようで嬉々とした表情でハイタッチをした。
彼らがハイタッチをしたのと同時に、聞こえてきたのは歓声だった。
そういえば観客がいたのだと、今更ながら思い出した。
試験が始まる前よりも迫力を感じる歓声は、植物にとっての恵みの雨のように心地が良い。
都合の良い解釈だと言われればそれまでだが、この歓声には俺達への祝福が感じられた。
歓声を身に浴びているのに夢中になっていると、いつの間にか蟻は姿を消し、土と岩だらけだった世界は、観客達で賑わう闘技場へと姿を変えた。
辺りを見渡すと、観客全員が見事なスタンディングオベーションで、俺達を迎えてくれた。
「良かったぞ、お前らーー!!」
「よく頑張ったわね!」
「おれ゛……お゛れは、もう゛、感動して……うぉぉぉぉぉお!!!!」
試験が始まる前も歓声は受けたが、この身の内側にまで伝わる歓声は、あの時とは比べ物にならない。そして何より、冷たい視線や言葉で闘技場を後にした各学校の生徒達も、他の観客と同様に俺達に拍手を送っている姿に、目頭が熱くなるほどに感動した。
疲労感よりも試験が終わった達成感と周囲の反応への満足感で満たされた俺にとって、試験の結果なんて、どうでもいいとさえ思えた。
だが、そんな俺とは違い、既に現実を見ている男がいた。
「なぁ……あれって結局、どっちが倒したんだ? そもそも試験の結果は、どうなったんだ?」
その言葉に、俺の中の何かが少しずつ冷めていくのを感じた。
彼は悪くない、寧ろ、正しい。
今はまだ、試験の最中。
試験監督であるアルステッドから終了宣言を言い渡されて、初めて試験は終わるのだ。
《みんな、お疲れ様。途中で色々とアクシデントがあったようだが、よくぞ乗り切った。私を含め、この場にいる者全員、君達の勇敢なる姿に、改めて拍手を送ろう》
アルステッドの言葉を合図に、再び闘技場が拍手に包まれた。
誰かが指笛でも鳴らしているのだろう。
ピィーと、鳥の囀りにしては甲高い音も聞こえる。
《それで、今回の試験の結果についてだが……》
アルステッドの言葉に、騒がしかった周囲は一気にシンと静まり返った。
まるで、どこかで訓練でも受けてきたのかと問いたくなる程に、一瞬で。
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた後、アルステッドは穏やかに笑った。
《……全員、合格! これからも、その協調性と向上心を胸に日々、精進していき給え》
瞬間、俺達は駆け寄り、互いを祝うように肩を組み、抱き合った。
そして闘技場は、今日最大の盛り上がりを見せた。
◇
試験後の挨拶も程々に終えると、歓声と熱気に包まれていた闘技場は、祭り後のような淋しさを醸し出していた。
それでも、俺にはまだ、あの歓声が聞こえている。
また、次の日には普段と変わらない日常が始まるのだろうが、あの時、あの瞬間だけは勇者とか魔法使いとか関係無く、皆が1つになっていた。
例え、一時的な感情が見せた幻想であっても、ほんの少しでも両者の距離が縮まるきっかけになる事を願う。
「ライ、黄昏てないで早く行こうぜー!!」
少し離れた場所から、リュウの声が聞こえる。振り向くと、アランとヒューマもいて、こちらに手を振っていた。
「合格祝いも兼ねて、みんなで何か食べに行こうって話になったんだ! 勿論、お前も来るだろー?」
尋ねられている筈なのに、既に答えが絞られているような思えるのは何故だろう?
それに、合格祝い?
お前は、これから受ける試験に合格する度に祝うのか?
面白くもなんとも無い、ただの疑問。
それなのに、なんだか可笑しくて、ククッと笑ってしまった。
中々、返事をしないから断られるとでも思ったのか三人の表情が少しだけ暗くなった。
そんな彼らを見た瞬間、俺は駆け寄るのも煩わしくなって瞬間移動で移動し、目の前で言った。
「行くに決まってるだろ」
そう言うと一度だけ瞬きをした後、各々で違った笑顔を見せた。
この時、完全に有頂天になっていた俺は知らなかった。
彼らと一時期の喜びを分かち合っている間、ある場所でカリンが、ずっと苦しんでいたことを。
「……彼女の体調はどうですか、カグヤさん」
「なんとか落ち着いたわい。じゃが……時間の問題じゃろうな」
試験が終わったのも束の間、物語は、アルステッドと白い小袖に緋袴、所謂、巫女服を着た女性により、また新たな頁が綴られようとしていた。




